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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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他人を嫌わない 「トーチェ氏の心の法則」 2-D
「D  他人を愛しましょう 〜少なくとも好きになりましょう」

聖人君子になかなかなれるものではない。
喜怒哀楽の感情も必要だから備わっている。

けれど、一つの型として、聖人君子はお手本にされていい。
必要だからといって、喜怒哀楽のどの感情に耽って居着いてはいけない。

窮極の損得感情というやつだ。
人生にとって、最終的に損か得か、で考えるのがいい。

「憤り  →  憎しみ  →  絶望  →  失敗」という連鎖は元から断つのがいい。
「潜在意識は、時や場所や人を問題にしない」から、それらは思わぬ時に、思わぬ場所で、思わぬ相手に関して、起こる。
だから、この連鎖は断つべきだ。
もちろんどこから断ってもいいけれど、最初で潰しておくのが楽チンだ。
放っておけば、「憤り  →  憎しみ  →  絶望  →  失敗  → 憤り  →  憎しみ  →  絶望  →  失敗 →憤り …」というサイクルから抜けられなくなる。
とにかく、気づいた時点で断つ。
居着く前に昇華してしまう。

「私たちは、憤りを、発生した時点、つまり潜在化して潜在意識の一部を構成するようになる手前で阻止し、浄化しなければならない」(トーチェ)

実は、全ては原因と結果。自分の意識の反映で、積極的にか消極的にか、自分がそれを呼び込んでいたのだと知ることから始める。
「相手の態度はその人自身のパターン(注:相手自身の問題)と自分自身の隠された期待との結果である」(トーチェ)

「暗い否定的な見方を、明るい積極的な見方に置き換えていく」(トーチェ)のだ。

「幸せは、今得ているもの、今ある自分、今していることを好きになるところから生まれてくる」(トーチェ)のであり、まずは今から、今すぐにでも気持ちを変えていく。

自分自身に対して誠実であること、大事にすることから始めてみよう。
それができたら、相手に対しても、それを適用してみよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-12 06:13 | 読書録
自分を好きになる 「トーチェ氏の心の法則」2-C
補正
「C  自分を愛しましょう 〜少なくとも好きになりましょう」2-C

この章は、そのまま写経したいくらい大切な章。
私は小学校で、5年生の担任に変わるまで「できん坊主」、「落ちつきのない子」、「何をやってもダメな子」と思われていた。
大人になってから親に言ったら、担任の1人からははっきりそのようなことを言われたそうだ。
ある担任の否定的な見解が小学校内で共有され、親も不安になり、周囲のほとんどの大人たちの想念となっていた。
何よりも恐ろしいのは、それが自分の想念となっていたことだ。
「どうせ自分なんか」
それが私の口癖だった。

だから5年生になって、新しい担任が笑顔で接してくれたとき(それまでの担任が笑顔で私に近づいたことは一度もないと断言できる)、どぎまぎした。身体はこわばり、目を逸らし、下を向いていた。
私は担任の真意がわからなかった。
そのうち、3年生からやっていた野球部の監督に(以前の担任だったが)、私の身体能力が高いことから、5年生の4月時点では球拾いだった私を中心選手にして育てるようにと指示を出したらしい。そして、初夏から、球拾いが投手になり、3番打者になった。それなりの実績も出した。
私は野球部で5年生の担任の思った通りの子供になった。
5年生の担任以外の先生の中には後に校長までやった人もいる。5年生の担任は学年主任にはなったが、教頭にもならなかった。
5年生の担任の先生のことを思うと感謝で胸が熱くなる。

トーチェは、人のセルフイメージが、幼少期の周囲の大人たちに形作られ、よくよく注意しないと成人しても影響から逃れられないという。私も、時折幼少期に受けたダメージと闘っている。

「人生の目的を探る人間は、ちょうどウラニウムに似ている。ウエブスター・スタンダード辞典の1903年度版には、ウラニウムは『無益である』と出ている。しかし、その後、科学はウラニウムが高価で、極めて利用価値の高い物質であることを明らかにした。被造物の中で使えないものは何一つない」(トーチェ)

「『二つのものが、同じ一つのものと等しい時、その二つは等しい』と数学は教える。電話とランプは、使用される『製品』であり、それぞれの使用目的を有して『独特』出あるという点で平等である。同じように、我々はみな『人間』であり、個性的で『独特』であるという点で平等である」(トーチェ)

「赤ん坊がベッドを濡らすからといって、赤ん坊を叱る人はいない。あなたは当時はそれが正しいと思ったからそれをした。全ての面であなたと同じ立場にあれば誰でも同じことをしただろう」(トーチェ)

自分自身に、『よくやってきたな、お前!』と褒めてやろう。
自分を大事にしよう。
自分自身の内なる力を信じよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-09 06:44 | 読書録
決断を行動に移す 「トーチェ氏の心の法則」2-B
「B  決断しましょう」

「私たちの内奥の魂は常に積極的であり、『私に不可能はない』と主張するが、心がその声と一致した時にだけ、魂の主張が自由に流れ出て私たちの努力に成功をもって報いてくれる。心は、それまで学んできたことに規定され、積極的か、否定的か、中立的かのいずれでもありうる」(トーチェ)

トーチェは、決断し、行動に移すことを勧める。
行動に移らない決断は本当の決断ではない。

「私たちは生まれつきの怠け者で、できるだけ努力のいらない方を選ぶ」(トーチェ)

厳しい意見だけれども本当のことだ。
自分の経験からも、多くの本でも読んだこと。
身体的にも心理的にも恒常性維持機能(ホメオスタシス)が人間には備わっている。


『論理と感情が闘えば感情が勝つ』と言われている。
心の正直な思い、感情が人を動かす。
『人間は感情の動物だ』と言われる所以だ。

言語・イメージによる自己暗示は、実はこの厄介な感情のコントロールのためのツールなのだ。
感情は、常に否定的、よくても現状維持的に流れやすい。
『そんなにがんばらんでもいいやん』
時として必要な言葉であるけれど、自分の感情を明るく前向きにさせることについてはがんばらないといけない。

辛いこともあるし、投げ出したくなるときもあるだろう。
しかし、あなたが塞ぎ込んでいるときに、周りの人たちはどんな気持ちになるだろう。荒れ狂うあなたに、周りはどれほど迷惑を被るだろうか。
他人は去っていく。それで済む。
家族はそうではない。
自分だけの問題ではない。
俺は落ち込むだけ落ち込みたいし、好きにしてくれというなら、一人で自活し、あるいは社会を離れて無人島で暮らすしかないだろう。

無理無理の努力で何かをやろうじゃないか、巨人の星みたいに、という行き方ではなくて、まずは、自分の気持ちを前向きにすること、明るくすることにがんばってみようじゃないかということ。
放っておけば現状維持的な怠け者。
あるいは、心のベクトルが下向きになってしまった状況。
変わるためには行動だが、まずは感情をコントロールしなければならない。
せめてこの感情のコントロールには努力しようということ。

感情が変われば態度や行動が変わる。

ただ、始めは誰でもよちよち歩きであるように、努力してもなかなか感情はアップしてはいない。
繰り返し、繰り返し、言葉とイメージの暗示法を使おう。
『◯に、俺はなる!』
『◯に俺はなったぞー!やったー!』

それから、行動は生まれる。
そのはずだが、不慣れなことは恒常性維持機能が邪魔をする。
すぐにやめたくなる。
だから、こうしてみよう。
とにかく、5分だけはやってみる。
大きな課題、たくさんの宿題を、細かく分けて、少しずつのピースにしてとにかく5分、あるいは、ピースに分けた幾つかだけでもやるのだと決める。
これはステップインドアテクニック(小さな一歩から入っていく)、ローバーテクニック(低い障害)、象を食べてしまえテクニックとか、人によっては様々に言われるが、とにかく『最低限やれること』だけやると心に決める。

これは本当に役立つ。
とにかく、5分だけ机に座る。
開かなくていいから、毎日教科書を手にして眺める。
目次だけ読む。
1章の見出しだけ読む。
とにかく、できることだけやる。続ける。
そうしていくうちに、案外多くのことができるようになっていく。

感情との闘いは、おそらく一生続く。
徐々に少なくなっていれけれど、自我も恒常性維持機能もあるわけだから、多分、程度の差こそあれ、葛藤は常にある。
でも、葛藤があるからこそ、気づきがあり、成長や発展もある。

そして、今、我々には、感情をコントロールするツールもある。
言葉とイメージによる暗示は本当に役に立つ。
「誰でもできるけれど、ごくわずかの人しか実行していない成功の法則」(ジム・ドノヴァン)でも、「成功の実現」(中村天風)でも書かれていることのキモはこの感情のコントロール。
自分自身(と思われている心、感情)をコントロールする技術。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-08 06:48 | 読書録
王者のごとく 「トーチェ氏の心の法則」2-序章、2-A
「原因となるアイデアや青写真を変更する」2-序章、2-A

「椅子の原因はデザイナーの心に浮かんだアイデア。その椅子を改良するには、原因となるアイデアや青写真を変更しなければならない」(トーチェ)

全てはまず心の中で始まる。

ダメだと思えばダメになる。
勝つと思っても勝てないこともあるわけで、負けと思えばはなから勝つことは無理。
美空ひばりの「柔」は好きだが、その冒頭は『勝つと思うな  思えば負けよ』だ。
勝とうという意識が強すぎる場合に負けてしまうのは、極度に緊張し、心身の稼働効率が極端に下がり、本来の力が発揮できなくなるからだ。
負けと思って闘えなどという歌ではない。
私が受験中に教えられた言葉だが、『準備中は王者のように、本番中は奴隷(召使)のように』というのが正しい。
トーチェの本章での言葉と合わせて説明すると、『準備中は既に成功していると考えて勉強し、本番は奴隷(召使)のように細心の注意を払って一言一句丁寧に読み、書く』ということになる。
もっとはっきりした殺し文句を言うと、『本番中は、結果は一旦忘れて、ただベストを尽くすのみと言い聞かせながら解答、問題解決に当たること』だ。
挑戦する前から、本番の舞台に、リングに上がる前から、負け犬になっていてはいけない。

さて、トーチェは、序章で、Part2の各章のテーマを頭出しで紹介する。これは、本や論文を書くときに倣いたいコツだ。

2-Aは「自分を成功者とみなそう」。
準備期間中、既に成功したと思って、準備作業に当たろうということだ。
そうすることで、心が明るく、軽くなり、心身の稼働効率が大幅に高まる。
これが心理的効果、狙い。
もう一つが、脳機能学的観点からの狙いもある。
自分を成功者とみなすことで、脳は答えを自動的に探し求める。
『成功者とはどんなだろう。成功する直前にはどんなだったろう』
『今の自分とどう違っているのだろう。成功する人は成功する直前にはどんなことをしていたのだろう』
脳は、空白を嫌うらしい。
ノートでマインドマップが役に立つのは、脳が空白を嫌うという特性、繋がりをもって知識やアイデアが生み出されるという特性を活かしたものだ。
脳は、ギャップという空白をも埋めようとする。
成功者と今の自分とのギャップを埋めるもの、それに必要な具体的な準備作業や、コツを自動探索し始める。

「今この瞬間から、成功者として行動するようにしよう」(トーチェ)

「◯に、俺はなる!」これは、普段、弱気の虫を退治するための魔法の言葉。
朝寝起き、夜寝入りには、イメージングだったが、その時の魔法の言葉は「◯に、俺はなったぞー!」だ。「やったー、やったぞー。俺は◯になったんだ!ありがとう!」と言うことをきっかけに、脳内では、自分が成功したイメージが再現され、瞼の裏側に映写される。
これを、勉強や仕事の準備の前にも行うことだ。
考えることは勝手だし、ただなんだから、そして何より幾多の偉人たちが行ってきた、「誰にでもできるけれど、ごくわずかの人しか実行していない成功の法則」の具体的技術のアルファでありオメガだ。
「雄々しくあれ、強くあれ少年たちよ」と言いたい。
根拠のない自信をもって王者のごとく準備しよう。
そして、ベストを尽くしきるということだけを考えて本番に臨もう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-07 06:05 | 読書録
「グループの意識」 〜トーチェ氏の心の法則 を読む
「C  グループの意識」を読む

トーチェは、この章では、D章の前ふりで、古来一般に言われている『類は友を呼ぶ』ということについて書く。

D章では、集合無意識という、一般的には認知されていないテーマを扱うため、抵抗なく読み進められるように、よく知られた、似たような意識を持った人同士が集まることを導入に置く。
C章は、初めは、ページ数も少なく、なぜ独立した章なのかと感じたが、『本当にいいたいこと』(受験国語のキモは、作者のイイタイコト探求だ)に導く、ワンクッションだったのだ。

「似たもの同士は相手を引きつけ合うばかりでなく、互いにもっと似るようになり、似ようとしないものすべてに反発を感じる」
「何年ぶりかで故郷に帰った人は、一番仲が良かった幼馴染とさえ、共通のものがなくなってきたことを発見する。『故郷は遠く、二度と帰れない』(トーマス・ウォルフ)」ということは、地方から東京に出て暫く暮らし、地方に帰省ないし、Uターンしたことがある人なら経験すること。
向いている方向と、エネルギー量が違ったり、スイッチが入ってしまったりすると、それまで馴染んだ環境には満足できなくなる。落ち着かなくなる。
最近は地方も変わり、地方でもやれることが多くなったので事情は変わったが、以前は、『やっぱり東京だ』とまた東京に行ってしまう人も少なくなかった。

「グループは、常に一つの中心となる信念のパターンの下で調和している」
「年収100万円の価値しかないと思っている人は、年収1000万円の意識を持つ人を避けたり、彼らから避けられる」
「従業員は、退社して自分の心の状態に相応しい会社に転職する」
別れは悲しいことだけれど、避けられないことだ。
こういうことはしばしば起こる。
懐が深く、包み込みができるリーダーの下でも、それは起こるものだ。
人は皆違う。
人は学び合い。
出会いと別れを繰り返して成長していく。
別れの時は悲しいけれど、成長した後では違った目で見ることができるようになる。
『全ては必要、必然で、最善の時期に起こる』というのは正しい。
人は出会いと別れを繰り返して、個人として成長し、全体として、地域、社会、国、世界、人類として、成長をしていくようにできているようだ。

企業経営者や、勉強中の人には参考になることがある。
「家を変えることは大変なことという意識を持った不動産販売会社は営業に苦労し、自分たちが楽な事業をしているという意識を持った会社は営業に苦しむことはない」という。
心に描いたそのことが起こるものだ。
「◯に、俺はなる!」
その『◯になることは簡単なこと』だ。
そう思った方がいいということ。

「成功の意識を持てば持つほど、その会社は競争相手をしのいで、より多く売ることができる」

成功の意識を持とうではないか。
それは利己的なだけではない。
はじめは利己的でいいし、最後まで利己的でもいい。
『利己的な遺伝子』であっても全人類の進歩に役に立つ。
楽しく自己的に考えていけばいい。
楽しく追求できる目標は、結局周囲の役にも立つ。
訳知り顔でドウトク的になるよりも、何でもいいから、まずは「◯に、俺はなる!」でいい。
意識の違いで、別れも生まれるが、出会いもある。

結局、全ての役に立つことになっていくのだから、楽しく追求していこう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-06 06:13 | 読書録
トーチェ氏の心の法則 1-B章 を読む
「B あなたの意識」1-B 章を読む

「潜在意識により、私たちは過去の経験に生かされているけれども、過去は常に現在の経験によって改良されながら私たちの未来を作り出している」(トーチェ)

潜在意識は我々の顕在意識や行動を規制するが、顕在意識や行動もまた潜在意識にフィードバックされて、潜在意識も改良され、新たな思考(顕在意識)や行動を生む。

これがこの章の主題だ。


この1-B章は、1-A章での信念による具体的結果の紹介を承けて、潜在意識が信念の母体、信念は潜在意識の延長のようなものであることに触れる。
そして、潜在意識はひな型となって一定のパターン化された行動と結果を繰り返させることを説明する。
前章では、非常識な信念が、一般的には想像できないような(計算では説明できないような)結果をもたらした具体例を説明し、この章では、信念(=潜在意識のうちに存在し、自覚的に認識された考え方のパターン)とその母体である潜在意識が一定のパターン化された結果を生み出して行くことを説明する。

潜在意識は、幼少の頃の体験や環境、周囲の仲間や大人による教育などがレコードの溝、CDに記録するように無意識のうちに刷り込まれて形成される。
しかし、それまでのものとは異なった体験や環境、教育を経験することで、潜在意識も改良されていく。
新しい経験が潜在意識の一部になっていく。
(頑固に凝り固まり、自分独自の見方で物事を見て評価する人の場合は、どんな経験をしても変わらないのだろうが)

自分では認識し辛い無意識の部分、潜在意識が現在の自分の考え方や行動を規制しているということは常に意識しておくべきだ。
さして深く考えもしないで行う思考、行動は、潜在意識によりパターン化されたものであり、今後も同様の思考、行動とは異なった思考、行動を取れることは少ない。つまり、これまでとは異なる結果を期待できないということになるからだ。

現在の思考、行動を変えないで、これまでとは違う結果を期待することには無理がある。
これまでとは異なる結果が欲しいなら、考え方を変え、行動を変えなければならない。新しい考え方、行動をパターン化して習慣にする。
これまでと同じ結果しか生まない思考や行動パターンを捨て、期待する結果が得られるような思考や行動のパターンに変えることだ。

これまでの結果を分析し、自分の思考や行動パターンを認識するきとは、期待する結果が得られるような思考や行動を行うのに役立つだろう。
そして、期待する結果が得られるような思考や行動をパターンとして定着させるためには、いくらか努力が必要だ。ここにいくらかの努力をしておけば、その後楽になり、投下した努力の何千倍もの苦労の節約ができる。
「自己催眠や自己暗示を併用し、自分が抜け出そうとしている古い習慣に逆戻りするのを防ぐために意識的な努力をする」
「デューク大学のホーネル・ハート博士は、この方法を使って成績や、能率や、態度をいかによくしていったかを示した」
「エミール・クーエの有名な研究もここで触れねばならない」
「好ましいパターンと一致するように目標を定めて努力すれば、強い力で新しい意識をつくり出すことができる。積極的な言葉は特に効果的だ」(トーチェ)

鏡の暗示、寝起き寝入り時のイメージング、積極的な言葉。「◯に、俺はなる」と口癖に。

潜在意識がどんなかわからなくても、とりあえず好ましい方向に変化させていく努力をする。毎日ほんの小さな努力でいい。
必ずそれが大きな苦労の節約になる。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-05 06:42 | 読書録
見えるところによらずして ~信念の魔術
「トーチェ氏の心の法則」
「心は事実にはよらず、信念によって結果を生み出す」A-2~3

トーチェは、A-2章では、催眠による他者の行動操作、暗示によるイボ治療や水脹れの出現、ミッド・ウエスタン大学でのカフェイン投与非投与と暗示の偽薬実験とそのバリエーション、ウエスト・コースト大学での皮膚癌に対する放射線治療と偽薬実験、国務長官ジョン・フォレスター・ダレスの1956年の癌不告知での克服と1959年の癌告知後7週間での死亡、カリフォルニア州サクラメントで摘発された『いかさま癌治療者』による一定程度の実績について紹介する。

誰かを、少なくともあなたを信じ、愛してくれているような相手以外の冷静な誰かを説得したり、耳を傾けてくれるようにするためには、エビデンス(証拠、実例)を示すことが必要だ。
エビデンスのない主張を信じるのは、『お目出度いお人好し』でしかない。

ここで、面白いのは、トーチェは、エビデンス、『お目出度いお人好し』たちがその信念に従って行動した結果、一般の常識を超えた結果を享受したというエビデンスを引用して、読者を説得しようとしていることだ。
『お目出度いお人好し』をエビデンスにして、「心は事実にはよらず、信念によって結果を生み出す」ことを証明しようとしている訳だ。
『お目出度いお人好し万歳。

「見ゆるところによらずして 信仰によりて立つ」(パウロ)の世界だが、それをロジカルに読者の理性に訴えて、非常識な結論への服従を求めるやり方がとても面白い。

A-3章でも、同様の手法は続く。
南米インディオやエスキモーには禿げも虫歯も皮膚病もないこと、1959年11月14日フランスのビエンヌで2人の酔っ払いが外に出ようと4階の窓から落下して無事だった事件、1959年7月7日にカリフォルニア州の2歳児パウロス・ベルデスが水道ホースと思って暫く何の問題なく遊んでいたガラガラ蛇に金切声を母親があげた直後に噛みつかれた事件、1960年4月25日にフロリダ州タンパで16歳の息子が誤って重量1632kgのワゴン車の下敷きになってしまったのを体重57.3kgの母親がたった1人でワゴン車を持ち上げて救助した事件、1959年にワシントン州の37歳の男性ブレマートが癌で余命1年宣告を受けてダレスが食事が摂れなくて死んだという新聞記事に触発されて猛然と食事を摂るようにして5ヶ月後に快復して退院した出来事を紹介する。

これらの非常識な結果は何により生み出されたか。
トーチェは、それはそういう結果を享受した個々の人々の非常識な信念であるという。

常識的であることは大切だ。
社会生活を送る以上は、常識やマナーは弁えなければならない。
しかし、時には常識も疑ってみることも必要だ。
『それは本当か』『必ずそうか』

そして、自分に関わることであるならば、大切にしていることに関しては、無理なのが常識だからと軽々に諦めてはいけない。
今あなたが生きているのは他人の人生ではない。
それはリハーサルではない。現実のあなたの人生だ(ジム・ドノヴァン)。

1632kgのワゴン車を立った1人で持ち上げた体重57.3kgの母親。
初めはどれだけ心細く思ったことだろう。
息子がワゴン車の下で苦しんでいる。このままでは窒息しそうだ。何分も持たないかも知れない。でも、助けてくれる人がいない。
「自分がやるしかない!」
「やってみるしかない!」

今あなたが生きているのはあなたの人生だ。
あなたがやるしかない。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-02 06:15 | 読書録
心はコントロールセンター 「トーチェ氏の心の法則」A-1
『心が私たちのコントロールセンター』トーチェ氏の心の法則A-1

ここでは、トーチェは、天風師と似たようなことを書いている。

心は脳の中に物理的に均等に分布して存在するものとは違うようだ。
第二次世界大戦後の著書ということで、脳の損傷を受けた戦争犠牲者の推理能力や行動の研究から、どうやら「心」は脳とは、関連しつつも、独立した別個の存在なのではないかということ。

「心が、目に見えない私たちのコントロールセンターであり、脳は肉体に現れた心のエイジェント」(C.トーチェ)

天風師の本では、「心」ではなく「魂」と表現している。
「心も身体も自分ではない。魂が自分であり、心も身体も自分がこの世で生きるための器、道具」であるというようなことを読んだ記憶がある。

「我々の感情は必ず生理変化を伴う。恐怖は心悸亢進を、怒りは心臓の働きの増加を、血圧の高まりは新陳代謝の変化を伴う」(C.トーチェ、医師の説として引用)

トーチェ
心  → 感情 → 肉体

天風師
魂 →  心(感情) → 肉体

感情は、心が働いている状態のありようであり、心が存在することを示すとともに、心そのものとみるか(天風師)。
あるいは、心はニュートラルなもの、意思的なものとして、感情の上位に位置付けるか(トーチェ)。

『心が私たちのコントロールセンター』というときは、心  → 感情  → 肉体    という系統の他に、 心  → 肉体 という系統をも認めないといけない。

トーチェによれば、
心  → 感情  →  肉体
心  → 肉体

天風師によれば、
魂  → 心(感情) →  肉体
魂 → 肉体
(*もっとも、トーチェ本の原文が「soul」で「心」と翻訳していたとしたら、どちらも「魂」がコントロールセンターであり、本我であるということになりそうだ)

どちらの説明がしっくりくるかどうかの個々人の受け止め方次第であり、言いたいことは同じ。

我々は、感情をコントロールすることができる。
感情は肉体に直接影響を及ぼす。
だから、感情の取扱には注意して、感情に流されず、溺れないで、意識的に感情をコントロールするべきだということだ。

感情が、身体能力、病気への抵抗力、思考力に大きく影響する。
恐れや悲しみや諦めなどの否定的な感情は、身体能力を低下させ、病気への抵抗力を奪い、思考力を低下させる。
天風師は、「心身の稼働効率をキャンセルさせる」と言われていた。

我々は、泣くのを止めることができる。
怒りを生産的なエネルギーに転換することもできる。

もちろん、感情は人間にとって必要なものだ。
押さえ込んではいけない。
感情の発露こそが、人間らしさであり、詩歌や小説、絵画や映像などの人間ならではの文化を生んできた。
しかし、感情に囚われてはいけない、居着いてはいけない、流されてはいけないということだ。

我々は感情をコントロールする能力がある。
感情をコントロールしよう。
心身の稼働効率を最大限に高めよう。

その感情をコントロールする、具体的ツール、リモコン、パスワードのようなものがある。
言葉。表情。態度。

「◯に、俺はなる!」

今日もがんばっていきましょう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-01 06:20 | 読書録
「Take Time for Yourself」(シェリル・リチャードソン)第5章を読む
「エネルギー源を見直す」第5章

・予定の時間より早く目的地に到着する
・毎日リラックスする習慣づけ
・心を乱すものを取り除く
・ひとつのことに集中する

シェリルは、「アドレナリンとカフェインで走り続けている人々」に注意をする。
持続可能な生活、心身の健康を害さないで続けられる生活から、目標を達成できるようにすることを勧める。

実は、少し耳が痛い。
自分がどちらかといえば、熱血スポ根漫画型で、「アドレナリンとカフェインで走り続けている人々」に属するとも言えるからだ。

自己弁護すると、気合を入れて、アドレナリン全開でやらねばならぬ時期と課題がある場合は人生で何度もある。
そして、自分の場合は、試験とスポーツに明け暮れた青春時代であったため、いくらかそういう生活習慣に馴染んでしまっているし、あまりこれまで問題を感じていなかった。(もっとも周囲に迷惑をかけていたかも知れない)

持続可能性、連続性ということは大切だ。
無理矢理に他人を働かせるのがよくないのと同様に、自分を無理矢理に働かせるのもよくない。
自分自身の内部や周囲との関係に歪みが生まれかねない。

時間に余裕を持たせ、仕事や勉強をする環境を整え(気が散るものを片付ける)、一つのことに集中する。
リラックスの習慣を持つ。
これらは疑いなく良いことだ。
朝早く起きて、自分時間を持つと決めて続けてみて、これらのことが良いことは肌でわかる。
きょうからは、さらに意識的に行動に取り入れてみようと思う。

シェリルは、エクササイズも勧める。
身体、心、精神の3つに適切な栄養を与えることを心掛けようという。
身体のために、水泳、スカッシュ、スケート、ハイキング等を勧めるが、散歩でもいいと思う。
深呼吸も勧めるが、これは心や精神にも良い。呼吸は意識と連動しているから。

心には、欲しいものリスト、宝地図つくり、良い言葉(信頼、喜び、愛を挙げるが、合格、夢、実現でもいいだろう)を紙に書いて目に付くところに貼ることをしろという。(これらこそ、まさしくジム・ドノヴァンが書いていること、また天風師が教えられていたこと)

精神には笑え、泣け、大胆なことをしろ(わくわくどきどき)という。
リラックスの習慣づけのところでは、ガイド付きのリラクゼーションテープも勧めているが、これも精神の栄養に良いだろう(私も、ポール・マッケンナの本に付いているCDやきこ書房から出ているマーフィーのCDを習慣的に聴いていた時期があったが、日本で誰でも入手しやすいのはこれくらいか)。

私も大量に珈琲を飲むし、熱血スポ根中年だけども、シェリルのいうとおりのこともやっている。
でも、健康のためにもう少し自分を労わるやり方を意識していこうとかなとも思う。

心を軽く、少し好い加減にで。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-29 07:40 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン)1-30を読む
「夢を実現させる方法を考える」1-30

「あなたは人生で望むものを何でも手に入れることができる。夢は実現する。これは、何が欲しいかを決め、それに向かって行動する意志を持つだけの問題だ」(ジム・ドノヴァン)

そして、ジムは、自分の望みを全てノートに書けという。
自分の本当の望みを自分自身が認識するために。

ドリームキラーやウエットブランケットは世の中に沢山いる。
しかし、自分自身が一番自分自身の夢を壊す人だったりする。
理性的に考えて、過去の自分の延長線上で計算で考えてしまう。
『どうせ、僕なんか』と誤った自意識過剰で怯む。
『高望みすまい』と言って努力を嫌い、変化を避ける。

本当の自分の望みを隠してないか。

「地下鉄には寂しい顔の奴らが 肩を並べて 座っている 背中に暮らしを引き摺りながら 奴らは 寝ぐらに帰る ただそれだけ」(サブウエイ特急・矢沢永吉)
「ゴールドラッシュ 魂の シャベルで 金を掘り起こせ」(矢沢永吉)
19の頃に、かなり勘違いしながらも好きで口ずさんでいた矢沢永吉の歌。

「断られもしないうちから諦めるな」(ジェームズ・スキナー)

中村天風師も、始めはどんな願望でもいいから、心に思い描いて実現したイメージを抱けという。
そうやって、夢を持つという習慣、過去の延長線上で計算する癖を壊すことを勧める。

与太話の中から、本当に取り組むべき目標、課題は見つかるものだ。
過去の延長線上で計算する限り、それがいくらか上向きであったにしても、それは惰性の人生となる。
それが下向きであれば、重力の法則が働いて急速に落下して行く人生となる。
もともと現状維持に働きがちで、その理由が努力嫌いにある普通の人間が過去の延長線上で計算したつもりになると、自然にマイナス1~2割になっていることが多いし、楽に楽にと傾きがちになるものだ。
不思議なもので人生にも重力があって、気をつけていないで放っておくと、人生はどんどん沈んでいく。

だから、そのベクトルを上方修正し、現状維持以上に保つためにも、与太話からでいいか、夢見ることから始めよう。

それを紙に書き、口に出し、瞼の裏にイメージとして焼き付けよう。口癖にし、鏡に向かって宣言し、寝起きと寝入りに念入りにイメージして喜ぼう。
過去の延長線上で取り敢えずやってみるしかないから、考えられる努力をしていこう。計画しつつ、必要に応じて修正しよう。
実現の経路はオープンに。
過去の延長線上にない目標に届かせるには、ミシングリンクが不可欠で、それは始める時にわかっていないわけだから。
いつか過去の延長線上の上にワープするのを夢見て、求め続けよう。
求め続けられた夢は、必要なものを全ての引き寄せ、いつか実現する。

自動車も、飛行機も、電子レンジも、ロケットも、コンピュータも、そうやってできた。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-28 05:53 | 読書録
「iPhone、iPadのビジネス活用について」セミナーを受講して
2月24日、大塚商会主催のソリューションセミナーで、「iPhone、iPadのビジネス活用について」と題して、ソフトバンクの中山五輪男さんの講演を聴いた。

資料配布なし、資料は全てiPadでのスライド+動画で現場上演のみ。
(ソフトバンクからの指示で資料配布できないようだ)(ノートをアップしようかと思ったが、資料配布無しという趣旨からして控えることにした)

これは本当に面白かった。

実際にiPhone、iPadを活用している企業の実例が参考になっただけでなく、中山五輪男さんのプレゼン技術はそのままマネしたいくらい素晴らしかった。

中山五輪男さんは、年間講演回数300回という。

どこかで、彼の名前を聴き、iPhone、iPadを使っているのであれば、講演に参加されるのをお勧めする。
実務的で、エンタメ性もあり、夢もある講演。

大変満足の行く講演だった。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-27 17:02 | 日々雑感
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン)1-59を読む
「逃げ道を残さない」 1-59

「他の全ての要素が同じであるなら、取り組む気持ちが最も強い人だけが成功し、他の全ての人は失敗する」
「とにかく脇目もふらずに真剣に取り組まなくてはならない」(ジム・ドノヴァン)

ジムは、実はごくごく当たり前のことしか書いていない。
それまでに発見された、モチベーション向上維持のコツを並べているだけ。そして、それを繰り返し形を変えて論じている。
至って当たり前のことだと感じると、もう卒業したくなるのが人間だ。

人間は現状維持が好き。
口では、夢を語るが、行いで否定する。
夢は、いつまでたっても、『こうなったらいいな』、『但し努力なしで』という願望のままだ。計画、予定にまでなっていない。

願望を具体化し、計画や予定にまで高めていく。
期限を決めて、思いつくだけの努力を計画し実行していく。
そして、目標地点を見据えつつ、到達するまでの努力の内容は状況に合わせて変化させて行く。成長は変化を生む。
過去の衣服が合わなくなるように、未熟な自分が立てた計画も合わなくなることがあって当然。
計画の見直しには大胆であっていい。
されど、目標地点に本当に到達したいのであれば、目標地点を心に焼き付け、心の目で見続けなければならない。

目標達成のために、当たり前のことだけれども不可欠なことを、現状維持への誘惑に負けずに、地道に意識的に行うこと。
それを意識させてくれるのが、この本だ。

ジムは退路を断つ、逃げ道を作らない、というが、正しいことだが、ごく僅かに例外もある。

例えば、目標地点がちょっと違うかも知れないと思い、疑問が大きくなってきたら、ちょっと立ち止まり、目標地点の見直しを含めて考えてみることもいたしかたない。
自分が行きたい大学よりも別の大学の方がより高度な研究をすることができそうだ、大学案内を熟読し、専門誌を読むと、『自分の能力を引き上げ、大学卒業後に◯という研究で成果を出すためには』、目標とするA大学よりもB大学のX教授に教えを受けるのが良さそうだということなら、自分を偽る必要はない。
努力が嫌でランクダウンさせるのではなく、『抽象度を上げて考えてみて』、自分の本当の心に正直な方を選択し直すということは当然のことだ。

意思は力の元。
意思があるところに道はできる。
紙に書き、心で達成イメージを描き、瞼の裏にに投影し、感情を込めて喜ぼう。
いつも、口癖のようにつぶやき続けよう。
『◯に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-02-27 07:07 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン)1-29を読む
「人生に何を望むか明確にする」 1-29

「大事なことは、彼らも私やあなたはと同じ人間だということだ。唯一の違いは、彼らは自分の人生に何を望むかをはっきりと知り、それに向かって行動していることだ」(ジム・ドノヴァン)

世の中を眺めてみれば、うまく行っている人、いない人がいる。
後者は、新聞を見たり、テレビを点ければいくらでもある程度の事情はわかる。
事件を起こし、事故を起こす人は、考え方が身勝手であったり、不注意であったり。
『はっきりした気持ち』を向ける方向が間違っているか、『はっきりした気持ち』を持っていなかったためにしばしば残念な結果を引き寄せるもだ。

ごく普通の人たち、ましてや今、こういうお話に耳を傾けてくれるような人として注意しなければならないのは、『はっきりした気持ち』を常に持っていること、だろう。

何かをするとき、『今、自分が何をするか』ということを意識する。
『私は、今から◯します』『僕は◯になるために、今から◯します』と口にしてみる。
これは普段からやってみる。
仏教ではヴィパッサナー瞑想と呼ばれる修行の一種でもあるけれど、これは意識を明確に、鋭敏にする。
そうすることで、不注意な動きが少なくなり、だらだらと無駄な時間を過ごすことはなくなる。
うっかりミスや、こんなはずじゃなかったということが少なくなる。

結局、どれだけの思いをそれに振り向けているか。
そのためには、『言葉』に注意する。

『初めに言葉があった。言葉は人ともにいた。言葉は神であった』というくらい、言葉には力がある。決して軽んじることなかれ。
あなたの口から酷い言葉が出たら、口に手を当てよ。
愚痴、悪口、泣き言、呪い言葉、雑言から離れよう。耳にしたら、積極的な点を見つけ、解釈を変えよう。

あなたの全ての行動が『◯に、俺はなる!』という目的との関連づけられるようにしてみよう。
『◯になるような人が、することだろうか?』という疑問(質問)を投げかけてみるだけでも効果はある。
ヴィパッサナーと合わせて、今から習慣にしてみて欲しい。

あなたは、どうしたいのか。どうなりたいのか。
自分を偽らずに考えてみよう。
答えるものがあるのなら、是非試してみて欲しい。

『◯に、俺はなる!』



※ヴィパッサナー
『これから、起きます。電気をつけます。洗面所に行きます。蛇口をひねります。水を出します。水をコップにいれます。口に含み濯ぎます。…珈琲を入れます。蛇口を捻ります。薬缶に水をいれます。コンロに載せます。火をつけます。…』と日常行動を口に出す(誰かいる場合は心の中でも可)。
私が好きなアルボムッレ・スナマサーラ師の本では、歩く場合の例を挙げておられたが、『右足を上げます。降ろします。左足を上げます…』とやっているうちに、車にはねられそうになったので、できれば室内や、安全な場所で行って欲しい。注意が今ここの一点に集中しやすい〜それだけ注意を集中する訓練になっている〜ので、危険察知が遅れてしまうからだ。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-24 05:48 | 読書録
「壁を超える技術」(西谷昇二著)を読む 2
2「人間、暗いうちは滅びない」

「青春は人生で最も暗い時期だ。誰でもいい、 著名な人の自伝を読めばそれはわかる。明るい だけの青春は思い出という作り話だ」 「『実を結ぶ』のbear fruit のbear は、『重さ に耐えて運ぶ』という意味だ」(西谷昇二)

暗くて結構。 私は高校時代そう思っていた。 何も考えていない人、自分を誤魔化している人 から何を言われてもいいと思っていた。 でも、チャラチャラしているように見えていた 奴らだって、青春時代は悩みを抱えていた。

釈迦が言ったが、人生、多分ずっとそうだけれ ど、悩みは尽きない。 青春時代はその幕開けで、耐性ができていな い。対処法を知らない。 自意識のコントロールができなくて、色んなこ とが気になってしまう。 だから、中学、高校時代が一番大変なのかもし れない。 私が青春時代末期を送っていた頃に人気があっ た作家、庄司薫は『自分という最も手ごわい相 手と闘う』時代、『人生の兵学校』とか書いて いた。

人がそこを抜けていくには、人それぞれのきっ かけや経験がある。 共通しているのは、何苦楚魂(なにくそだまし い)だったり、変えられることと変えられないこ とが分かり(分けて、区別して考えられるように なり)、ある種の達観できたり、があることだ。

青春時代は、それ自体が苦痛であるけれど、や らなければならないことはある程度決まってい る。 大人になったら、何をどうしてよいかわからな い難題にも立ち向かわなければならなくなる。 勉強や、受験は、大人になってからやってくる 難題に対応するための基礎的な力を養ってくれ る。 今時、知識だけならパソコン任せで十分だけ ど、考え方の筋道や方法、膨大な知識情報から 必要な情報を取捨選択するための基礎的な知識 教養は身につけておかなければならない。

やらなければならないことは、大人になってか らでもいくらもある。 青春時代にきちんと取り組み、自分を動かすコ ツ、忍耐力を身につけておくというのがよさそ うだ。

今は色んな情報があり、『苦労の節約』ができ る。

「○に俺は、なる!」

『希望の星の光』を見上げ、できるだけ心を明 るく軽くできるようにしよう。

西谷先生は、太宰を引用する。 『人も家も、暗いうちはまだ滅びませぬ』(右 大臣実朝より) 暗くて結構。

そこから出発した人だけが、やがて、『一寸先 は光』ということを経験できる。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-23 07:03 | 読書録
「壁を超える技術」(西谷昇二著)を読む
1「どん底から世界を見る。それが理解する(under stand )ということ」

「最も低い位置にいる人ほど、多くのものを見ることができる。困難のさなかにいる、弱く低い位置にいると思うなら、目にする景色や感情を脳裏に焼き付けておくのだ」(西谷昇二)

私が西谷先生の言葉に惹かれるのは、先生も絶望的な20代を過ごされたと書かれているからか。
フリーターという言葉のない時代、定職に就かず、高等遊民を目指していたが、同時に将来への不安を抱き、眠れない夜を過ごしていたらしい。

Under stand の話は、よく聴く話だ。
だけど、本当に怒りの思いや涙をもって理解できる人はどれだけいるのだろうか。

私は、ハイブロー武蔵さんの本も好きだ。
武蔵さんの「希望の星の光を見失うな」という本に、武蔵さんも厳しい20代を送られ、今のままの自分でいいのか、と声をあげて泣いたとある。
そこから希望を次々に実現されていった。

自分の状態を客観的に認めれられない人に成長はない。
欠けを、負けを認めよう。
きれいなことを言ってごまかす前に、自分の状態を知ることだ。

人間の脳は、欠けや、空白を埋めたがる。
自分の人生にある空白を認めると、それを埋めるために、脳は働き出す。

負けを一度は認めよう。
なぜ負けたかを反省しよう。
なぜ負けているのかを考えてみよう。

そして、意識を将来のあるべき理想の姿に飛ばそう。

現在に執着してはいけない。
恨みに囚われた人に将来はない。
自分で作った煉獄の炎で焼かれて滅ぶしかなくなってしまう。

すべて原因と結果。
もとは自分。

意識は常に明るい未来に置いておこう。
「◯に俺はなる!」

負けを味わって覚悟が決まる。

幸いなるかな、10代で負けを味わい、認めることができた人。
負けた自分を認め、赦すことができた人。
負けを認め開き直れた人。

負けを認めるのが遅くなればなるほど大変になる。
負けという事実は認め、後悔や恨みという感情を手放そう。
意識は将来に。
感情はこのギャップの認識を曇らせる。
責任転嫁させ誤魔化しを生む。

正しく欠けや空白を認識できた時、底を打ち、後は上昇するだけとなる。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-22 05:53 | 読書録
「壁を超える技術」(西谷昇二著、サンマーク出版)を読む
「プロローグ」

「ある技術を徹底して身につけた人は、それを他のことにも使える」(西谷昇二)

今日は、代々木ゼミナールのカリスマ英語講師、西谷昇二先生の「壁を超える技術」(サンマーク出版)から。

彼は、偏差値30くらいの人を偏差値70にすることができるという。
彼には、受験生に受験英語を解く技術、スキルだけではなく、生きるスピリットまでも伝授しているようだ。

「今目の前にある壁だけではなく、これから何度でもぶつかるであろう壁。それに立ち向かうための方法と折れないハート、強い心を持って欲しいと祈るような気持ちで授業をしている」といいます。

西谷先生は、国際基督教大学卒業。
とても優秀であることには間違いない。
でも、だからといって全てがうまくいくほど甘くはない。
卒業後も就職しないでジャズ喫茶に文学書に詩集をもって入り浸っていた時代があったといいます。

その後、結婚を機に一念発起。
予備校講師として頭角を表すようになっていかれたそうです。

誰にも春はくるものです。
なんとか自分一人生きていくだけのことはできる世の中にはなりました。
労働環境、住環境、その他様々な条件に縛られながらでも、なんとかやっていけます。
でも、誰かの責任を引き受けることになったら、だらだら惰性で生きていくことはできません。
西谷先生は結婚でした。

誰かを幸せにしたいという思いは強いものです。
でも、同時に、自分が幸せではない、不足しているものがあることにも気づくわけです。
誰かを幸せにするためには、自分一人でも幸せな人でなければなりません。少なくとも、ある程度幸せの条件を手に入れていなければなりません。

現代の幸せは、知識と想像力、好奇心に裏打ちされた創造的知性なくしては実現することは難しいと思います。(かつては、腕力や長時間労働に耐えられるタフさでしたね)
知識、方法をコピペして流通させるだけで評価される時代は終わりました。
マニュアル対応も一定の効果はありますが、それが標準になってしまえば競争力はありません。
技術とハート、マインド。
どれも高くしておくことが何かを実現する、幸せはでいられる確率を高めてくれるのではないかと思います。

西谷先生は、ご自身で英語講師としての技術を高められ、「今目の前にある壁だけではなく、これから何度でもぶつかるであろう壁。それに立ち向かうための方法と折れないハート、強い心を持って欲しいと祈るような気持ち」をもって一所懸命に教えてこられました。

利他の心というのでしょうか、そういったハートが人を大きくして行くのですね。
これが技術を磨く動機付けにもなり、結果的に自分に返ってくる。
その実例を見せていただいたようです。

どんな仕事でも同じ。
その仕事を通じて誰が幸せになりますか?
本当に心からその人が幸せになることを期待し、望みながら仕事をされていますか?

学生のみなさんは、自分がやりたいことをして、なりたい人になって、幸せにしたい人たちを思い浮かべることができますか?
家族でもいい、あなたが将来発明した製品を使う人々でもいい、治療してあげたい患者さんでもいい、そういう他者を意識しながら勉強できたら、より大きな力が湧いてくることでしょう。

誰かを幸せにしよう。
今からできることをしよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-21 06:06 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン)を読む1-15
「常識から自由になる」 1-15

「自分がどこまで努力するか、どんなことを達成できるかは、自分が何を信じているかが直接関係している」(ジム・ドノヴァン)

老子、旧約聖書、釋迦の時代から言われていることだが、『人間は自分の考えているとおりの人になる』という。
マイナス面をいくらか強調してみると、『自分の考えている以上の人にはならない』し、『自分の考えている以上のことはできない』(誰かが知らないうちにお膳立てしてくれるのは別)となる。

自分で最初から無理だと諦めて何も行動に移さないならば、何も変わらない。

行動をしたとしても、心で、感情で実現を否定してしまっていると、心身の稼働効率が大きく減殺され、見るべきものを見ず、できるはずのこともできない。

ジムは、コロンブス以前は地球が平らだと「信じ」られていたこと、パストゥール以前は病気の原因に細菌等の存在があるとは「認識」されていなかったこと、ほかを例示する。

『できるかも知れない』、『やってみよう』と思った時から、可能性の扉は動き始める。

前例がないなら、先駆者になってやろう。
挑戦は必ず何かの実を残す。

人間の後悔は、『何かを行ったこと』ではなく、『行わなかったこと』だと言われている。

大して人生経験もないくせに、全てわかったつもりになって自分を誤魔化していないか。

「これはあなたの現実の人生だ。リハーサルではないのだ」(ジム・ドノヴァン) 〜 この本の原題だ。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-20 05:54 | 読書録
何かを実現させるための方法論
ジム・ドノヴァンの「誰でもできるけれど、ごくわずかの人しか実行していない成功の法則」の最後の方の章には、「成功の道具」というのがあり、そこに過去からこれまでの偉人たちの本や言葉から拾った、物事を実現させるために必要な心構えや、モチベーションを高く保つコツが書かれている。

これだけでもこの本に定価を払う価値がある。

この本は是非自分でも手にとっていただきたい。
簡単な文章なので、誰にも読める。

誰でも読めるし、やれそうだから、効果はないと思うことなかれ。
誰でもやれることを、『継続』していくことが物凄い差を生んでくる。
1日に1ミリ軌道修正して行こう。

一気に起こした変化には揺り戻しが来る。
騙し騙し、1ミリずつというのが、結果としてうまくいくことが多い。

誰もが、自分では認めなくても、現状維持が好きだから。

方向性がついてきて、ここぞ、と思ったら、スパートかけていけばいい。
そうすることが楽しくなったら、しめたものだ。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-18 18:16 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン) 1-64を読む
「適切な行動を増やす」 1-64

「行動を起こしても成果が現れない場合は、間違った行動をとっているか、行動が足りないかのどちらかだ」

多くの場合、それは正しい。
やるべきことが、はっきりしているのに、何が「適切な行動」かはっきりしているのにそれを行わないで成果が出ないという人は的外れ。

受験勉強のように採点基準や品質基準があるものは、基準から逆算して考えていけばいい。
小目標も立てやすい。
小目標の達成具合で、行動の適切性を検証して、修正して行こう。
そのとき、アウトプットの成果が出ない、不足だというなら、インプットとして行動が不適切か、不足していると言うことができる。

これに対し、前例のないこと、方程式がないことに挑戦しているなら、何が適切な行動かは、予めわかっていない。
何が適切な行動かを発見することから始めなければならない。
何がうまくいくか、どんな行動が正しい方法なのかを発見することが目標なのだから、これはもう、やってみるしかない。
エジソンがそうであり、ヘンリー・フォードがそうであったように、できるまで、適切な方法を発見するまでやる。諦めないでやり続けるししない。

今、あなたが行っていることはどんなことだろうか。
どちらを行っているのか、認識して行っているだろうか。


ここで苦労の節約のために、恥ずかしい失敗を白状する。
私の人生最大の失敗は、なんと言っても司法試験だった。
当時の合格平均年齢から3〜4年遅れて合格した。平均以下のラベルを押されたのは、小学5年生で開眼して以降初めてのことだった。

それでも、勉強を始めた当初、方法をうまく考えてやれば、ぐっと早く合格できると軽信した。
大恩人の一人、神奈川県のT先生、大学入学時から司法試験を目指し、挑戦2度目で合格した秀才に、他の同級生とともに教えを受けた。
それで、忘れもしない、LEC東京リーガルマインドという受験予備校で、受験勉強1年目、答案練習会があり(模擬試験のようなものだ)、憲法の『政教分離』を問う問題で、全国で最高得点答案を書き、参考答案として、全国の受験生の(といってもその予備校に関わる受験生の)に写しが配布されることになった。
これで、誤解した。
勉強方法にイノベーションを起こし、より早く合格してやる、と。
その結果、逆に合格から遠のいた。
司法試験の場合は、出題範囲が広く、難問であり、競合する受験生のレベルは高い。そして、極端に悪い点数の科目が1〜2科目あれば不合格になるとわかっていた。
それでも、良い成績を取るのが快感になっていて、全ての科目で良い成績を目指して、無理をした。無理をすればミスもする。大きなミスが大抵1〜2科目出て、沈没することが続いた。

基準がわかっているなら、その基準達成に徹底すべきだ。
言い訳すると、当時の司法試験では基準は確定的にわかっている基準はなかったので、私は、多分そうだろうという基準が噂されていても無視して、完璧主義者の道を選らんだ。それで失敗した。
合格後に、噂は正しかったことを知って、激しく後悔した。
所詮阿呆なんだから、試験は無難に行くべきだった。
何らかの採点基準、合格基準はあるし、試験官を経験した教授や実務家は多数いる。
いくらかそういう基準は漏れ伝わっていた。
そういったところから、基準をはっきり知るべきだった。

ゲームのルールを知らないで闘うほど危険なことはない。
フルコン空手のルールで総合格闘技を闘ってはいけない。
ルールを知ろう。そして、それに沿って闘おう。

基準がはっきりしないなら、できるだけはっきりするように努めよう。達成した人がどうやってクリアしていったか、注意深く調べてみよう。
最大公約数がわかったら、それが確からしい方法だ。
個性や、独自性は、基準を達成してから発揮すればいい。


前例がないことにチャレンジする機会は、社会に出てからいくらもやってくる。
前例がある課題もまたいくらもあるけれど。
今、自分が関わっていること、目標がどんなものなのか、よく考えてみよう。

基準がわかっているなら、とにかく誰もがその基準クリアのためにやっていることはしておくのがいい。
やるべきことがわかっているなら、それだけは最低限やる。
基準に文句が言える立場でなければ、
オリジナルは、基準をクリアしてからにしよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-17 10:51 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン)1-25 を読む
「今、こう変わると決める」1-25

「私は、今日、自分の健康に責任を持ち、身体に悪い食べ物を食べないと決意した。口に入れるものを注意深く選び、健康を害するような食べ物を拒否する」

自分の決意を紙に書く。
署名する。
行動すると決意する。

それから、この章にはないけれど、口癖だ。
否定的なことは決っして口にしない。
「◯に、俺はなる!」
「うれしい」「楽しい」「ありがたい」
「ありがとうございます」
「できる、できる」

気持ちが変われば、思いが変わる。
思いが変わると気づきが生まれる。
同じことに発見が生まれる。
発見は感動、喜びを生み、思いが強化される。
思いが結晶化すると行動が変わる。
行動が変わると、結果が変わる。

無理に行動を変えなくていい。
でも、決意しよう。紙に書こう。
使う言葉を変えよう。
良い言葉を口癖にしよう。
自然と思いが変わっていく。
自然とそれが起こるのを待って、『やらなければならないこと』とされていることを、淡々と、できればそこから何かを学ぶ気持ちで、やっていこう。
そうしているうちに、物事に対する心の態度が変わる。
心の態度が結晶のように固まっていくと、自然に行動に出るものだ。

『忍れども色に出りけり』とかいう恋の歌があっただろう。
隠しても、抑えようとしても、態度や言葉に出てくるようになってしまう。
恋するくらいの気持ちになることだ。
相手に自分を好きになってもらうことには、相手の好みの問題もあり容易ではないが、少なくとも尊敬や友情までなら勝ち取れる可能性はある。(そこからが勝負なんだろうけれど)
他人から恋人やパートナーとして選んでもらうこと以外の問題であれば、特に、受験のようなものであれば、行動を変え、小さな努力を積み上げて行くことで結果に大きく近づくことができる。

決めて、書いて、使う言葉に注意し、良い言葉を口癖に。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-16 05:55 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン) 1-51
「望んだ結果を得るまで行動する」  1-51

「サンフランシスコからマウイへ行く飛行機は、飛行時間の90パーセントをコースを外れて飛んでいる」

何度かこの本を読んでいるけれど、この章はあまり印象に残っていなかった。
初めて速読で読んだとき、飛行機は別にして、『目標から90パーセントも外れてしまっていたら、どうなるの?』『最後に辿りついたときは、全く別の場所になるんじゃないのか?』という小さな棘が喉にひっかかった。

『目標を決め、計画を立てたら、その計画に沿って、きちんとやる』
『その計画に沿って、きちんとやることが、目標実現に必須』
そんな、間違った(真面目な人はよく考えて欲しい)思い込みが、そう思わせた。
かっこを外して、かっこつけずに、もう一度書く。

私は、真面目なだけで、真面目そうなだけで、愚かであった。

前例に倣え、真似をしろ。
これは、その通りだ。
誰かの成功体験をお手本にするべきだ。
しかし、彼や彼女と、あなたは違う。
あなたの方が優れた部分もあれば、そうでない部分もある。
性格も、環境もまるで違う。
計画を立てても、条件はまるで違う。
そのまま真似しても、無理が出る。

また、仮に、あなたに合った完璧な計画ができたとしよう。
計画は、計画であり、現実の場では、常に予想外の出来事に遭遇する。
仮に、十分に計画をたてた場合であっても、だ。
そうした場合に、柔軟に、予想外の出来事をうまく包み込んで、計画以上のレベルの勉強を、仕事を、パフォーマンスを継続できた人が成功する。

私の場合、小学校の高学年ころから、『計画をして十分な努力しさえすれば達成できる』という小さな成功を重ねて、その通りの信条が形成され、『計画通りに実行する』『うまく行かないのは、計画が悪いせい』という、間違った決めつけをするようになっていた。
そのために、司法試験では痛い思いを、悲しい思いを何度もさせられた。
いろんな恩人のおかげで、新しいヒントを得て、司法試験は通過できたが、まだ『うまく行かないのは、計画が悪いせい』という思い込み、固定観念を、その後も外しきれていなかったのだ。

何を言いたいのかというと、これまでもそうだけれど、こうした間違いをも書いているのは、あなたに『苦労の節約』をして欲しいからだ。(高名なデザイナーの方による、そういう表題の名著があるので、検索して、本屋で手にとってみて欲しい)

『うまく行かないのは、計画が悪いせい』と思って、落ち込んだりしないで欲しい。エネルギーの無駄だ。

我々は、完璧な計画なんて作れない。
『苦労の節約』のためには、先人に倣って、計画を立てることは必要だが、何がなんでもそのとおりにしないと、成功できないとは決っして思わないで欲しい。
計画には常に変更は付きものだ。
目標を実現することが大事なのであって、計画通りに行うことは二の次だ。計画は、目標実現のために存在するのだから。

あなたにとって、その目標が困難であればあるほど、環境が厳しければ厳しいほど、条件が悪ければ悪いほど、計画はうまく進まない。計画通りに行かない。
常に起動修正が必要だ。
『君子、豹変す』であり、『朝令暮改』必要なのだ。

そろそろ何が言いたいか、おわかりだろう。
計画を立てるあなたは、過去の延長線上のあなただ。
いくら計画を完璧に立てたつもりでも、その計画には穴があるか、穴が無くても過去の延長線上のあなたには達成できない無理な計画になっていることが多いのだ。

計画を立てよう、されど計画に縛られるな。

計算でできることは計算でしてしまう。
やれてしまう。
だから、計算でやればいい。
計画でできることは、計画でコントロールして、管理して行動しよう。
あなたの過去の延長線上にある目標なら、そうやってやればいい。

しかし、本当に心躍り、わくわく、どきどきするような、あなたの過去の延長線上よりもいくらか上にある目標を実現したいなら、どうか覚えておいて欲しい。
過去の延長線上のあなたが作る計画は、常に変更されつつ、あなた自身とともに成長して行くものだと心得よ。

飛行機は、空高く、日々刻々と変化する厳しい環境のもとで飛行する。
常に計画を修正している。
目標を見失わず、意欲を保ち続ける限り、計画は変更してよいし、『計画は変更させ続けなければならない』のだ。
変更ではなく、進化であり、成長だ。

環境や状況の変化に応じて、あなた自身を変え、計画を変更せよ。
表面だけ見て、ブレているとほざく奴らは放っておけ。

過去の延長線上にいるあなたでは、計算することでは達成できない、つまり完璧に計画できないくらいの、わきわくどきどきする大きな目標に向かって欲しい。

目標を見失わなければ、そして努力を続けて、自分自身と計画を変更し、成長させ続けられれば、あなたという飛行機も必ずマウイに到達する。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-15 06:19 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン)を読む 1-7
「自分を否定しない」  1-7

「現在の自分の姿をきちんと受け入れよう」
「自分に正直になり、今自分がいる場所をきちんと認識しよう」

目標の自分、あるべき理想の姿にフォーカスしていることと思う。
けれど、それを具体化させるために、そのゴールと現在位置のギャップも覚えておくことも役に立つ。

あくまでも、「自分自身の問題を認識」するため。
薬物依存からの離脱の場合などには必須のようだ。
好ましくない状況に慣れすぎて、抜けられないような場合、自身がそのぬるま湯か、破滅へ向かう片道列車に乗っているということを認識するためだ。

『俺は病気じゃないよ』
『依存症なんかじゃないってば』
そう言っている人を治療することは困難だ。
変化を、改善を、立ち直りを拒否している状態。

『もうつんでいるよ、チェックメイトだよ』
『違うって、まだだ』
明らかに終わっているのに、終わるしかないのに、ルールに逆らって頑張ってしまう。
そうやって、負けを認めないでいると、新しいゲームを始められない。

まずは負けを認めなくてはいけない。
そこから先へ行くためには、今の状態を認識し、手放すこと。
悪い状態、変えなければならないということを知る。

逆に、ある程度好ましい状態であっても、さらに前に進むために、今の状態に感謝しつつ、理想のあるべき姿とのギャップを知る。

知るは学問の始まり、学習の始まり。
学べば必ず内面から変わる。

「現在の状況は、意識的にせよ無意識にせよ、自分が作り出したのだと宣言する。その状況に責任を持つ。そして、変えようと決心する」

人間は自分の思った通りの人になる。
今の状態も、もとは自分。
だから、今、自分の状況を受け入れ、責任を引き取り、自分が将来の自分を作るんだと、覚悟する。
責任転嫁しているうちは、覚悟はうまれず、外に一歩を踏み出せない。

もとは自分。
新しい自分の物語を始めよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-02-14 06:01 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン) 1-62
「結果に意識を向ける」 1-62

「オリンピックの金メダリストが練習を続けるのは、メダルというゴールがあるからだ」
「彼らは、勝者になった自分の姿と観客の大歓声を思い浮かべる」

今の自分の姿を取り敢えず脇におこう。
結果から考えよう。

『時間は未来から流れて来る』(苫米地英人)という考えもある。
人間の脳の中ではそういうことが起こるという。
(眠っている時に何か音がしたら、その音が聞こえる結末に合うような物語の夢を創る、など)

真偽や当否は別にして、未来の結果から考えるのがコツのようだ。
現在の自分のことを思うのは二の次。
まずは、あるべき理想の将来。
しかも、達成した自分の姿。

そうしないと、現在の延長線上で、計算でできるレベルのことしかできない。
そして、少なからず、計算でできる程度のレベルの結果を得ることすらできない。

人間には、予想外に良い結果が必要だ。
予想外に良い結果であってこそ、進歩であり、成長といえる。
延長線上の結果は老化に過ぎない。

人間は、予想外に良いことにわくわくする。
わくわくすることに向かってる過程は幸せだ。
まだ過程にあるだけというのに。

誰もが人生の途上にある。
ある人は大きな夢をもって、わくわくしながら歩いている。
別の人は、なぜ歩いているのか、どこに向かっているのか知らないで、嫌々歩いている。
どちらの人がより遠くまで行くだろうか。
より幸せな時間を過ごすのはどちらだろうか。

目標とする結果、それも過去の延長線上で計算でできてしまうレベル以上の結果を意識することで、わくわくし、幸福を感じることで(結果をイメージしたら、その時の自分の様子と周囲の様子を音、匂い、触感という五感全てで感じよう)、心身の稼動効率は高まり、アイデアは浮かび、困難でキツイ準備、勉強、仕事にも耐えられるようになる。
イメージしただけで成功するのではなく、イメージした結果にいたる材料を、イメージしない場合よりもうまく準備できるから、早く、容易に、周囲の多くの人々の予想を超えて、それが実現できることになるというわけだ。

多くの先人たちが、この方法でうまくいっている。
「誰でもできるけれど、ごくわずかな人しか実行していない成功の法則」のキモだ。
(朝、起きぬけと、夜寝る前の各15分間は特に効果的だと言われているので十分にイメージしてみるのがいいだろう。試すことに損はない)

「そうすれば、想像もしなかったほどの素晴らしい人生が送れるはずだ。私が保証する」(ジム・ドノヴァン)
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# by bengoshi_358 | 2012-02-13 05:47 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン) 1-34
「ゴールは必ず達成できると信じる」 1-34

「数年前、私と妻は家を探していたが、なかなかみつからなかった。理由の一つは、その時私達が住んでいた家が『ほとんど売れない』ものだったことだ」

信念とは、まだ見ていないものを信じることだ。
人は信念により立つ。

しかし、信念を持ち続けるのは難しい。
自分自身の心理的な恒常性維持機能は楽な方に人を導く。『無理しなくたっていいじゃないか。今のままで死にゃあしない』
ドリームキラーも囁く。『まぁ、無理すんなって。お前なんかにできっこないし』

まだ見ていないものはなかなか信じにくい。
小さな失敗に気持ちは挫ける。
『だから言ったじゃないか。やめとけって』
自分の弱気と周囲の弱気が声を上げる。

それでいいのか?
昔、私が好きだったハウンドドッグという日本のロックバンドは歌っていた。
『何かを/変えてみたくて/生まれたんじゃないか/俺たち』
人は可能性を持って生まれてくる。
それを成し遂げるかどうかは自分の心ひとつ。
『できないと思うのも、できると思うのもどちらも正しい』と言った人がいる。自動車王のヘンリー・フォードだっただろうか。

心に生まれた希望の炎を消さないで。
まだ見ていないものを心の目で見続けよう。
できない自分、見たくない現実は確かに存在する。
そこに居ついてはいけない。
全ては、過去の延長線上の必然、必要なものであり、そこにある。
そこから学ぶ必要があるからそこにある。
そのままだと、そのままの延長線上に進むだけ。
延長線が僅かにでも下向きであるなら、必然的に下降する。

下降していくラインから、上昇ラインに乗り換えるには、まだ目に見えないものを心の目で見続けること。
ゴールを瞼の裏に焼き付けて達成イメージを心から味わおう。何度は何度もそうしよう。朝目覚めた時、夜眠る前、無条件暗示同化習性という状態にあるらしい。起き抜けと就寝直後の布団の中でイメージしよう。
それから日中は、やはりルフィに倣おう。
思いつくたびに、『○に、俺はなる!』とつぶやき続けよう。
周囲のドリームキラーに負けない。
自分の弱気の虫に負けない秘訣。

「そして、言った。『僕がいつも話している方法でやってみよう。今の家を売ることばかり考えるのはやめて、欲しい家の方に気持ちを集中させよう』」

ジム・ドノヴァンと奥さんは、今の家を売らなければ新しい家を手に入れられないと、過去の延長線上で将来を考えていた。
こうして、こうする。
そう、自分の計算で考えていた。
もし、その計算が間違っていたらどうする?
公式を間違って覚えていたら?
時代が変わって、成功の方程式も変わっていたら?

今の自分の認識、今の世間の共通認識を基準に計算でできることは、放って置いてもできること。実は本当の意味での進歩ではない。
ただ起きて、食べて、寝て、歳をとることでよいか。
今、世界は閉塞状況にある。過去のセオリーが通用しない。
世間が求めているのは、革新的なアイデアであり、予想を良い方向に大きく裏切るものだ。

だから、ゴールから考えてみよう。
自身の求める夢、目標から。
過去の歴史上、革新的な出来事に関わった人、発明家はそうやっていた。まだ目にしていないものを心の目で見て、必ず実現できると信じて努力を続けた人たちだ。
「誰でもできるけれど、わずかな人しか実行していない」ことだ。

今日からあなたもわずかな人になろう。

さて、ジム・ドノヴァンと奥さんはどうなっただろう。
自分たちで決めたゴールの日の1日前に新居を手に入れたという。

ゴールまでの道のりは予想しないほうがいいのかも知れない。
その予想の根拠は過去の延長線上の考え方、クセがついているからだ。
オープンマインドで、無邪気にゴールだけを心の目で見て行こう。
途中の過程は、予想外の展開を受け入れ、常にゴールから目を離さないで行こう。

『○に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-02-10 06:12 | 読書録
「誰でもできる…成功の法則」(ジム・ドノヴァン) 1-49
「完璧にできなくても気にしない」 1-49

「恐怖は3つのカテゴリーのどれかに当てはまることが多い。失敗する恐怖、傷つく恐怖、完璧にできない恐怖の3つだ」

どれも根源は同じ。
プライド。エゴ。
自分の心が傷つくのが怖い。

思ったより他人は気にしてはいない。
そのことがわかるのは、多くの場合年齢を重ねてからだ。
私は幼い頃、他人に見られるだけで赤面した。
幼稚園で無遅刻無休を表彰されるとき、カチコチになり歩くことができず、何度も練習して辛うじてロボットみたいになって園長先生から表彰状を受け取った。これは、自分の緊張感とともに、母親や祖父母、近所の同級生の親たちが何度も笑い話にした光景なので、刷り込みによるものかも知れないが、その後、大学生になっても自意識過剰気味だったので、多分事実だったのではないかと思っている。

我々は、成長の途上にある。
何歳になってもそうだ。
小さな自意識を脇にして、大きく意識を広げて行けば、すべて生きている人間は、人類の進化、文明の発展と調和ために寄与するべく、自身と関わる全ての人の精神や魂の成長のために、各員奮励努力せよということだ。

自意識は、良いものでもあるけれど、個であり、孤である。
でも、事実としては、綿々と続く御先祖からの繋がりがあり、世の中でも目に見えない、数えきれない程膨大な人々との関わり合いを持って生きている。繋がっている。形式上個であるけれど、孤ではない。
個であるのは、それぞれが勉強、体験して魂を磨き、全人類として進歩、発展するためなのだと言った人(立花大敬師)がいて、納得した。

自分だけでなく、家族(先祖、過去、まだいない将来のを含む)や周囲の人達、見知らぬ世界中の人々とも関わりを持って、繋がりを持っていりのだから、そういった全ての人々の助けを貰いつつ、そういった全ての人々に対する責任もあるわけだ。
ご縁は、ご恩であり、責任でもある。
そう考えたら、ちっぽけな自意識は何処かに飛んでいく。

「やってみなければ何事もうまくならない」

上手くできなくたっていい。
我々は進歩の、成長の途上にある。
たとえうまくできなくても次に繋がる。
次の自分に。
次にする仲間たち、次の世代に。
名誉は残らなくても、表立って直ぐには感謝されなくても、人々の記憶に、あるいはそれと意識されなくても、あなたの魂も後世の人々との魂と共に生きることになる。

「ビリー・ジョエルの初期の作品はレコードにする価値のないものだった。彼は自分の才能に絶望して一時は自殺を考えた程だったが、大成功したシンガーソングライターになった」
「現在、あなたが歩いているのは、赤ん坊の頃に、はいはいをし、立ち上がり、何度も転ぶ経験をしたからだ。今度音楽が聞こえてきたら、ためらわずに踊り出そう」
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# by bengoshi_358 | 2012-02-09 06:03 | 読書録
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