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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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「バカの壁」登坂(突破)責任の所在

「バカの壁」が誰かとの間に存在するようだ。

そう気づいたとき、「バカの壁」を超えていく努力は誰がしたらよいのでしょうか。

「どうも話が噛み合わないな。」

「どうして分かってくれないのだ。」

「理解力が無いのか?」

そう感じたときどうしたらよいのでしょう。

裁判では、「主張立証責任」という概念があります。

それぞれが、自分に有利な事実について「主張立証責任」があるとされています。

このことを「主張立証責任の分配」といいます。

「バカの壁」登坂(突破)責任、とでもいえるでしょうか。

「バカの壁」の存在を感じたとき、あなたは怒ったり、嘆いたりすることも自由です。

突き放してしまっていいです。

絶縁してもいいです。

でも、どうしても分かって欲しい相手はいませんか?

どうしても分かってほしい場合はありませんか?

そう、「バカの壁」登坂(突破)責任は、「分かって欲しいと思う側」「自分を認めて欲しいと思う側」にあります。

SNSなどで、「バカの壁」を感じ、感情的になりそうになった際、『自分はこの人に自分を認めてもらいたいのだろうか?』『この人にしっかり分かって欲しいだろうか?』と考えてみて下さい。

冷静に考えて、「分かって欲しい」「認めて欲しい」のはどちら側でしょうか?

そこをよく考えて、無駄な議論でエネルギーを消耗するのは止めにしましょう。

仕事や、家庭で、どうしても「分かって欲しい」「自分を認めて欲しい」と思った場合、「バカの壁」登坂(突破)責任はあなたにあります。

では、「バカの壁」登坂(突破)責任をどうやって果たすか。

『「バカの壁」を超える梯子の作り方』の中で書いていってみようと思います。


# by bengoshi_358 | 2020-04-08 17:33 | 日々雑感
議論は何のためにするのか

話せば分かるはずが、話しても、

ますます分からないときがあります。

現代は情報社会。

欲しい情報は瞬時に入手可能、専門家の意見も簡単に聞けます。

欲しい情報を得て有頂天になると、誰かに伝えたくなります。

しかし、自分が容易に得た情報は他の誰もが知っている可能性が高いです。

他の誰もが自分のように、その情報を獲得している可能性を忘れます。

得意満面で情報発信し、少し反論されると、

自分の存在が否定されたような気になり、感情的対立になります。

何のために情報発信するのでしょうか。

承認要求のためでしょうか。

ツィッターが「バカッター」と呼ばれることがありますが、

議論が沸騰して、立派な大人が罵り合う様子も、まさしく何やら発見機のように思います。

昔、テレビ放送で、生放送だったか、録画だったか忘れましたが、

著名な言論人、文化人が、些細な言葉の行き違いでつかみ合いの喧嘩をした場面が流れました。

今は、SNSの場で始終、激しい争いを見ることができます。

ペンは剣より強し。

頭数を叩き割るより、頭数を数える。

人間だけが持っている、言論、議論する能力。

平和を作るためにだけ使って行きたいものですね。


# by bengoshi_358 | 2020-04-08 12:19 | 日々雑感
「バカの壁」を超える梯子の作り方

私は、平成7年登録の愛知県弁護士会登録の弁護士です。弁護士生活も25年を超えました。

弁護士の仕事は、対人交渉であり、説得ですが、一番大切な交渉先、説得相手は、裁判官です。法治国家の日本では、紛争の解決は法に則って行われます。当事者間での交渉、解決が行き詰まったとき、紛争を解決してくれる制度が裁判制度です。

裁判所はどんなところでしょうか。一般の取引社会、学校と、どう違うのでしょうか。
裁判所とは、私が習った憲法の教科書には、「純理性的な法原理機関」である、とされていました。
「純理性的な法原理機関」とは、多数決の民主主義で決めるのではなく、あくまでも法と理性に則ってどうなのか、法に則ってどちらが正しいのかを決定する機関だというのです。

民主主義は時には残酷になり得ます。
民主主義には歯止めがなく、無実の人を死刑場に送ることもできます。
民主主義は、独裁(独裁も実は民主主義の1つの形なのですが)に比べたら素晴らしい制度ですが、その時々の多数決に従っていたら、「何が正義か」を見誤る危険があります。

そこで、正義公平の観点から、憲法により、民主主義を適度にコントロールするための「純理性的な法原理機関」として裁判所を置くことにされているのです。
裁判官は、その裁判所の重要な構成要素です。

裁判官は、多数決やら、泣き落としで動かされません。もし、そんなことがあれば、「純理性的な法原理機関」の意味をなさなくなってしまいます。

そんな裁判官を説得するには、どうしたらよいでしょうか。裁判官が最終的に下す判断、判決や決定は、期待も込めて、権力や人情に左右されない、「法原理的決定」と呼ばれます。
そうした「法原理的決定」を引き出す、しかも、自分の依頼者側に有利なそれを引き出すにはどうしたらよいでしょうか。

やはり、それは、「純理性的な法原理」によらねばなりません。

日本の世の中の普段の生活は人情が支配する世界です。様々な有形無形の力関係も働いています。しかし、「いざ裁判」となったら、紛争となったら、「純理性的な法原理」が全てです。

「純理性的な法原理」、簡単な言葉で言えば、「真実ないし事実と論理」です。

ビジネスの世界ではどうでしょうか。
ビジネスの世界でも、大きな取引をするときとか、長期的な契約関係を結ぶ際など、「いざというとき」には、やはり似たような状況なのではないでしょうか。

大きな取引をするときとか、長期的な契約関係を結ぶ際、情に流されて判断を誤らないために、論理的、理性的に考え、合理的な判断をするはずです。自分がそうしたいわけですから、相手も同じはずです。
基本は、論理的、理性的に考え、合理的な判断をする、つまりは、「純理性的な法原理」的決定を行うことにあります。

それでは、普段の日常生活での判断についてはどうでしょうか。
やはり、まずは、感情、願望、本能に汚染されていない「純理性的な法原理」的決定を行い、どこまでその決定を動かすことが許容できるかを冷静に考えることが間違いを回避するのに役立ちます。

ここでは、「真実ないし事実と論理」「純理性的な法原理」的決定を導く技術が主題なのですが、その前提となる基礎的能力として、論理的推理力や、論理的表現力がどうしても不可欠です。

そういった論理に係る良書はたくさんありますので、ここでは、論理的推理力や、論理的表現力についても触れつつ、その先にある技術をご紹介したいと思います。

その先にある技術とはどんなものか。
なぜ、私がその先にある技術について考えるようになったか。どうして、一般にお伝えしようと思うようになったか、について、少しだけ述べます。

みなさんは、日常生活で誰かに何か伝え、共同で意思決定をするような場合、うまく伝わらないという経験をしたことはありませんか。

例えば、会話の中で、「そんなつもりで言ったわけではないのに。」とか、相手は「なんで分かってくれないのだろう。」「理解力が低すぎないか。」と感じたことはありませんか。


不思議なことに、相手も、同じように感じているのか、こちらを感情的に罵倒してくる。
そんな場面の当事者になったり、傍観者になった経験はありませんか。

どちらも真剣になって、突き詰めて理性的に相手を説得しようとしているけれど、全く平行線で、そのうちに感情的な対立になる。「話せば分かる。」ではなく、「話せば、話すほど、分からなくなる。」

そんな経験はないでしょうか。
これは、双方向参加型SNSでよく起こっていることですね。

私も、当事者になりかけたことがあります。
議論は無駄なので、すぐに降りました。バカだの、不勉強だの、弁護士なんてこのレベルだとか、さんざん言われました。

論理的、理性的に考え、合理的な判断を行い、相手に伝えているつもりでも、伝わらないことはあります。養老孟司先生がおっしゃった、目に見えない「バカの壁」がそこに存在します。

実は、これは、一般社会でだけでなく、感情、願望、本能に汚染されていない「純理性的な法原理」的決定を行っている裁判所の中ででも起こっています。

弁護士も、裁判所の職責、判断の手法をよく知っていますから、「純理性的な法原理」的決定を引き出せるよう、論理的、理性的に考え、法律に則った合理的な弁論を行います。
弁護士は、それが自然にできるように、訓練されていますし、日々勉強しています。

それでも、裁判官が、弁護士が考えていたような判決を下すことばかりではありません。原告がいれば被告がいて、敵対相手の弁護士がいて、訓練された者同士が知力を尽くして争いますから、片方が負けるということは当然ではあります。

しかし、そんな中で、やはり、時々、不思議な勝ちがあり、不思議な負けがある。相手の弁護士にとっても、同じように考えているのが伝わることがあります。技量が変わらない者同士ならば、判定結果の筋読みは変わりません。

不思議な負けで負けた時は、もちろん控訴してひっくり返すことを考えます。それが、様々な事情で難しい時には、やむを得ず方向を変えて、和解に持ち込み、負けを小さくします。

この不思議な負けを経験した際に、多くの弁護士が思うことは、実は、SNSで罵倒し合う人々と大して変わりません。

「酷い裁判官に当たった。」「頭はいいんだろうけど、社会性がない裁判官。」「人間というものの理解がない、未熟な人間。」

…つまり、「バカの壁」にぶつかっているのです。

私が駆け出しの頃、弁護士会の談話室では、そんな愚痴を先輩の弁護士らがぶつぶつと言い合っている姿を目にしました。脇で聞いて、ふんふん頷いていたり、感心していると、機嫌を良くした先輩方から珈琲をごちそうになったりして、とても楽しかったです。

幸い、私は、個人的には、不思議な勝ちも、不思議な負けもあまりないままに年数を重ねました。


しかし、最近になって、不思議な負けを予感する事案に遭遇してしまったのです。

勝つべき事件なのに、一向に裁判官がこちら側の説明に理解を示してくれません。勝てるはず、筋からして、こちら側が断然有利なはず…でも、裁判官は、どこか上の空。


初めて真剣に悩みました。

そして、初めて真剣に法廷技術について学ぶことにしました。
特に、書面技術、説得技術です。
様々な本を読みましたが、求める答えはありませんでした。
そこで、司法試験合格後に学んだ、司法研修所の教本を学び直してみました。

そこに答えがありました。

その答えは、もしかしたら、裁判だけではなく、ビジネスでも、日常生活でも、SNSでも役に立つのではないか。


そう思って、一般の方にも分かりやすいよう、まとめてみようと思いました。

50年ほど前に、ハンス・セリエ博士は、ストレスの研究を行い、ストレスが起こる仕組みについて論文を発表し、有名なストレス学者となりましたが、ストレスを回避・軽減する方法を明らかにはされませんでした。

同じ頃、日本の中村天風師は、セリエ博士に会い、同博士からストレスを回避・軽減する方法を教えられなかったことを非常に残念に思い、自ら、ストレスを回避・軽減する方法を探求し、ついには教えられるようになられたといいます。

私も、「バカの壁」があることを前提に、それを超える方法を探求しました。


その結果、これがそれだ、というものを掴めた気がします。
それをご紹介したいと思います。

お越し下さったみなさまが、少しでも容易に「バカの壁」を超えられますよう、少しでもお役に立てられるならば幸いです。


# by bengoshi_358 | 2020-04-07 21:53 | その他法律関連
書面があれば大丈夫か
【現実には「書面があっても裁判に負ける場合もある」し、「書面がなくても裁判に勝つ場合もある」】

書面があれば大丈夫か_e0026495_16543226.jpeg


「契約書を作成すれば大丈夫!」

「書面があれば裁判でも勝てますよ!」



そう、思っている方も多いと思います。
それは間違いではありません。

裁判は、証拠がとても大切です。
書面は、その当時作成されたものであれば、重要な証拠となるものです。


なぜ、書面が重要な証拠となるかというと、
書面が、双方当事者の、当時の意思の内容(が合致していること)を証明するものとなるからです。


法律効果がなぜ発生するか、権利が認められるか、というと、「当事者がそう決めた」からです。
自由主義国家では、私的な事柄については、国民ひとりひとりが、双方の話し合いで、原則として自由に決めることができます。
自由主義国家では、「当事者がそう決めた」ならば、原則として、その決めたとおりの法律効果、権利の発生・変更・移転・消滅を認めてあげましょう、という建前になっています。

「当事者がそう決めた」と書かれている書面は、その書面が作成された当時、後日、第三者の立場から見ても、まさに「当事者がそう決めた」のだろうと納得させられる証拠となります。


裁判では、「当事者がそう決めた」かどうか、その内容はどんなだったのか、が 争われます。


「当事者がそう決めた」といえるためには、双方当事者の考えていることが「一致」していなければなりません。
「一致」していることは、外形上(言葉の上で)一致しているだけでなく、実質的にも一致していなければなりません。


『工作機械を3億円で買う・売る』という場合、双方当事者の話した言葉の上で、また、書面上の記載において、『A型工作機械』を『3億円』で『売買』すると合致していれば、契約としては一応、成立しているといえます。
しかし、売主が『A型工作機械(中古品)』を売るつもりであり、買主が『A型工作機械(新品)』を買うつもりであった場合には、不一致があることになります。
この不一致は、「錯誤」といって、契約に問題があることになり、一定の条件の下で、取り消すことができるとされています(民法第95条)。

また、会社間の取引では考えられないことですが、契約の一方当事者が、たとえば認知症などの病気により、正常な判断ができない状態であった場合(意思能力が欠如していた場合)には、そもそも契約は無効となります(民法第3条の2)。
遺言などでは、せっかく専門家に頼んで作成してもらったにもかかわらず、認知症(とくにまだらぼけと言われる症状)を見落としていて、結局、無効な書面となる、という事例は多々あります。

書面があるにもかかわらず、「負ける場合」です。


逆に、書面がなくても、双方当事者の、当時の意思の内容(が合致していること)を証明することができたならば、書面がなくとも、勝てることがあります。

「書面の記載内容と当事者の意思の内容が相違する」場合、
「全く書面がない」場合、
その契約当時のファックス、メールのやり取り、会話の内容、双方の事情などの間接事実を丹念に証明することで、双方当事者の意思の内容を認定し、その合致する範囲内で契約の効力を認められることがあります。

それが、書面がないにもかかわらず、「勝つ」場合です。



書面は重要な証拠ですが、それが全てではない、ということです。



# by bengoshi_358 | 2019-03-29 17:19 | その他法律関連
宅建士試験合格講座(入門編)続・はじめに 3 (宅建業法の基本原理)
日本は、法治国家です。
国家と国民の関係、国民と国民の間の関係は、国民の代表者で構成される国会で定められた法律によって規律されます。

その法律は、その時々の国会(議員)が、好き勝手に制定できるものではありません。
日本国憲法で許される範囲内でしか制定できません。

日本国憲法は、世間で言われているように、たしかに、その成立過程には問題もあります。
しかし、基本的人権の保障、その確保手段としての立憲民主政の採用などの点においては、他の先進国の憲法に引けをとりません。

日本国憲法は、国民一人一人の「個人の尊厳」を確保することを究極の目標としています(第13条)。
そのために、個々の国民に、自由と平等を保障しています。
但し、それも他者の自由や平等を不当に侵害しないことが条件です。

個々の国民には、それぞれの能力、経験において、また、その他の諸条件や状況において違いがあります。
その違いに応じた自由や平等の保障こそが大切です。
それぞれの違いに応じてこそ、実質的に個々の国民に自由と平等を等しく保障することになります。

国会が制定する法律は、「実質的に個々の国民に自由と平等を等しく保障する」ことを目的として制定されねばならないのです。

皆さんが勉強する、宅地建物取引業法は、国民と国民との間の取引について、直接規制するものではありません。
「業法」といって、特定の事業を営む者や団体について規制する法律です。
それでも、憲法の下にあって、「実質的に個々の国民に自由と平等を等しく保障する」ことを目的として制定されていることには変わりありません。

宅地建物は、日本では、国民が一生のうちに一度取引することがあるかないか、というくらい、価値ある商品です。非常に高額です。その宅地建物の取引に関わる業者には、高いモラルとスキルが求められます。
宅地建物の取引をする国民に、不測の損害が生じないようにする。
宅地建物の取引をする国民が、食い物にされないようにする。
一般消費者である国民、業者との間に、実質的自由と平等を確保するように、作られています。

こういうことは、世間に出ている宅建業法の教科書には書かれていません。


しかし、日本の法律は、日本国憲法で許される範囲内でしか制定できませんし、日本国憲法の目的を実現するような法律でなければ、憲法違反とされて、無効とされる可能性もあるのです。
宅建業法は、まさしく、「業法」でありながらも、一般消費者である国民の実質的自由と平等を保障するように作られています。

具体的には、一般消費者である国民の自由、特に財産権を守るために、(1)宅建士という一定程度以上の能力(スキル)を持った有資格者に関与させ、正しい情報を共有させ、宅地建物取引業者を免許制にしてモラルを維持させ、(2)宅地建物取引業者には賠償能力を備えることを求め、(3)規制をもうけ、不利益処分や罰則をもって遵守を徹底させています。

この、(1)スキル面・情報提供・モラル維持、(2)賠償能力、(3)規制・遵守の徹底が、宅地建物取引業法の3本の柱、原理原則です。

宅地建物取引業法を勉強する際には、自分が今、何の勉強をしているのか、どこを勉強しているのか、意識しながら勉強することは、記憶と、試験場での再現に役立ちます。

(1)スキル面・情報提供・モラル維持、(2)賠償能力、(3)規制、遵守の徹底、この3つを意識して、勉強しましょう。

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# by bengoshi_358 | 2019-03-25 18:17 | 宅建士試験合格講座(入門編)
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