「ついてる」、「ラッキー」とか、口癖にするとよいですよ、とよく言われます。
今朝は、通勤中、信号のない通りで、暫く立ち往生をしていました。
車の切れ目に、道の中央で待ちます。
少ししたら、白色普通車、運転手は、銀縁メガネ、Yシャツに紺色のネクタイの30代事務系男性が停車してくれました。
瞬時にアイコンタクト、手先を道路中央から路肩に招くように2、3度。
わたしは会釈して、側道をなおもすり抜けていく車に注意して素早く渡りきりました。
こういうときは、「ついてる」、「ラッキー」と言ってしまうと、次が無くなるような気がしました。
わたしの直感は、「ありがとう」、「停車してくださった方に良いことがありますように」のような言葉が適切だというものでした。
明白な他人の親切を「ついてる」、「ラッキー」で片付けたら、親切にしてくださった方を軽んじることになります。
軽んじるつもりがなくても、他者とは無関係に成立する「ついてる」という言葉自体が、親切にしてくださった他者への感謝の気持ちを薄めるように思います。
そして、その思いは伝わる。
隠しても、その思いが自分の身体から臭いたつ。
親切にしてくださった方は、次は親切はやめようと思うかも知れないし、わたし自身には「次(の恩恵)は無い」というインスピレーションが浮かんだのでした。
斎藤一人さんや小林正観さんのお話で、「ついてる」、「ラッキー」と言っているとよいというのが多いですが、多分それは物事がうまく行ってないときや、明確な他者からの恩恵的行為によらない良い出来事があった場合でしょうね。
言葉や思いには力があると思います。
道徳や宗教的しばりではなくて、損得、実利で考えて、やっぱりよい言葉を適切に使いたいものだと思います。