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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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<   2020年 04月 ( 10 )   > この月の画像一覧
「バカの壁」を超える梯子の作り方(3)〜動画解説版

動画音声解説版:「バカの壁」を超える梯子の作り方


「バカの壁」とは、養老孟司先生が書かれた、2003年のベストセラーの題名です。


「バカの壁」とは人と人との話が通じない場合を意味する造語です。


『話せば分かる』でなく、『話しても分かり合えない』状態です。




この「バカの壁」は、SNS時代、ますます多く存在し、かつ、それらは高く、厚くなりました。



どうして、「バカの壁」は生まれるのでしょう?




実際、「バカの壁」は、純理性的な説得の場である、裁判においても起こっています。



原告と被告、原告代理人と被告代理人、地方裁判所と高等裁判所、高等裁判所と最高裁判所との間で、全く物の見方が変わっている事件があります。



私は、裁判では、不思議な勝ちも不思議な負けも、あまり経験してきませんでしたので、


裁判において「バカの壁」をどうにかしてやろうと思ったことはありませんでした。



しかし、この数年間で、何件か、ほぼ主張証拠が出尽くしたにもかかわらず、


相手方代理人と全く見立てが違う、


あるいは、裁判官と見立て違う、深刻な事件に遭遇しました。




そこで、初めて真剣に、「バカの壁」について考え、悩みました。





裁判の場で、「バカの壁」が顕在化する、最高裁判所の破棄(差し戻し・自判)裁判例を検討することにしました。


古いものは、後藤勇「続・民事裁判と経験則」「民事裁判と経験則」の2冊(両者それぞれ7〜80件の破棄裁判例があります)を中心に、


新しい平成年代のものは、判例データベースを検索して数十件を拾い出し、自分で図を書きながら読み、メモをしました。




その作業を通じて、「バカの壁」が裁判においてなぜできるのか、理解できました。





そして、その「バカの壁」を、どう超えていくのか。




どんな梯子を使えば良いのか、おおよそ分かりました。





そして、「バカの壁」が裁判においてできるメカニズムと、一般社会で、「バカの壁」ができるメカニズムとは、同じであると気づきました。




その超え方も。






実は、私は、養老孟司先生の「バカの壁」を読んでから、


ずっと「もし『バカの壁』があるなら、それを超える方法だってあるはずだ。その方法を教えてくれないのは不親切ではないか。」と思っていました。





また、SNSなどで、相当に知的レベルが高い人同士が、「バカの壁」に遭遇し、互いに相手を汚い言葉で罵倒し合う様子を目にし、「なぜ、『バカの壁』ができているのに気づかないのだろうか。



なぜ、『バカの壁』を超える努力をしないのだろうか。」と残念に思いもしていました。



私が気づいた、裁判における「バカの壁」を超える方法、梯子は、恐らく、ずっと多くの人の議論、交渉、説得にも役立つのではないかと思い、公開させて頂くことにした次第です。



by bengoshi_358 | 2020-04-21 22:06 | その他法律関連
耐え忍び、乗り越えていく

東京では、昨日、「要請するなら、金をくれ!」とシュプレヒコールをして、総理私邸までデモをした人たちがいました。

コロナ禍で、密接も3密の1つとして禁忌のはずであり、この時期にデモ行進を行うことは好ましくありません。

しかし、困窮者、不安を抱える市民の声を無視してはいけないのは間違いないと思います。

表題が過激なのでご紹介するのもはばかられますが、三橋貴明さんのブログの一節がズバリ指摘しています。

<以下引用です。>

「政府に頼るな! 金クレクレ乞食が!」
「事前に対策していない方が悪い。自己責任だ!」
 と、困窮者を批判する声が聞こえていますが、貴方たちが得ている所得にしても、誰かが消費、投資として支出してくれたからこそ、創出されたのですよ。

…他の国民が貧困化し、支出を減らすと、貴方も貧乏になるのです。同じ国民を攻撃することは、自分を刺しているのと同じ行為です。(引用終わり)

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12588479884.html

また、糸井重里さんの『ほぼ日』でも、11年前の2009年4月に、あの高山義浩先生が、こうおっしゃっています。

<以下引用です。>

「新型インフルエンザ対策は公助、つまり公的サービスだけでは対応しきれません。地域であるいは事業者での支え合いのネットワークをつくっていくことで、社会を支えていくシステムが必要なんです。」(引用終わり)

https://www.1101.com/deardoctors/2009-04-09.html

この高山先生のお話を読んで、少し衝撃を受けました。

この10年間、わたしたちは、わたしは何をしてきたのだろうか、と。

公助と支え合いのネットワークの構築。

真剣に考えねばならない時が来ています。

まだ、日本は終わっていません。

敗戦、阪神淡路大震災、東日本大震災、毎年やってくる台風を乗り越えてきました。

まだまだ、これから。

ここから。

日本に期待し、日本人の1人として、今ある持ち場で頑張りたいと思います。

#きっと良くなる


by bengoshi_358 | 2020-04-13 12:51 | 日々雑感
今日の名古屋能楽堂前の小径
今日の名古屋能楽堂(名古屋地裁、名古屋KKRホテルそば)前の小径。

桜のアーケード。

来年はゆっくりと愛で、愉しめる
今日の名古屋能楽堂前の小径_e0026495_23421113.jpeg
春になりますように。

#きっと良くなる


by bengoshi_358 | 2020-04-10 23:41 | 日々雑感
議論、交渉、説得の理想形

議論、交渉、説得は、何のために行うのでしょうか。


なぜ、力づくで無理やり言うことを聞かせないのでしょうか。

基本的に、人は個人として尊重され、自由が保障されているからですね。


その自由、権利、利益は、法律で保障されています。

つまり、いざとなったら裁判所で守ってもらえる、ということです。


なら、法律に反しないすれすれのところで、脅し、騙し、泣き落としをすればよいかというと、昨日書いたとおり、いつかリベンジされる恐れが生まれます。

自分でなくても、他の身内、仲間、会社にとって、リスク要因を抱えることになります。


私達は、社会に生きています。

社会は広いようで、狭くもあります。

情報社会ですから、悪い情報はすぐさま全世界に共有されます。

脅し、騙し、泣き落としの手口までバレてしまいます。


社会にあって、相互依存して生きているのが人です。


潰し合いでなく、お互いの関係を補い、共存し、共栄、共生する。

そのために生み出された工夫が、議論、交渉、説得の技法ではないかと思います。


その意味で、脅し、騙し、泣き落とし的な議論、交渉、説得術は、同じ相手からは、また、手口がバレている社会内では、二度目の成功がないというだけでなく、原理的にもあってはならないものだと言えそうです。


by bengoshi_358 | 2020-04-10 12:41 | その他法律関連
小細工は一回的
脅し、騙し、泣き落としが通じるのは1回限り。

脅され、騙され、泣き落とされて道を譲らされた者は忘れない。

された者からのリベンジを物ともしないだけの圧倒的な力量差があるか、どこまでも逃げて逃げ切る覚悟がある場合でないと使えない。
by bengoshi_358 | 2020-04-09 21:58 | 日々雑感
交渉術
脅し、騙し、泣き落としに負ける交渉者はジュブナイル。

脅し、騙し、泣き落としで勝てると思う交渉者もまた同じ。
by bengoshi_358 | 2020-04-09 11:06 | その他法律関連
寄与分 依頼者初診カルテ

受任時配布図解。
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財産権説に従って、①家業従事型、②金銭等出資型、③扶養型、④療養看護型、⑤財産管理型、⑥混合型に類型化し、該当する型について、個別に一般論と具体的聴取事項を盛り込んで解説する。ここまでのメモが、医師の初診カルテと同様な役割をします。

by bengoshi_358 | 2020-04-08 19:44 | 相続
「バカの壁」登坂(突破)責任の所在

「バカの壁」が誰かとの間に存在するようだ。

そう気づいたとき、「バカの壁」を超えていく努力は誰がしたらよいのでしょうか。

「どうも話が噛み合わないな。」

「どうして分かってくれないのだ。」

「理解力が無いのか?」

そう感じたときどうしたらよいのでしょう。

裁判では、「主張立証責任」という概念があります。

それぞれが、自分に有利な事実について「主張立証責任」があるとされています。

このことを「主張立証責任の分配」といいます。

「バカの壁」登坂(突破)責任、とでもいえるでしょうか。

「バカの壁」の存在を感じたとき、あなたは怒ったり、嘆いたりすることも自由です。

突き放してしまっていいです。

絶縁してもいいです。

でも、どうしても分かって欲しい相手はいませんか?

どうしても分かってほしい場合はありませんか?

そう、「バカの壁」登坂(突破)責任は、「分かって欲しいと思う側」「自分を認めて欲しいと思う側」にあります。

SNSなどで、「バカの壁」を感じ、感情的になりそうになった際、『自分はこの人に自分を認めてもらいたいのだろうか?』『この人にしっかり分かって欲しいだろうか?』と考えてみて下さい。

冷静に考えて、「分かって欲しい」「認めて欲しい」のはどちら側でしょうか?

そこをよく考えて、無駄な議論でエネルギーを消耗するのは止めにしましょう。

仕事や、家庭で、どうしても「分かって欲しい」「自分を認めて欲しい」と思った場合、「バカの壁」登坂(突破)責任はあなたにあります。

では、「バカの壁」登坂(突破)責任をどうやって果たすか。

『「バカの壁」を超える梯子の作り方』の中で書いていってみようと思います。


by bengoshi_358 | 2020-04-08 17:33 | 日々雑感
議論は何のためにするのか

話せば分かるはずが、話しても、

ますます分からないときがあります。

現代は情報社会。

欲しい情報は瞬時に入手可能、専門家の意見も簡単に聞けます。

欲しい情報を得て有頂天になると、誰かに伝えたくなります。

しかし、自分が容易に得た情報は他の誰もが知っている可能性が高いです。

他の誰もが自分のように、その情報を獲得している可能性を忘れます。

得意満面で情報発信し、少し反論されると、

自分の存在が否定されたような気になり、感情的対立になります。

何のために情報発信するのでしょうか。

承認要求のためでしょうか。

ツィッターが「バカッター」と呼ばれることがありますが、

議論が沸騰して、立派な大人が罵り合う様子も、まさしく何やら発見機のように思います。

昔、テレビ放送で、生放送だったか、録画だったか忘れましたが、

著名な言論人、文化人が、些細な言葉の行き違いでつかみ合いの喧嘩をした場面が流れました。

今は、SNSの場で始終、激しい争いを見ることができます。

ペンは剣より強し。

頭数を叩き割るより、頭数を数える。

人間だけが持っている、言論、議論する能力。

平和を作るためにだけ使って行きたいものですね。


by bengoshi_358 | 2020-04-08 12:19 | 日々雑感
「バカの壁」を超える梯子の作り方

私は、平成7年登録の愛知県弁護士会登録の弁護士です。弁護士生活も25年を超えました。

弁護士の仕事は、対人交渉であり、説得ですが、一番大切な交渉先、説得相手は、裁判官です。法治国家の日本では、紛争の解決は法に則って行われます。当事者間での交渉、解決が行き詰まったとき、紛争を解決してくれる制度が裁判制度です。

裁判所はどんなところでしょうか。一般の取引社会、学校と、どう違うのでしょうか。
裁判所とは、私が習った憲法の教科書には、「純理性的な法原理機関」である、とされていました。
「純理性的な法原理機関」とは、多数決の民主主義で決めるのではなく、あくまでも法と理性に則ってどうなのか、法に則ってどちらが正しいのかを決定する機関だというのです。

民主主義は時には残酷になり得ます。
民主主義には歯止めがなく、無実の人を死刑場に送ることもできます。
民主主義は、独裁(独裁も実は民主主義の1つの形なのですが)に比べたら素晴らしい制度ですが、その時々の多数決に従っていたら、「何が正義か」を見誤る危険があります。

そこで、正義公平の観点から、憲法により、民主主義を適度にコントロールするための「純理性的な法原理機関」として裁判所を置くことにされているのです。
裁判官は、その裁判所の重要な構成要素です。

裁判官は、多数決やら、泣き落としで動かされません。もし、そんなことがあれば、「純理性的な法原理機関」の意味をなさなくなってしまいます。

そんな裁判官を説得するには、どうしたらよいでしょうか。裁判官が最終的に下す判断、判決や決定は、期待も込めて、権力や人情に左右されない、「法原理的決定」と呼ばれます。
そうした「法原理的決定」を引き出す、しかも、自分の依頼者側に有利なそれを引き出すにはどうしたらよいでしょうか。

やはり、それは、「純理性的な法原理」によらねばなりません。

日本の世の中の普段の生活は人情が支配する世界です。様々な有形無形の力関係も働いています。しかし、「いざ裁判」となったら、紛争となったら、「純理性的な法原理」が全てです。

「純理性的な法原理」、簡単な言葉で言えば、「真実ないし事実と論理」です。

ビジネスの世界ではどうでしょうか。
ビジネスの世界でも、大きな取引をするときとか、長期的な契約関係を結ぶ際など、「いざというとき」には、やはり似たような状況なのではないでしょうか。

大きな取引をするときとか、長期的な契約関係を結ぶ際、情に流されて判断を誤らないために、論理的、理性的に考え、合理的な判断をするはずです。自分がそうしたいわけですから、相手も同じはずです。
基本は、論理的、理性的に考え、合理的な判断をする、つまりは、「純理性的な法原理」的決定を行うことにあります。

それでは、普段の日常生活での判断についてはどうでしょうか。
やはり、まずは、感情、願望、本能に汚染されていない「純理性的な法原理」的決定を行い、どこまでその決定を動かすことが許容できるかを冷静に考えることが間違いを回避するのに役立ちます。

ここでは、「真実ないし事実と論理」「純理性的な法原理」的決定を導く技術が主題なのですが、その前提となる基礎的能力として、論理的推理力や、論理的表現力がどうしても不可欠です。

そういった論理に係る良書はたくさんありますので、ここでは、論理的推理力や、論理的表現力についても触れつつ、その先にある技術をご紹介したいと思います。

その先にある技術とはどんなものか。
なぜ、私がその先にある技術について考えるようになったか。どうして、一般にお伝えしようと思うようになったか、について、少しだけ述べます。

みなさんは、日常生活で誰かに何か伝え、共同で意思決定をするような場合、うまく伝わらないという経験をしたことはありませんか。

例えば、会話の中で、「そんなつもりで言ったわけではないのに。」とか、相手は「なんで分かってくれないのだろう。」「理解力が低すぎないか。」と感じたことはありませんか。


不思議なことに、相手も、同じように感じているのか、こちらを感情的に罵倒してくる。
そんな場面の当事者になったり、傍観者になった経験はありませんか。

どちらも真剣になって、突き詰めて理性的に相手を説得しようとしているけれど、全く平行線で、そのうちに感情的な対立になる。「話せば分かる。」ではなく、「話せば、話すほど、分からなくなる。」

そんな経験はないでしょうか。
これは、双方向参加型SNSでよく起こっていることですね。

私も、当事者になりかけたことがあります。
議論は無駄なので、すぐに降りました。バカだの、不勉強だの、弁護士なんてこのレベルだとか、さんざん言われました。

論理的、理性的に考え、合理的な判断を行い、相手に伝えているつもりでも、伝わらないことはあります。養老孟司先生がおっしゃった、目に見えない「バカの壁」がそこに存在します。

実は、これは、一般社会でだけでなく、感情、願望、本能に汚染されていない「純理性的な法原理」的決定を行っている裁判所の中ででも起こっています。

弁護士も、裁判所の職責、判断の手法をよく知っていますから、「純理性的な法原理」的決定を引き出せるよう、論理的、理性的に考え、法律に則った合理的な弁論を行います。
弁護士は、それが自然にできるように、訓練されていますし、日々勉強しています。

それでも、裁判官が、弁護士が考えていたような判決を下すことばかりではありません。原告がいれば被告がいて、敵対相手の弁護士がいて、訓練された者同士が知力を尽くして争いますから、片方が負けるということは当然ではあります。

しかし、そんな中で、やはり、時々、不思議な勝ちがあり、不思議な負けがある。相手の弁護士にとっても、同じように考えているのが伝わることがあります。技量が変わらない者同士ならば、判定結果の筋読みは変わりません。

不思議な負けで負けた時は、もちろん控訴してひっくり返すことを考えます。それが、様々な事情で難しい時には、やむを得ず方向を変えて、和解に持ち込み、負けを小さくします。

この不思議な負けを経験した際に、多くの弁護士が思うことは、実は、SNSで罵倒し合う人々と大して変わりません。

「酷い裁判官に当たった。」「頭はいいんだろうけど、社会性がない裁判官。」「人間というものの理解がない、未熟な人間。」

…つまり、「バカの壁」にぶつかっているのです。

私が駆け出しの頃、弁護士会の談話室では、そんな愚痴を先輩の弁護士らがぶつぶつと言い合っている姿を目にしました。脇で聞いて、ふんふん頷いていたり、感心していると、機嫌を良くした先輩方から珈琲をごちそうになったりして、とても楽しかったです。

幸い、私は、個人的には、不思議な勝ちも、不思議な負けもあまりないままに年数を重ねました。


しかし、最近になって、不思議な負けを予感する事案に遭遇してしまったのです。

勝つべき事件なのに、一向に裁判官がこちら側の説明に理解を示してくれません。勝てるはず、筋からして、こちら側が断然有利なはず…でも、裁判官は、どこか上の空。


初めて真剣に悩みました。

そして、初めて真剣に法廷技術について学ぶことにしました。
特に、書面技術、説得技術です。
様々な本を読みましたが、求める答えはありませんでした。
そこで、司法試験合格後に学んだ、司法研修所の教本を学び直してみました。

そこに答えがありました。

その答えは、もしかしたら、裁判だけではなく、ビジネスでも、日常生活でも、SNSでも役に立つのではないか。


そう思って、一般の方にも分かりやすいよう、まとめてみようと思いました。

50年ほど前に、ハンス・セリエ博士は、ストレスの研究を行い、ストレスが起こる仕組みについて論文を発表し、有名なストレス学者となりましたが、ストレスを回避・軽減する方法を明らかにはされませんでした。

同じ頃、日本の中村天風師は、セリエ博士に会い、同博士からストレスを回避・軽減する方法を教えられなかったことを非常に残念に思い、自ら、ストレスを回避・軽減する方法を探求し、ついには教えられるようになられたといいます。

私も、「バカの壁」があることを前提に、それを超える方法を探求しました。


その結果、これがそれだ、というものを掴めた気がします。
それをご紹介したいと思います。

お越し下さったみなさまが、少しでも容易に「バカの壁」を超えられますよう、少しでもお役に立てられるならば幸いです。


by bengoshi_358 | 2020-04-07 21:53 | その他法律関連
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