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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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「差別」について

『差別(さべつ)』は、以下のように定義されています。


・「差をつけて取り扱う」こと。分け隔て。正当な理由なく劣ったものとして不当に扱うこと。(広辞苑・第7版)


・特定の集団や「属性」に属する個人に対して、その属性を理由にして「特別な扱い」をする行為である。(Wiki)





つまり、


「差をつけて取り扱う」、


「特別な扱い」が本質です。




差別者が「差をつけて取り扱う」、「特別な扱い」をする場合の、


基準となるものが、  被差別者の「属性」  です。


この「属性」については、 日本国憲法14条で、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地(家柄)」が挙げられていますが、これに限らず、国籍、出身地、居住地域、趣味・嗜好、容姿・風貌・髪の色や質、その他様々が考えられます。


つまり、


「属性」とは、


差別者が想定し、「差をつけて取り扱う」、「特別な扱い」をする基準となっているものならば何でもよい、 ということです。




ですから、


昨今、よく言われるところの、


「差別とは少数者に対して成立するものであって、多数者に対する不利益的な『特別な扱い』は差別ではない。」とか、


「差別は、日本に住む外国人に対して成立するものであって、多数者である日本人に対する不利益的な『特別な扱い』は差別ではない。」という見解は、


『差別』を、意図的に、  限定しようというもの  であり、  平等権の理念を後退させる  ものではないか、


と考えます。



また、この考え方では、


『少数者』と『多数者』の区別は、


・日本全国ないし都道府県市町村レベルか、


・町内会や職場や任意団体レベルか、


対象範囲ごとに人数比較をすべきことになりますし、どのくらいの人数差があればよいのかも不明であり、あいまいであり、実際的ではないと思います。




私は、こう考えますが、みなさんはどうお考えですか?





# by bengoshi_358 | 2020-09-19 11:46 | 日々雑感
「バカの壁」を超える梯子の作り方(3)〜動画解説版

動画音声解説版:「バカの壁」を超える梯子の作り方


「バカの壁」とは、養老孟司先生が書かれた、2003年のベストセラーの題名です。


「バカの壁」とは人と人との話が通じない場合を意味する造語です。


『話せば分かる』でなく、『話しても分かり合えない』状態です。




この「バカの壁」は、SNS時代、ますます多く存在し、かつ、それらは高く、厚くなりました。



どうして、「バカの壁」は生まれるのでしょう?




実際、「バカの壁」は、純理性的な説得の場である、裁判においても起こっています。



原告と被告、原告代理人と被告代理人、地方裁判所と高等裁判所、高等裁判所と最高裁判所との間で、全く物の見方が変わっている事件があります。



私は、裁判では、不思議な勝ちも不思議な負けも、あまり経験してきませんでしたので、


裁判において「バカの壁」をどうにかしてやろうと思ったことはありませんでした。



しかし、この数年間で、何件か、ほぼ主張証拠が出尽くしたにもかかわらず、


相手方代理人と全く見立てが違う、


あるいは、裁判官と見立て違う、深刻な事件に遭遇しました。




そこで、初めて真剣に、「バカの壁」について考え、悩みました。





裁判の場で、「バカの壁」が顕在化する、最高裁判所の破棄(差し戻し・自判)裁判例を検討することにしました。


古いものは、後藤勇「続・民事裁判と経験則」「民事裁判と経験則」の2冊(両者それぞれ7〜80件の破棄裁判例があります)を中心に、


新しい平成年代のものは、判例データベースを検索して数十件を拾い出し、自分で図を書きながら読み、メモをしました。




その作業を通じて、「バカの壁」が裁判においてなぜできるのか、理解できました。





そして、その「バカの壁」を、どう超えていくのか。




どんな梯子を使えば良いのか、おおよそ分かりました。





そして、「バカの壁」が裁判においてできるメカニズムと、一般社会で、「バカの壁」ができるメカニズムとは、同じであると気づきました。




その超え方も。






実は、私は、養老孟司先生の「バカの壁」を読んでから、


ずっと「もし『バカの壁』があるなら、それを超える方法だってあるはずだ。その方法を教えてくれないのは不親切ではないか。」と思っていました。





また、SNSなどで、相当に知的レベルが高い人同士が、「バカの壁」に遭遇し、互いに相手を汚い言葉で罵倒し合う様子を目にし、「なぜ、『バカの壁』ができているのに気づかないのだろうか。



なぜ、『バカの壁』を超える努力をしないのだろうか。」と残念に思いもしていました。



私が気づいた、裁判における「バカの壁」を超える方法、梯子は、恐らく、ずっと多くの人の議論、交渉、説得にも役立つのではないかと思い、公開させて頂くことにした次第です。



# by bengoshi_358 | 2020-04-21 22:06 | その他法律関連
耐え忍び、乗り越えていく

東京では、昨日、「要請するなら、金をくれ!」とシュプレヒコールをして、総理私邸までデモをした人たちがいました。

コロナ禍で、密接も3密の1つとして禁忌のはずであり、この時期にデモ行進を行うことは好ましくありません。

しかし、困窮者、不安を抱える市民の声を無視してはいけないのは間違いないと思います。

表題が過激なのでご紹介するのもはばかられますが、三橋貴明さんのブログの一節がズバリ指摘しています。

<以下引用です。>

「政府に頼るな! 金クレクレ乞食が!」
「事前に対策していない方が悪い。自己責任だ!」
 と、困窮者を批判する声が聞こえていますが、貴方たちが得ている所得にしても、誰かが消費、投資として支出してくれたからこそ、創出されたのですよ。

…他の国民が貧困化し、支出を減らすと、貴方も貧乏になるのです。同じ国民を攻撃することは、自分を刺しているのと同じ行為です。(引用終わり)

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12588479884.html

また、糸井重里さんの『ほぼ日』でも、11年前の2009年4月に、あの高山義浩先生が、こうおっしゃっています。

<以下引用です。>

「新型インフルエンザ対策は公助、つまり公的サービスだけでは対応しきれません。地域であるいは事業者での支え合いのネットワークをつくっていくことで、社会を支えていくシステムが必要なんです。」(引用終わり)

https://www.1101.com/deardoctors/2009-04-09.html

この高山先生のお話を読んで、少し衝撃を受けました。

この10年間、わたしたちは、わたしは何をしてきたのだろうか、と。

公助と支え合いのネットワークの構築。

真剣に考えねばならない時が来ています。

まだ、日本は終わっていません。

敗戦、阪神淡路大震災、東日本大震災、毎年やってくる台風を乗り越えてきました。

まだまだ、これから。

ここから。

日本に期待し、日本人の1人として、今ある持ち場で頑張りたいと思います。

#きっと良くなる


# by bengoshi_358 | 2020-04-13 12:51 | 日々雑感
今日の名古屋能楽堂前の小径
今日の名古屋能楽堂(名古屋地裁、名古屋KKRホテルそば)前の小径。

桜のアーケード。

来年はゆっくりと愛で、愉しめる
今日の名古屋能楽堂前の小径_e0026495_23421113.jpeg
春になりますように。

#きっと良くなる


# by bengoshi_358 | 2020-04-10 23:41 | 日々雑感
議論、交渉、説得の理想形

議論、交渉、説得は、何のために行うのでしょうか。


なぜ、力づくで無理やり言うことを聞かせないのでしょうか。

基本的に、人は個人として尊重され、自由が保障されているからですね。


その自由、権利、利益は、法律で保障されています。

つまり、いざとなったら裁判所で守ってもらえる、ということです。


なら、法律に反しないすれすれのところで、脅し、騙し、泣き落としをすればよいかというと、昨日書いたとおり、いつかリベンジされる恐れが生まれます。

自分でなくても、他の身内、仲間、会社にとって、リスク要因を抱えることになります。


私達は、社会に生きています。

社会は広いようで、狭くもあります。

情報社会ですから、悪い情報はすぐさま全世界に共有されます。

脅し、騙し、泣き落としの手口までバレてしまいます。


社会にあって、相互依存して生きているのが人です。


潰し合いでなく、お互いの関係を補い、共存し、共栄、共生する。

そのために生み出された工夫が、議論、交渉、説得の技法ではないかと思います。


その意味で、脅し、騙し、泣き落とし的な議論、交渉、説得術は、同じ相手からは、また、手口がバレている社会内では、二度目の成功がないというだけでなく、原理的にもあってはならないものだと言えそうです。


# by bengoshi_358 | 2020-04-10 12:41 | その他法律関連
小細工は一回的
脅し、騙し、泣き落としが通じるのは1回限り。

脅され、騙され、泣き落とされて道を譲らされた者は忘れない。

された者からのリベンジを物ともしないだけの圧倒的な力量差があるか、どこまでも逃げて逃げ切る覚悟がある場合でないと使えない。
# by bengoshi_358 | 2020-04-09 21:58 | 日々雑感
交渉術
脅し、騙し、泣き落としに負ける交渉者はジュブナイル。

脅し、騙し、泣き落としで勝てると思う交渉者もまた同じ。
# by bengoshi_358 | 2020-04-09 11:06 | その他法律関連
寄与分 依頼者初診カルテ

受任時配布図解。
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財産権説に従って、①家業従事型、②金銭等出資型、③扶養型、④療養看護型、⑤財産管理型、⑥混合型に類型化し、該当する型について、個別に一般論と具体的聴取事項を盛り込んで解説する。ここまでのメモが、医師の初診カルテと同様な役割をします。

# by bengoshi_358 | 2020-04-08 19:44 | 相続
「バカの壁」登坂(突破)責任の所在

「バカの壁」が誰かとの間に存在するようだ。

そう気づいたとき、「バカの壁」を超えていく努力は誰がしたらよいのでしょうか。

「どうも話が噛み合わないな。」

「どうして分かってくれないのだ。」

「理解力が無いのか?」

そう感じたときどうしたらよいのでしょう。

裁判では、「主張立証責任」という概念があります。

それぞれが、自分に有利な事実について「主張立証責任」があるとされています。

このことを「主張立証責任の分配」といいます。

「バカの壁」登坂(突破)責任、とでもいえるでしょうか。

「バカの壁」の存在を感じたとき、あなたは怒ったり、嘆いたりすることも自由です。

突き放してしまっていいです。

絶縁してもいいです。

でも、どうしても分かって欲しい相手はいませんか?

どうしても分かってほしい場合はありませんか?

そう、「バカの壁」登坂(突破)責任は、「分かって欲しいと思う側」「自分を認めて欲しいと思う側」にあります。

SNSなどで、「バカの壁」を感じ、感情的になりそうになった際、『自分はこの人に自分を認めてもらいたいのだろうか?』『この人にしっかり分かって欲しいだろうか?』と考えてみて下さい。

冷静に考えて、「分かって欲しい」「認めて欲しい」のはどちら側でしょうか?

そこをよく考えて、無駄な議論でエネルギーを消耗するのは止めにしましょう。

仕事や、家庭で、どうしても「分かって欲しい」「自分を認めて欲しい」と思った場合、「バカの壁」登坂(突破)責任はあなたにあります。

では、「バカの壁」登坂(突破)責任をどうやって果たすか。

『「バカの壁」を超える梯子の作り方』の中で書いていってみようと思います。


# by bengoshi_358 | 2020-04-08 17:33 | 日々雑感
議論は何のためにするのか

話せば分かるはずが、話しても、

ますます分からないときがあります。

現代は情報社会。

欲しい情報は瞬時に入手可能、専門家の意見も簡単に聞けます。

欲しい情報を得て有頂天になると、誰かに伝えたくなります。

しかし、自分が容易に得た情報は他の誰もが知っている可能性が高いです。

他の誰もが自分のように、その情報を獲得している可能性を忘れます。

得意満面で情報発信し、少し反論されると、

自分の存在が否定されたような気になり、感情的対立になります。

何のために情報発信するのでしょうか。

承認要求のためでしょうか。

ツィッターが「バカッター」と呼ばれることがありますが、

議論が沸騰して、立派な大人が罵り合う様子も、まさしく何やら発見機のように思います。

昔、テレビ放送で、生放送だったか、録画だったか忘れましたが、

著名な言論人、文化人が、些細な言葉の行き違いでつかみ合いの喧嘩をした場面が流れました。

今は、SNSの場で始終、激しい争いを見ることができます。

ペンは剣より強し。

頭数を叩き割るより、頭数を数える。

人間だけが持っている、言論、議論する能力。

平和を作るためにだけ使って行きたいものですね。


# by bengoshi_358 | 2020-04-08 12:19 | 日々雑感
「バカの壁」を超える梯子の作り方

私は、平成7年登録の愛知県弁護士会登録の弁護士です。弁護士生活も25年を超えました。

弁護士の仕事は、対人交渉であり、説得ですが、一番大切な交渉先、説得相手は、裁判官です。法治国家の日本では、紛争の解決は法に則って行われます。当事者間での交渉、解決が行き詰まったとき、紛争を解決してくれる制度が裁判制度です。

裁判所はどんなところでしょうか。一般の取引社会、学校と、どう違うのでしょうか。
裁判所とは、私が習った憲法の教科書には、「純理性的な法原理機関」である、とされていました。
「純理性的な法原理機関」とは、多数決の民主主義で決めるのではなく、あくまでも法と理性に則ってどうなのか、法に則ってどちらが正しいのかを決定する機関だというのです。

民主主義は時には残酷になり得ます。
民主主義には歯止めがなく、無実の人を死刑場に送ることもできます。
民主主義は、独裁(独裁も実は民主主義の1つの形なのですが)に比べたら素晴らしい制度ですが、その時々の多数決に従っていたら、「何が正義か」を見誤る危険があります。

そこで、正義公平の観点から、憲法により、民主主義を適度にコントロールするための「純理性的な法原理機関」として裁判所を置くことにされているのです。
裁判官は、その裁判所の重要な構成要素です。

裁判官は、多数決やら、泣き落としで動かされません。もし、そんなことがあれば、「純理性的な法原理機関」の意味をなさなくなってしまいます。

そんな裁判官を説得するには、どうしたらよいでしょうか。裁判官が最終的に下す判断、判決や決定は、期待も込めて、権力や人情に左右されない、「法原理的決定」と呼ばれます。
そうした「法原理的決定」を引き出す、しかも、自分の依頼者側に有利なそれを引き出すにはどうしたらよいでしょうか。

やはり、それは、「純理性的な法原理」によらねばなりません。

日本の世の中の普段の生活は人情が支配する世界です。様々な有形無形の力関係も働いています。しかし、「いざ裁判」となったら、紛争となったら、「純理性的な法原理」が全てです。

「純理性的な法原理」、簡単な言葉で言えば、「真実ないし事実と論理」です。

ビジネスの世界ではどうでしょうか。
ビジネスの世界でも、大きな取引をするときとか、長期的な契約関係を結ぶ際など、「いざというとき」には、やはり似たような状況なのではないでしょうか。

大きな取引をするときとか、長期的な契約関係を結ぶ際、情に流されて判断を誤らないために、論理的、理性的に考え、合理的な判断をするはずです。自分がそうしたいわけですから、相手も同じはずです。
基本は、論理的、理性的に考え、合理的な判断をする、つまりは、「純理性的な法原理」的決定を行うことにあります。

それでは、普段の日常生活での判断についてはどうでしょうか。
やはり、まずは、感情、願望、本能に汚染されていない「純理性的な法原理」的決定を行い、どこまでその決定を動かすことが許容できるかを冷静に考えることが間違いを回避するのに役立ちます。

ここでは、「真実ないし事実と論理」「純理性的な法原理」的決定を導く技術が主題なのですが、その前提となる基礎的能力として、論理的推理力や、論理的表現力がどうしても不可欠です。

そういった論理に係る良書はたくさんありますので、ここでは、論理的推理力や、論理的表現力についても触れつつ、その先にある技術をご紹介したいと思います。

その先にある技術とはどんなものか。
なぜ、私がその先にある技術について考えるようになったか。どうして、一般にお伝えしようと思うようになったか、について、少しだけ述べます。

みなさんは、日常生活で誰かに何か伝え、共同で意思決定をするような場合、うまく伝わらないという経験をしたことはありませんか。

例えば、会話の中で、「そんなつもりで言ったわけではないのに。」とか、相手は「なんで分かってくれないのだろう。」「理解力が低すぎないか。」と感じたことはありませんか。


不思議なことに、相手も、同じように感じているのか、こちらを感情的に罵倒してくる。
そんな場面の当事者になったり、傍観者になった経験はありませんか。

どちらも真剣になって、突き詰めて理性的に相手を説得しようとしているけれど、全く平行線で、そのうちに感情的な対立になる。「話せば分かる。」ではなく、「話せば、話すほど、分からなくなる。」

そんな経験はないでしょうか。
これは、双方向参加型SNSでよく起こっていることですね。

私も、当事者になりかけたことがあります。
議論は無駄なので、すぐに降りました。バカだの、不勉強だの、弁護士なんてこのレベルだとか、さんざん言われました。

論理的、理性的に考え、合理的な判断を行い、相手に伝えているつもりでも、伝わらないことはあります。養老孟司先生がおっしゃった、目に見えない「バカの壁」がそこに存在します。

実は、これは、一般社会でだけでなく、感情、願望、本能に汚染されていない「純理性的な法原理」的決定を行っている裁判所の中ででも起こっています。

弁護士も、裁判所の職責、判断の手法をよく知っていますから、「純理性的な法原理」的決定を引き出せるよう、論理的、理性的に考え、法律に則った合理的な弁論を行います。
弁護士は、それが自然にできるように、訓練されていますし、日々勉強しています。

それでも、裁判官が、弁護士が考えていたような判決を下すことばかりではありません。原告がいれば被告がいて、敵対相手の弁護士がいて、訓練された者同士が知力を尽くして争いますから、片方が負けるということは当然ではあります。

しかし、そんな中で、やはり、時々、不思議な勝ちがあり、不思議な負けがある。相手の弁護士にとっても、同じように考えているのが伝わることがあります。技量が変わらない者同士ならば、判定結果の筋読みは変わりません。

不思議な負けで負けた時は、もちろん控訴してひっくり返すことを考えます。それが、様々な事情で難しい時には、やむを得ず方向を変えて、和解に持ち込み、負けを小さくします。

この不思議な負けを経験した際に、多くの弁護士が思うことは、実は、SNSで罵倒し合う人々と大して変わりません。

「酷い裁判官に当たった。」「頭はいいんだろうけど、社会性がない裁判官。」「人間というものの理解がない、未熟な人間。」

…つまり、「バカの壁」にぶつかっているのです。

私が駆け出しの頃、弁護士会の談話室では、そんな愚痴を先輩の弁護士らがぶつぶつと言い合っている姿を目にしました。脇で聞いて、ふんふん頷いていたり、感心していると、機嫌を良くした先輩方から珈琲をごちそうになったりして、とても楽しかったです。

幸い、私は、個人的には、不思議な勝ちも、不思議な負けもあまりないままに年数を重ねました。


しかし、最近になって、不思議な負けを予感する事案に遭遇してしまったのです。

勝つべき事件なのに、一向に裁判官がこちら側の説明に理解を示してくれません。勝てるはず、筋からして、こちら側が断然有利なはず…でも、裁判官は、どこか上の空。


初めて真剣に悩みました。

そして、初めて真剣に法廷技術について学ぶことにしました。
特に、書面技術、説得技術です。
様々な本を読みましたが、求める答えはありませんでした。
そこで、司法試験合格後に学んだ、司法研修所の教本を学び直してみました。

そこに答えがありました。

その答えは、もしかしたら、裁判だけではなく、ビジネスでも、日常生活でも、SNSでも役に立つのではないか。


そう思って、一般の方にも分かりやすいよう、まとめてみようと思いました。

50年ほど前に、ハンス・セリエ博士は、ストレスの研究を行い、ストレスが起こる仕組みについて論文を発表し、有名なストレス学者となりましたが、ストレスを回避・軽減する方法を明らかにはされませんでした。

同じ頃、日本の中村天風師は、セリエ博士に会い、同博士からストレスを回避・軽減する方法を教えられなかったことを非常に残念に思い、自ら、ストレスを回避・軽減する方法を探求し、ついには教えられるようになられたといいます。

私も、「バカの壁」があることを前提に、それを超える方法を探求しました。


その結果、これがそれだ、というものを掴めた気がします。
それをご紹介したいと思います。

お越し下さったみなさまが、少しでも容易に「バカの壁」を超えられますよう、少しでもお役に立てられるならば幸いです。


# by bengoshi_358 | 2020-04-07 21:53 | その他法律関連
書面があれば大丈夫か
【現実には「書面があっても裁判に負ける場合もある」し、「書面がなくても裁判に勝つ場合もある」】

書面があれば大丈夫か_e0026495_16543226.jpeg


「契約書を作成すれば大丈夫!」

「書面があれば裁判でも勝てますよ!」



そう、思っている方も多いと思います。
それは間違いではありません。

裁判は、証拠がとても大切です。
書面は、その当時作成されたものであれば、重要な証拠となるものです。


なぜ、書面が重要な証拠となるかというと、
書面が、双方当事者の、当時の意思の内容(が合致していること)を証明するものとなるからです。


法律効果がなぜ発生するか、権利が認められるか、というと、「当事者がそう決めた」からです。
自由主義国家では、私的な事柄については、国民ひとりひとりが、双方の話し合いで、原則として自由に決めることができます。
自由主義国家では、「当事者がそう決めた」ならば、原則として、その決めたとおりの法律効果、権利の発生・変更・移転・消滅を認めてあげましょう、という建前になっています。

「当事者がそう決めた」と書かれている書面は、その書面が作成された当時、後日、第三者の立場から見ても、まさに「当事者がそう決めた」のだろうと納得させられる証拠となります。


裁判では、「当事者がそう決めた」かどうか、その内容はどんなだったのか、が 争われます。


「当事者がそう決めた」といえるためには、双方当事者の考えていることが「一致」していなければなりません。
「一致」していることは、外形上(言葉の上で)一致しているだけでなく、実質的にも一致していなければなりません。


『工作機械を3億円で買う・売る』という場合、双方当事者の話した言葉の上で、また、書面上の記載において、『A型工作機械』を『3億円』で『売買』すると合致していれば、契約としては一応、成立しているといえます。
しかし、売主が『A型工作機械(中古品)』を売るつもりであり、買主が『A型工作機械(新品)』を買うつもりであった場合には、不一致があることになります。
この不一致は、「錯誤」といって、契約に問題があることになり、一定の条件の下で、取り消すことができるとされています(民法第95条)。

また、会社間の取引では考えられないことですが、契約の一方当事者が、たとえば認知症などの病気により、正常な判断ができない状態であった場合(意思能力が欠如していた場合)には、そもそも契約は無効となります(民法第3条の2)。
遺言などでは、せっかく専門家に頼んで作成してもらったにもかかわらず、認知症(とくにまだらぼけと言われる症状)を見落としていて、結局、無効な書面となる、という事例は多々あります。

書面があるにもかかわらず、「負ける場合」です。


逆に、書面がなくても、双方当事者の、当時の意思の内容(が合致していること)を証明することができたならば、書面がなくとも、勝てることがあります。

「書面の記載内容と当事者の意思の内容が相違する」場合、
「全く書面がない」場合、
その契約当時のファックス、メールのやり取り、会話の内容、双方の事情などの間接事実を丹念に証明することで、双方当事者の意思の内容を認定し、その合致する範囲内で契約の効力を認められることがあります。

それが、書面がないにもかかわらず、「勝つ」場合です。



書面は重要な証拠ですが、それが全てではない、ということです。



# by bengoshi_358 | 2019-03-29 17:19 | その他法律関連
宅建士試験合格講座(入門編)続・はじめに 3 (宅建業法の基本原理)
日本は、法治国家です。
国家と国民の関係、国民と国民の間の関係は、国民の代表者で構成される国会で定められた法律によって規律されます。

その法律は、その時々の国会(議員)が、好き勝手に制定できるものではありません。
日本国憲法で許される範囲内でしか制定できません。

日本国憲法は、世間で言われているように、たしかに、その成立過程には問題もあります。
しかし、基本的人権の保障、その確保手段としての立憲民主政の採用などの点においては、他の先進国の憲法に引けをとりません。

日本国憲法は、国民一人一人の「個人の尊厳」を確保することを究極の目標としています(第13条)。
そのために、個々の国民に、自由と平等を保障しています。
但し、それも他者の自由や平等を不当に侵害しないことが条件です。

個々の国民には、それぞれの能力、経験において、また、その他の諸条件や状況において違いがあります。
その違いに応じた自由や平等の保障こそが大切です。
それぞれの違いに応じてこそ、実質的に個々の国民に自由と平等を等しく保障することになります。

国会が制定する法律は、「実質的に個々の国民に自由と平等を等しく保障する」ことを目的として制定されねばならないのです。

皆さんが勉強する、宅地建物取引業法は、国民と国民との間の取引について、直接規制するものではありません。
「業法」といって、特定の事業を営む者や団体について規制する法律です。
それでも、憲法の下にあって、「実質的に個々の国民に自由と平等を等しく保障する」ことを目的として制定されていることには変わりありません。

宅地建物は、日本では、国民が一生のうちに一度取引することがあるかないか、というくらい、価値ある商品です。非常に高額です。その宅地建物の取引に関わる業者には、高いモラルとスキルが求められます。
宅地建物の取引をする国民に、不測の損害が生じないようにする。
宅地建物の取引をする国民が、食い物にされないようにする。
一般消費者である国民、業者との間に、実質的自由と平等を確保するように、作られています。

こういうことは、世間に出ている宅建業法の教科書には書かれていません。


しかし、日本の法律は、日本国憲法で許される範囲内でしか制定できませんし、日本国憲法の目的を実現するような法律でなければ、憲法違反とされて、無効とされる可能性もあるのです。
宅建業法は、まさしく、「業法」でありながらも、一般消費者である国民の実質的自由と平等を保障するように作られています。

具体的には、一般消費者である国民の自由、特に財産権を守るために、(1)宅建士という一定程度以上の能力(スキル)を持った有資格者に関与させ、正しい情報を共有させ、宅地建物取引業者を免許制にしてモラルを維持させ、(2)宅地建物取引業者には賠償能力を備えることを求め、(3)規制をもうけ、不利益処分や罰則をもって遵守を徹底させています。

この、(1)スキル面・情報提供・モラル維持、(2)賠償能力、(3)規制・遵守の徹底が、宅地建物取引業法の3本の柱、原理原則です。

宅地建物取引業法を勉強する際には、自分が今、何の勉強をしているのか、どこを勉強しているのか、意識しながら勉強することは、記憶と、試験場での再現に役立ちます。

(1)スキル面・情報提供・モラル維持、(2)賠償能力、(3)規制、遵守の徹底、この3つを意識して、勉強しましょう。

宅建士試験合格講座(入門編)続・はじめに 3 (宅建業法の基本原理)_e0026495_18144753.jpg

# by bengoshi_358 | 2019-03-25 18:17 | 宅建士試験合格講座(入門編)
今朝の作品

今朝製作した作品。




「土筆と菜花の玉子とじ」




ネットでレシピチェックしたお陰で美味しくできました。

今朝の作品_e0026495_09241677.jpeg



簡単にできる料理しか作れませんが、料理は頭の整理、気分転換に最適ですね。


毎日、毎朝、毎晩だと…それどころではないというのもよく分かります。


# by bengoshi_358 | 2019-03-25 09:23 | 日々雑感
宅建士試験合格講座(入門編)続・はじめに 2
国家資格の試験は「田舎芝居」。

昔からそういわれています。
手を変え品を変え、同じテーマ、同じような物語で人気を博する「田舎芝居」。

余程のことが無い限り、「過去問」のレベルの難しさで、「過去問」の頻出出題分野から、「過去問」に似たような問題が出題されます。

そこで、私は、担当した「生涯学習講座・宅建士試験合格講座(入門編)」では、「過去問」を教材にしました。
講座では、「制度」について説明をし、それを支える「制度趣旨」を説明し、さらに「制度趣旨」の背景にある「原理原則」まで説明します。

なぜ、そうしたと思われますか?

「生涯学習講座」では、受講生は若い学生ではありません。
リタイヤしたシニア層です。
様々な社会経験が記憶された脳の保持者です。


若い学生の場合には、どんどん記憶できます。
フレッシュで、メモリー容量に空きが十分あるからです。
どんどん記憶できて、易々と引き出して、解答までできます。


ところが、シニア層の場合には、多くの記憶情報が邪魔をして、記憶に時間がかかったり、引き出すことにも時間がかかります。

よく、「歳のせいで…」なんて言われますが、私はそうではないと思っています。
「歳のせいで、記憶力が落ちた」のではなく、多くの記憶情報があるために、記憶と再現に工夫しないと、記憶や再現が難しいということだと思います。

・記憶する場合にも、整理整頓して記憶する。
・引き出す場合にも、整理整頓した手順によって徐々に引き出す。

そんな工夫で、十分記憶し、再現することはできます。
特に法律は、よく出来た法律の場合には、精緻な論理体系に沿っています。
「原理原則」「制度趣旨」がしっかり背景にあります。

私は、シニア層には、(1)「原理原則」「制度趣旨」で整理整頓して記憶すること、(2)「原理原則」「制度趣旨」で整理整頓して思い出すこと、をお勧めします。

「原理原則」「制度趣旨」を理解しながら学習することは、省エネで、記憶。
「原理原則」「制度趣旨」を理解しながら学習することは、省エネで、省エネで、再現。
…ともいえます。

宅建業法、法令上の制限においても、底流には「原理原則」があり、「制度趣旨」が(漠然としつつも)存在しています。

それを意識して、学んで行けるように、と思います。

# by bengoshi_358 | 2019-03-22 20:26 | 宅建士試験合格講座(入門編)
庭作業

先週接木のために渋柿を切ったが、切った枝木の処理が未だだった。




そこで、ハッチで小枝を落とし、ゴミ集積所に出せるようにした。




途中でゴーグル代わりに眼鏡を掛ける。生木だから跳ねないはずだが、キックボクシングジムで「目をつぶっちゃダメだ!」と指導されて、物が飛んで来ても目をつぶらない癖が付いたので、危険回避、念のために。



庭作業_e0026495_16251756.jpeg




# by bengoshi_358 | 2019-03-21 16:23 | 趣味
宅建士試験合格講座(入門編)続・はじめに
私が担当した「生涯学習講座」は、もともとは「老後破産」についてのお話をさせて頂いた際に、『では、今後どうしたら良いのでしょうか?』と尋ねられたのがきっかけで始まりました。

The how should we live?

まさしく青年時代の問いと同じ問いを、シニア時代にも投げかけねばならない。
人生100年時代は、そういう時代なのですね。


お金に関する基本は、「収入の範囲内で暮らす」「出と入りをコントロールする」です。

みんな分かっています。

でも、そんなお話だけで面白いですか?
定年になっても、みんな元気でピンピンしていますよね。昔とは違う。
人生100年なら、まだ、40年。
少なくとも10年だったのが15年、20年は元気な時代。

『ちょっと、攻めてみましょうか?』
『働けるなら働いてしまえばどうでしょうか?』

『仕事はありますかねえ?』

『ボスを探せ、見つからなければ自分がボスになれ! ですよ。』

『事業始めるのは大変ですよね?』

『スモールビジネスから始められるのが普通です。』

『難しい手続や法律も知らないし。』

『専門家頼めるまでは、自分で勉強しないとダメかも。…どうせ法律必要だし、そうだ、資格があると就職もしやすいかも知れませんね。』

『教えて下さい!』

そんなようなやり取りから、でした。
宅建士試験合格講座(入門編)続・はじめに_e0026495_08441062.jpeg


# by bengoshi_358 | 2019-03-21 08:28 | 宅建士試験合格講座(入門編)
宅建士試験合格講座(入門編)【宅建業法】1

【1】平成27年第26問(宅建業法)

次の記述のうち、宅建業法の規定によれば、正しいものはいくつあるか。

ア.都市計画法に規定する工業専用地域内の土地で、建築資材置場の用に供されているものは、法第2条第1号に規定する「宅地」に該当する。

イ.社会福祉法人が、高齢者の居住の安定確保に関する法律に規定する「サービス付高齢者向け住宅」の「貸借」の「媒介」を「反復継続して営む」場合は、「宅地建物取引業」の免許を必要としない。

ウ.都市計画法に規定する「開発地域以外の土地」で、「倉庫」の用に供されているものは、法第2条第1号に規定する「宅地」に該当しない。

エ.「賃貸住宅」の「管理業者」が、貸主から管理業務とあわせて「入居者募集」の依頼を受けて、「貸借」の「媒介」を「反復継続」して営む場合は、宅地建物取引業の免許を必要としない。

1 1つ
2 2つ
3 3つ
4 4つ

〔解説〕
ア.の肢
「宅地」とは、①建物が建っている土地、②将来建物を建てる目的で取引する土地(地目問わない)、③用途地域内の土地をいいます。
「工業専用地域」は、都市計画法上(8条1号)の用途地域です。
ですので、これは正しいです。

イ.の肢
「宅地建物取引業」の免許を要するのは、「宅地」または「建物」の「取引」を「業」として行う場合です。
「宅地」は、ア.で説明したとおりです。
「建物」は、「柱と壁で囲まれて屋根を備えた構造物」の一切をいいます。
「取引」とは、①自ら売買・交換、②売買・交換・貸借の代理、③売買・交換・貸借の媒介を行うことです。
「業」とは、反復継続して営むことをいいます。
「サービス付高齢者向け住宅」も「柱と壁で囲まれて屋根を備えた構造物」ですから、「建物」です。
ですので、これは誤りです。

ウ.の肢
「宅地」は、ア.で説明したとおりです。
「開発地域以外の土地で、倉庫の用に供されているもの」とは、「開発地域以外の土地で、倉庫が建っているもの」という意味です。
つまり、ア.の「①建物が建っている土地」に該当します。
ですから、「開発地域以外の土地で、倉庫の用に供されているもの」は「宅地」です。
ですので、これが誤りです。

エ.の肢
「管理業者」で実際に「管理」だけを行っているならば、「宅地または建物の取引を業として行う場合」には該当しませんので、宅建取引業の免許は不要です。
しかし、「管理業者」が「貸借の媒介を反復継続して営む場合」は、イ.の「取引」、「③売買・交換・貸借の媒介」の「貸借の媒介」に該当します。
「貸借の媒介」という「取引」を「反復継続して営む」、つまり「業」として行うのですから、「宅地建物取引業」を行うことになり、「宅地建物取引業」の免許が必要です。
ですので、これは誤りです。

以上から、正しいのは1つだけ。
よって、1が正しいということになります。






<参考>
※宅建業法の規制範囲について、明快な図がありましたのでお知らせします。
上記のページ中、「宅地建物取引業の規制範囲とは」というPDFのリンク元をクリックされると、図がDLできます。
※国や地方公共団体のHPには、使える情報が沢山あります。

# by bengoshi_358 | 2019-03-20 17:43 | 宅建士試験合格講座(入門編)
宅建士試験合格講座(入門編)はじめに
宅建士合格講座(入門編)


私はある都市で、ここ数年、シニア層向けの「生涯学習講座」の講師をしておりました。

教える内容は、「法律」ですが、ただ机上の学問をお教えしても、シニア層には面白くないと思いますし、人生100年時代を見据え、「資格試験チャレンジ講座」を謳ってみようと思い、「宅建士試験対策」を通じて「法律」を学ぶというコンセプトにしました。

そして、講義を重ねるうちに、沢山の人生経験を積んだシニア層には、「詰め込み暗記」は向かず、「制度趣旨」「原理原則」などの最低限の知識を固め、その場で肢を切っていく進み方がよいと確信しました。

もちろん、試験に合格するためには「暗記」は大切です。
けれども、シニア層が相手ですから、神経衰弱になるような受験勉強は回避したい。
むしろ、「法律」の「制度趣旨」「原理原則」を知って頂き、また、宅建士試験に出題される「法令」を含めた「法律」を知ることの楽しさを体験してほしい、楽しみながら、最後に合格できるような、そんな講座にしたい。

そう思って、数年間話してきたことのエッセンスを、2019年合格講座(入門編)として、共有してみようと思います。


シニア層の方々、そうでない方も楽しんで頂ければ幸いです。
クロスワードパズルよりは絶対おもしろいし、日常生活に役に立ち、もしかしたら、資格も取れる。

そんな思いをもって、一緒に勉強できたらと思います。


# by bengoshi_358 | 2019-03-20 17:32 | 宅建士試験合格講座(入門編)
『使用者性』について

『使用者性』(労働法ノート)

まれにですが、労働者側から使用者側の企業に対して、損害賠償を求めたり、地位確認を求めたりするに当って、どの企業が『使用者』なのかが問題となる場合があります。

また、様々な法令、行政取締法規で『使用者』『事業者』などが名宛人(=義務の履行者)とされる場合があります。

分かりやすく1枚の図にしたので、添付しておきます。


『使用者性』について_e0026495_20484824.jpg

# by bengoshi_358 | 2018-09-29 20:49 | 労働法
裁判所に行く途中で見た虹
裁判所に行く途中で見た虹_e0026495_18445139.jpg

平成28年12月27日は、桑名簡易裁判所で調停がありました。




今年最後の、弁護士としての裁判、調停です。
(実は、その後、他の簡易裁判所での司法委員としての出廷があったので、出廷自体はそちらが今年最後)


桑名駅東口に虹が出ていました。


裁判所出廷前に、良い外応(兆し、象徴)だと、思わず撮影しました。



我々弁護士は、依頼者から頼まれて、裁判や調停を通じ、依頼者の権利利益の実現を手助けします。


結果の評価については、いろいろな見方はありますが、厳粛に言えば、やはり「勝ち」「敗け」に分かれます。



我々弁護士は、依頼者を信じ、依頼者のために、依頼者の利益になるよう、少しでも依頼者が希望する結果を得ようと努力します。


勝負事に生きています。


だから、試合に臨むスポーツ選手のように、精一杯準備し、存分に書き尽くし、語り尽くします。


さらに、やり切った上に、験を担いだりします。


依頼者と同じ思いで、「勝ちたい」と思っています。


良い結果を出したいと思っています。


だから、一般に幸運の予兆と言われるような事象に遭遇すると、小躍りしたくなるほど嬉しく感じます。


そういうわけで、昨日の虹も嬉しくて、つい、撮影してしまいました。




# by bengoshi_358 | 2016-12-28 18:46 | 日々雑感
心と身体の稼働効率を高めるコツ 1
出来事や物事は流れていく。
流していく。

掴んで離さないでいると、そこが痛む。そこで痛む。

受け入れ、流していく。
手先、足先、頭や背中、外へ外へと流して、出ていくのを見、感じるように意識する。

# by bengoshi_358 | 2016-11-16 12:49 | 備忘録
弁護士の仕事は対立する権利の調整を前提とした「権利の実現」。

監修本、次回作は、「債権回収」がテーマ。

債権回収は、貸金、代金、損害賠償金の請求訴訟をはじめ、弁護士なら、日常的に携る仕事。

過去には、借金整理の本を書いたが、弁護士の仕事としては、債権回収こそが、本来の仕事であるように思われているのではなかろうか。

なぜなら、債権回収は、契約その他により成立した債権を現金化する行為であって、いわば、抽象的権利を具体的に現実化する、もっと言えば、「権利の実現」行為だから。

これに対し、借金整理は、契約その他により成立した債権を、一部または全部を無効化する行為であって、「権利の実現」とは、真逆。

国選刑事事件と同様、借金整理の事件を遂行中、「なんでこんな仕事するの?」と言われることがある。

「約束守らない側をなんで弁護するわけ?」

「悪いのは約束守らない側でしょ?」

「弁護士さん、悪い側を助けるの?」というわけだ。

ただ、借金整理も、広い意味では「権利の実現」行為なのだ。

誰かの権利を正当に実現する過程で、義務者において、健康で文化的に生存する環境が破壊されそうになったとき、他者の権利を一定の条件の下で制限する必要が生じることがある。義務者にも、生存権(憲法25条)があるからである。

そういった背景から、困窮し、露頭に迷いかねない義務者を救済すべく、民事再生では債権を一部カットされ、破産では債権の全額をカットされる。

そうすることで、義務者が「健康で文化的な最低限度の生活」を送れるように、義務者の生存権を実現できるようにする。

弁護士バッジの絵柄は、ひまわりの中に天秤。

弁護士の仕事は、「権利の実現」行為であり、そこにおいて、衝突する権利と権利の調整が必要となる。

権利の実現手段である法律(実体法)や手続(手続法)の規定には、既に、衝突する権利と権利の調整の理念が盛り込まれている。

憲法の理念を思い出してほしい。

憲法の理念は、個人の尊厳を確保することにあり(憲法13)、そのためには、個人の自由と平等を保障する必要があり、個々人に自由権と平等権が保障されている。

そもそも、憲法において、個々人の権利の衝突とその調整は、予め想定されている。

憲法に定めのある「公共の福祉」による制限というものは、そういう意味として理解されている。

また、そもそもが、憲法の定める自由権は、権利である。権利のおおもとである。

そして、平等権は、各々の相違に基づいて、等しく扱われるように要求できる権利である。

実は、この自由権と平等権は、そもそも対立緊張関係にある。

自由権ばかりが強調されれば(過度な資本主義)、平等権の要求が不可避的に生じる(社会政策的要求・社会主義)。

実際に、憲法は、自由権(資本主義)を原則とし、それによって生じる弊害を最小限に抑えるために、社会権(生存権、教育を受ける権利、労働基本権)をも定めている。

このように、権利と権利のバランス維持は、我が国の憲法がよって立つ、立憲民主主義の目的であり、裁判に関わる裁判所や弁護士の使命でもある。

私自身は、弁護士の仕事がそういうものである以上、債権回収も、借金整理も、両方やるのがいいと思う。双方の立場がより分かるから。

離婚事件でも同様、男性側、女性側の両方の立場でやるのがいいと思う。

片方だけしかやらない、やれないでいると、そのやっている仕事のクォリティもなかなか上がらない。

両方やってこそ、それぞれの仕事がよく分かるようになる。

そう思うから、私は、両方やる。

その延長で、債権回収の監修で、これからいくらか刺激を受けそうなので、今後、バランスのため、借金整理本の新しい著者本を1つ、債権回収の著者本をいくつか書いてみようか、などと不遜にも考えている。

できるだけ早く、著者本もご紹介できるよう、努力したい、…と思う。
(監修本と違って、著者本は相当に体力が要るから)


補足: 借金整理本、と書いたが、次回作は、CMで今だにあおりを入れてる、過払い金請求とか、サラ金の任意整理でなく、企業倒産を中心にしたい。

借金整理といっても、私の場合、毎月1件の企業倒産事件の申立をしていた時期もあり、どちらかというと、それと合わせた関係者の破産、再生と個人の住宅ローン破産を中心にやっていた。

そのまとめをいつかやりたい、と思っていた。


# by bengoshi_358 | 2016-10-25 16:46 | 日々雑感
監修本第1弾「署名・捺印の法律問題を徹底理解!」(リーガルスキルサポート研究会・アイバス出版)
監修本第1弾「署名・捺印の法律問題を徹底理解!」(リーガルスキルサポート研究会・アイバス出版)_e0026495_13383413.jpg

法律実務本シリーズの監修を依頼されていたのですが、少し前に原稿チェックが終わった、その第1弾が発売になるそうです。

「署名・捺印の法律問題を徹底理解!」(リーガルスキルサポート研究会・アイバス出版)

この「徹底理解!」シリーズ、今後は、売れ行きにもよるのでしょうが、あと何冊か予定されています。

また、随時ご紹介させて頂きます。




# by bengoshi_358 | 2016-10-14 13:39 | その他法律関連
求められるしつこさ

昨日は、弁護士は弱腰がふつうなんだ、みたいなことを書いた。

「それだったら、頼む意味ないじゃん!」


そう思われるのもしゃくである。



弱腰と見えるかもしれないけれど、それは、扱う仕事の性質から来るもの。
強引なことはできない、ということ。

その代わり、卓球やテニスのラリーのように、

しとしとと、時にはやや強く降り続く雨のように、


証拠をもとに、しつこく、しつこく追及していくのが、我々の仕事の原則的なスタイル。


声を上げたり、机を叩いたりのパフォーマンスをする同業者は、異例で、異端のポジションにある。




これは、絶対に負けられない。


こんなことは、決して放っては置けない。



そういう事件も多々あるわけで、


そうした時、我々は、裁判官が納得してくれるよう、納得してくれるまで、シャットダウンされるまで、丁寧に、熱意を秘めて、延々と、しつこく、闘い続けていく。


「決してあきらめない」というのが、営業マンの心得だけど、

我々は、クライアントのエージェントであり、営業マンである。


だから、しつこく、がんばるだけ。



「絶対、絶対、絶対、絶対、絶対、絶対にあきらめるな!」(『12番目の天使』オグ・マンディーノ著、坂本貢一訳)


そんな思いを抱いてワープロを叩くのが仕事。



# by bengoshi_358 | 2016-10-11 19:05 | 日々雑感
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