他人から大切に扱われたかったら、立派な言葉と立派な態度、正直と誠実を親切さを持って人に接することが大切だという、アール・ナイチンゲールの言葉を思い出しました。
人はその使う言葉や態度に応じた扱いを受けるものだといいます。
アメリカでは、その属する階層や生活状況によって使う言葉や態度が全く違うのだそうです。
アール・ナイチンゲールは、生育環境は好ましいものではなかったようですが、小説家になりたいという思いがあったために、非常に丁寧な言葉遣いができた。そのために、人からは敬意をもって迎えられ、それが成功の階段を上る大きな1つの要因となったと語っていました。
「人は見た目が9割」(竹内一郎著、新潮新書)に書かれていた、マナーについての指摘から思い出されました。
アール・ナイチンゲールの言葉と同時に、以前に読んで、非常にリアルにユダヤ人の考え方が紹介されていてとてもおもしろかった「貧乏でも金持ちの列に並べ」(手島佑郎著)という本の題名をすぐに思い出しました(具体的内容は思い出している最中です)。
マナーがなっていない人はいます。
車で走行中に割り込んだり、電車内でパウダー塗ったりデオドラントスプレーしたり、歩きタバコにポイ捨て、電車内・エレベーター・人ごみで無言で周囲の人をぐいぐい押して進んで行く。
たまに出会いますね。
「余裕」がないのですね。
そういう人なんだとしか見られません。
立派な人はそういう人を避けていきます。
ナイチンゲールによれば、
事実としては「余裕」があるわけではなくても、マナーはしっかりする。
言葉と態度には気をつける。
類は友を呼ぶ。
そして、本当に立派な人たちは正直にがんばっている見込みのある人を助けたがっている。だから、事実としては「余裕」があるわけではなくてもきちんとするのがよい。
ちゃんとやっていればきっとそのとおりになる。
そうか、やはりここでも斎藤一人さんの話していた、孔雀明王のお話に通じるかも知れませんね。
たとえどんな状況にめぐり遭っても、言葉と態度はしっかり保つ。
そうした人がいつか孔雀のようになれるのだ、と。
孔雀明王のお話のCDもダビング自由だそうですが、面倒なので1枚150円で100枚買いました。ご相談者に差し上げるようにしているのでずいぶん減ってきました。
わたしは楽観主義が好きです。
きっとよくなると信じています。
困ったことも起こりますがそんな中でもうれしくなることの方が多いです。
いろんなありがたいご縁の中で生かされているのだなぁと感謝されられます。
言葉と態度を固く守ること。
これも道徳ではなく、楽しく究極の損得勘定でするのがよいのでしょうね。