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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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「はじめに~第四章 胃の働きと自律訓練」 心と身体のメカニズム・石田行仁著
「はじめに~第四章 胃の働きと自律訓練」 心と身体のメカニズム・石田行仁著

著者は、慶應義塾大学医学部卒、1946年医師国家試験合格の方で、心身医学の専門家。
精神科、内科、心身医学へと進まれた。

image --> think --> believe --> live
想像 → 熟考 → 本当だと考える → そのように働く

このような仮説を早い段階から立てられ、臨床の場で確認されていった。

冒頭のここまでの部分で、激しく泣いて深奥のストレスを吐き出した女性のウィルス性のイボが消失したり、自律訓練で胃の動きや胃液の酸度がコントロールされた実例を挙げられる。
この種の事柄は非医師の書いたビジネス書ではしばしば目にするが、エビデンスが紹介された試しがない。
だから、医師(健康食品などのCMで登場するようなタイプの医師ではない)の著者によるこの本は貴重だ。

言葉とイメージによる自律訓練により、生理的変化が身体に現れる。

自律訓練は、病気治療には役立つし、勉強や仕事にも役立つ。
正しく臓器や神経系統が働くようになり、免疫系統に良い影響は出るであろうし、心身の稼働効率は高まる。

著者は、言葉とイメージを用いた自律訓練の効用を説く。
「人生の午後3時を迎える頃、自分は何者か、このまま死ねるかと、再び自問自答が始まる。青春時代のよりよく生きるための質問ではなく、よりよく死ぬための質問だ」
「今度は学校がない。あっても役に立たない。今までのニューロンの結合では役に立たない。ニューロンを自由にさせてみて、全く新しいニューロン結合をすることだ」という。
そして、ニューロンを自由にさせる、固定観念、先入観を脱却して、ワープをするためには、自律訓練だというのだ。

次の第五章では「心とはコトバである」だと言い切られる。
自律訓練の手法は天風師をはじめとするこれまでに学んだものと大きく違わないだろうという予想はあるが、エビデンスとメカニズムの解説を伴って語られるのではないかと期待する。
読み進むのが楽しみだ。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-15 23:04 | 読書録
カルチャーセンター、初受講。
昨日は、NHK文化センターで初めての講座受講。

「数秘術入門」(伊泉龍一講師)。
普段聴けないテーマという基準で選んだ講座。

講師のHPで予習しておいたので、始めはやや退屈気味だったが、数字の意味の解説に入り、哲学的なお話もあり、俄然面白くなった。

1〜9の基礎数字は、万物の生成発展を意味するものだという。
神田昌典さんのダントツ企業実践セミナーCDで聴いたホツマツタエと同じ!
ホツマツタエは江戸時代に盛んに研究され、古事記以前の作といわれる。
「数秘術」は、1900年代以降に起こったという。
関連の有無は知らない。
今度、講師の伊泉先生にお聞きしてみよう。

伊泉先生は、理知的な方で控えめなトーンで論理的に語られる。
同先生のHPやアマゾンの書評で読んで予想したとおり。
知識の豊富さと、これでもかという情報提供の姿勢(HPでは「占い師」が有料で提供する以上の情報が無料)なのは講座でも同じ。

「占い師」というくくりの方ではあるが、一般的な「占い師」のイメージには少し当てはまらない。
講座受講の動機もそこにある。
理知的論理的アプローチ、情報の惜しみない提供。
リアルにお目にかかったら、どんなものを提供してくれるのかという期待感が生まれた。

来週は、全く別のビジネス系の講座を受講予定。
受講生の立場で参加するのは新鮮でいろんな意味で勉強に、刺激になる。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-13 08:50 | 日々雑感
「第一章 生きる」(悪人正機・吉本隆明、糸井重里著〜新潮文庫)
「第一章 生きる」悪人正機・吉本隆明、糸井重里著

吉本隆明さんは、失業時代があったようだ。
大学に就職相談に行った時、助手から『本当に食えなきゃ、泥棒して食ったっていいんだぜ』と言われたそうだ。
(今の時代なら『残飯漁って食ったっていいんだぜ』が適当だろうと言われる)
切実さが足りない、そういう意味で言われたと理解されたそうだ。
必死さ、迫力がなければ相手を動かすことはできない。

この章では、「手を使うこと」の大切さが語られる。
学者になるのでないならば、頭でっかちではなく実際に生活しながら学ぶこと、生活と遊離しないことが大事。
そんなように受け止められた。

「頭と本と抽象的思考で長くやっていれば学者にはなれる」が、文学・文芸は「手を使わないと」無理なんだそうだ。
文学・文芸は生き様が問われる。
生き様が現れるから。

生活、生存が学問の先にある。
その導線、伏線が『泥棒して食ったっていいんだぜ』ということだろう。

それから、吉本さんは夏目漱石のエピソードを紹介する。
夏目漱石は大秀才だったそうだ。
そういえば、漱石は英語はダントツ、正岡子規は2番だったとか、新聞か何かで読んだ。
吉本さんによれば、漱石は、1年間落第して遊んで暮らしたことがあったという。
スポーツにふけったり、悪ふざけをして他人の勉強の邪魔をしたりしたらしい。
しかし、「あの1年がなかったら、漱石はああはならなかった」「小説は書けなかった」と断ずる。

この漱石落第の位置づけは後付の美しい話だと言えなくもないが、さもありなんと納得はできる。
漱石は、いずれにしても、学校に戻った。
勉強に戻った。
だから、夏目漱石の作品と名前が残った。
戻らなかったら、インテリ崩れの、ただのろくでなしで終わったかも知れない。

吉本さんは、遊んで暮らした1年間を「手を使うこと」になぞらえる。
学ぶことだけでは足りない。
命を燃やし現実を生きることも必要だ。
手というより、身体を使う、の方が私には分かりやすい。
身体で学ぶ大切さということを言われているように感じた。

では、手を使い、身体を使って生活しながら学ぶとして、具体的にはどうしたらいいのだろうか。
それには答えはないという。
「今はこれをすればいいという生き方は存在しない」という。
以前であれば、「一つのことを積み重ねていくと何かまとまりのつく結論的な姿が見えるようになるはずだ」ったが、今はそうではないという。

「変なところであんまり線を引かない方がいいよ」ということらしい。

今は、これといった決め手がない時代だ。
吉本さんは「この世は生きるに値するかみたいなことを考えて」いたらしいが、結局、最後は「てめえが死ぬのなんかわかんねえんだ」から、『死は自分に属さない』ということが言えるだけで、「生きる価値あがどこにあるんだかなんてわかんない」、でも、「『死は自分に属さない』ということは、十分生きるための『抜け道』にはなった」と言われる。

生きている間は、好きにやればいい。
食えないなら生き延びるために残飯を漁ったっていい。
思う存分にやればいい。

ただ、思う存分にやるためには、コツだったり、武器だったりはあったほうが楽ちんだ。
それを使って、何をするかは自由にすればいい。
コツを知り、武器を得て、努力する必要があることについては、いつの時代も変わらない。
気楽に行こう。
気楽にハードにぶっ飛ばして行こう。
頭でっかちになりそうになったら、身体を少し動かして、自分の生活や生存、命をに注意を払い、意識してみよう。

吉本さんの本は余り読んでいなかった。
頭でっかちの人だと思っていたが、少し予想とは違う人なのかも知れない。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-12 14:28 | 読書録
「終章 夢の実現は新たな夢の始まり」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「終章 夢の実現は新たな夢の始まり」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

著者は、目標を一つずつクリアして行くうちに現在に至ったという。
「テクテクと一歩一歩山道を登っていただけなのに、気がついてみると、だいぶ高いところまで来たなぁというのが正直な感想」らしい。

英検1級、通訳ガイド、英語勉強法の出版、分かりやすく表現する方法の出版、分かりやすい…のシリーズ化、そして認知心理学。

山頂に辿り着くと視界が開ける。
自分の可能性も開ける、認識できる。
隣の山、さらに高い山も見えて来る。

どんな小さな山でもいいから、登ってみることだ。
そして、それから考えてみよう。
昔読んだ本に、頂上体験をする、頂上で次のステップの選択をすることが勧められていた。
達成感、高揚感、自己重要感、自信といった心理的側面とどんな小さな事柄でも達成までのみちのりで得た知識、技術、経験値をもって行う新たな決断、ステップは成功する確率が高まるのだそうだ。

とにかく一つ成功しろ。
そう呼びかけている本も読んだことがある。

小さな成功体験が、正の建設的なスパイラルとなっていく。

チャレンジしよう。
小さな成功でも自分を褒めてあげよう。


著者は、不安があっていいという。
不安だから慎重に準備ができる。
自身過剰はドジミスを生みやすい。

そして、著者は実は怠け者だそうだ。
怠け者だから楽をしたくて、そのためには「武器が必要」と考えた。
それで資格試験に挑戦した。


成功に学歴や資格はいらないのだけれど、私も、本来の実力にトッピングするものとして、学歴や資格はないよりはあったほうがいいと思う。
余計な説明を省く効果がある。
無駄な争いをする必要がなくなり、本来の実力、中味で勝負がしやすい。
既に、一応の証明を終えているからだ。

若い時は、何で勉強するんだろう、上の学校に行かなあかんのだろうか、と悩むことがある。

私が見聞した学歴のない成功者の真実を書こう。
学歴のない成功者の多くは、自分の子供たちの教育には熱心だった。
中には自分は中学出だけど、お子さんがみなお医者さんになられたという人がいた。ほかに自分は高卒だけれども、お子さんを旧帝大系の大学、大学院に行かせたという人もいた。アルバイト中には、土方仕事をしながら2人のお子さんを東京の有名私大に行かせた人にも会った。
みな自分よりも高学歴に、少なくともみな大学には行かせていた。
私はそれが現実だと思った。
誰でも身内には苦労の節約をして欲しい。
それは当然のこと。
著者流に「武器」というなら、身に付けれる「武器」は身につけておいた方がいい。
学歴や資格は、前口上や予備試験なしに、ドアを開けてもらえる力を持つ。本来の勝負に力を注げるようにしてくれる。
だから、著者は資格試験合格を「武器」と呼び、その「武器」のお陰で「武器」のなかった時代の何倍も知識経験を高め、出版や講演をし、印税収入を得て、さらに次の夢を追い掛けられるようになった。

実は私も、まだまだこれからだと思っている。
これからの時代、弁護士の資格があるだけでは足りない。
新人弁護士の就職難、退会廃業。
もはや、それがあるだけでは食べていけない資格になった。
武器は武器だけど、使い方をよく知らないと役に立たない武器になった。
それが現実だ。
まずは自分。
何かアクションを起こす前に、何かを物申す前に、少しばかり新たな「武器」を得ようと思っている。

仕事とは無関係に見える分野も含め、ピンときたものを貪欲に学び吸収して行こうと思う。
既に、2月には神田昌典先生の特別講座「全脳思考EXセミナー」を受講した。これから文化センターに通い、情報収集をして、自分の感性にひっかかるものを学んで行く。

仕事でも手薄だった分野を学び直す。

チャレンジを勧める自分自身があぐらをかいてはいられない。


『◯に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-04-11 08:55 | 読書録
「第八章 運を味方につけるには」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「第八章 運を味方につけるには」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

「運をつかむチャンスは何度もあるが、運のいい人と悪い人との違いは、それを生かせるかどうか」
「必ず梅雨明けして夏がくる」

運やチャンスは平等にやって来ると思う。
私は、神に選ばれし超絶的に幸運な人(その昔、「ラッキーマン」という連載漫画があった)は稀であって、ほとんどは『運がいいと思う人』と『運が悪いと思う人』だと思う。

『泣きっ面にハチ』というけれど、ネガティブな思いの状態が『引き寄せる』ものも少なくないのだろう。昔の人も経験的にそれを知っていたのだろう。

著者の指摘で面白いのは、「チャンスにはチャンスだというラベルが貼っていない」というもの。
多くに場合、食いついてみないとそれと分からない。
「食わず嫌いをせずに一度か二度は食べてみる」という。

毒を食べたら一発でアウト。
でも、明らかな毒でなくて他の人が食べてて何ともないとか、致命的な害悪がないとわかっているというものなら、気になるものなら、ちょっとだけ囓ってみたらいい。
それが好機の場合が案外あるものだ。

好機ではないけれど、この季節には、高校時代の友人のK君を思い出す。
校則が愛知県で3番目に厳しいと言われていた高校で、入学式にビーバップハイスクールの主人公のような髪型で登校してきた。
見た目でヤバイ、危険信号を出していた。
私は、席順で彼の後ろ。内心はどうしたものかと思っていた。
しかし、口を聞いてみると、悪意がない。警戒しつつも、話をするようになった。K君は体育は万能、勉強も良くできたので、ライバルみたいに競い合って、仲良くなった。
高校1年、2年と家を行き来したりして仲良くしたが、3年で受験に専念するようになり、家が近所で同じ理系クラスのO君と一緒に単語帳や参考書をひたすら読むくらいの交友関係しか持たなくなった。文系クラスに行ったK君とはいくらか疎遠になった。それでも、K君とは、「おう、ひでお、がんばれよ!」「おう、自分もがんばれよ」と行き会えば話をし、笑いあう関係だった。
残念なことにK君は早くに亡くなってしまったが、忘れられない思い出はいくつもある。本当に正義感が強く、友人思いの男の中の男のようなやつだった。
彼を見た目だけで判断して一切拒否していたら、彼との思い出も残らなかった。

最近、よく食べるようになった豚肉のことも書こう。
私は、小学校2年生の時、友人のS君の家で誕生会に呼ばれ、始めて大きなサイコロ状の肉がたっぷり入ったカレーライスを食べた。
その中に、火が十分に通っていない豚肉の脂身があった。
私は、ジャガイモと思って口にして、その臭みと噛みきれなさに苦労し、「どうしたの?」と聞いてくる友人らの問いに焦り、涙目になりながら飲み込んだ。
あの時から、ずっと豚肉は苦手になった。
その後、大学を卒業する頃になり、チャーシュー、角煮、土手煮、ヒレカツが食べられるようになったが、豚肉料理を避けていた。
最近になって、脂身が多くても、豚肉が旨いと思えるようになった。

思い込みを捨ててみる。
とにかく少しかじってみる。
意外にいいかもしれない。
くるものは拒まず、ちょっとだけ流れに任せてみる。
嫌な予感がするならやめる。
深入りする前にきれいにバイバイしたらいい。

著者は、この章でも最後に、心に火を付ける言葉を書いている。
著者は、怠け者だという。
そして、『三日間寝ないで働き続けたら、永久にお金が出てくる機械をあげよう』と言われたら、四日目以降のことを思い浮かべつつ、三日間嬉々として働くんだという。
英検、通訳ガイド試験、出版。
著者の夢も、その後のことを考えていたからこそ、会社勤めのしんどさもへいちゃらで頑張れたという。

大学受験生、資格試験受験生、著者のように会社勤めで何かにチャレンジをされようしている方々は、それらの達成後の自分自身を思い描いてみるべきだ。
いつもそれを頭において日々を過ごす。

努力は必ず報われる。
楽しいことを思い描いて行こう。

『◯に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-04-10 08:49 | 読書録
「第七章 途中で挫折しないために」 藤沢晃治著
「第七章 途中で挫折しないために」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

著者は、「進行管理表を作る」ことを勧める。
『視覚化』はとても大事だ。
やるべきことを明確にし、進捗を一覧できるようにする。
表を作成して、目に付くところに貼る。それだけで効果はある。
高校時代、司法修習時代を思い出す。

高校時代、誰もがするように期限を決めて、参考書の読了、問題集の演習を目指していた。
司法修習時代、名古屋の裁判所で実地研修を受けたのであるが、配属先の部には、大きなホワイトボードがあった。
そこに、係属事件と判決予定日、判決書原稿を部長に提出するべき納期が明記されていた。これを手帳に書き写し、自分のするべきことを補充した表を作った。

計算してできることは徹底して計算で行う。
スプーンを曲げる必要があるなら、念力を使わずに、手やペンチで曲げればいい。

地道な作業を地道に行う。
誰もがやっていること、誰もがマスターしていることは確実に押さえる。
そういった修行のような作業は、わくわくどきどきするような舞台装置が必要だ。
「進行管理表」は、達成できたら次の夢(合格、成功)につながる事柄である具体的な小目標(単語や文法のマスター、資格取得)と、タスク(参考書読破)と、期限(◯月◯日)とを視覚化するが、ひとつの舞台装置となる。
達成すべきことを視覚化することで、高揚感が生まれる、潜在意識に落とし込めるようになるだろう。

「疲れたら休む」ことは大事だし、起動修正も行う必要も出てくるだろう。
休んでもいいが、諦めない。進行管理表を修正しつつ、また進む。
著者は、「二兎、三兎を追え」、複数の夢を同時に追えとも書いていた。
別の夢、別の夢小目標に関わる課題、タスクを休み時間に、気分転換にする。これは効率的だ。

そして、スランプには、「先人(コーチ、メンター)に学ぶ」ことを勧める。
司法修習時代は、部長がいた。
困った時は何でも相談した。
ご自身の仕事ぶりや姿勢をもって示してくれていた。
『寝ないで考えるんだ。考えて考えていくんだよ。何かアイデアは出てくる』と言われたのを思い出す。

でも、いつも適切な先人が身近にいるとは限らない。
そうした場合には、似たような目標を達成した人の伝記や、体験記、ビジネス書などを拠り所にする。
この『夢を実現する技術』を始めとする藤沢晃治さんの本はためになる。

何冊か座右に起き、迷ったら開く。
迷わないでも毎朝起き抜けに一章読む。
小さなことだけれど、習慣の力、継続の力はいつかわかる。

著者は、最後にワンポイントアドバイスをくれる。
うまくいなかないときには、その事実と、自分の感情と、逆のポジティブな見方を紙に書くといいと。
これは役に立つと思う。
否定的な感情がまず先に出るが、そこで無理にでも肯定的な意見を書く。
落ち込んでもうまく立ち上がれるコツの一つと言えるだろう。

新年度、自分の夢についても進行管理表を作ってみよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-09 06:56 | 読書録
「第六章 時間活用術」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「第六章 時間活用術」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

著者は、前章で、計画を立てて淡々と走り続けることを勧めた。
ここでは、「時間切れ」にならないための工夫を紹介してくれる。
結局のところ、「プライベートな時間」を捻出し、「隙間時間」を活用するという、時間活用術の王道を行くしかない。

時間を作る、時間を活用する。
どちらも、意欲することから始まる。

能力が同じなら、より長く、より効果的に勉強し、準備し、練習した者の方が良い結果を出しやすい。
能力が劣る者が能力に勝る者よりも良い結果を出すためには、能力に勝る者のよりもより長く、より効果的に勉強し、準備し、練習することが必要だ。

効果的に、という点は、やってみないとわからないし、やって行く中で、考え、修正していくことだし、あまりユニークな方法に効果があることは多くない。これまでの歴史がある事柄であるならば、その歴史により磨かれた定番的な方法、王道的な方法に勝るものはまずないし、考えられるのは、王道的な方法を自分流にアレンジすることくらいだ。
我々が目指すべきは、方法論の確立ではなくて、結果なのだから。

著者は、早朝時間から職場に出て、やらねばならない仕事を効率よくやって、無駄な残業をしない、無駄なおしゃべり、酒食のお付き合いをしないことで、帰宅時間を早めて勉強時間を作っていたという。

また、通勤時間、休憩時間などの隙間時間にも勉強したという。

それと、メモ帳。メモ魔になること。思いついたアイデア、疑問、確認事項、やるべきことなど、何でも書いて行くという。
たしかに、メモをみて行動することで、行動前のためらい時間がカットできる。

私は、高校時代、同じようなことをしていた。
できるだけ早起きして、早くに学校に行く。
誰もいない教室で勉強する。
邪魔する奴らがくる頃には、別の場所で勉強する。
通学時間には、テープレコーダで単語や構文の暗記をした。
また、女の子が使うような日記帳(当時、ハードカバーで立ったまま読み書きできて安価なものはそれしかなかった)を日々持ち歩き、全教科の気になる情報、間違いメモ、アイデア、予定などのすべてを書いて、始終眺めてた。可愛すぎる日記帳を茶化す友人には、『交換日記だから見るんじゃないぞ』と言って自慢した。自分との、教科書や参考書の著者との、歴史上の偉人や発明家との、微生物や、天体や、原子数式との交換日記だった。
今は、モレスキンだったり(学生にはダイソーのモレスキン擬きでも十分だろう)だったり、スケッチブックだったりするが、似たようなことをしている。

この他に著者が勧めるのは、「気分転換も隙間時間に」ということだ。
これは素晴らしい。
好きな映画をテレビで録画撮りし、隙間時間に少しずつだけ観るのだという。
時間は惜しいが、気分転換もしなければ効率的ではない。頭も休ませねばならないからだ。

私は、学生であれば、他教科の勉強が気分転換になると思う。
それに、資格試験も、一気に畑違いのものを複数狙ったらどうだろう。
一つだけ本命で、その他は難易度が低い、他分野のもので、「合格できたらうれしいかも」という程度でやってみる。気分転換で、かつ、資格にもなったら儲け物。残念ながら、これは今思いついたもので、私自身はやっていない。けれど、これからやってみようと思う。

人生の時間は短い。
学生時代はあっという間。

人生も、学生時代も楽しんだ方がいい。
本当に楽しいのは何かにチャレンジしている時間。

どんなささやかなチャレンジでもいいから、今から始めてみよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-06 07:09 | 読書録
「第五章 道のりを細分化」夢を実現する技術・藤沢晃治
「第五章 道のりを細分化」夢を実現する技術・藤沢晃治


「実行計画がしっかりとできていれば、夢は半分実現」
あとは、「淡々と走り続ける」だけ。

著者は、英検1級という「目標」につき、単語、イディオム、熟語、英文法、構文、ヒアリングと「細分化」して具体的な行動計画を立て、必要な参考書を揃えて、この計画を「遂行」した。

受験勉強の取り組み方が、役立ったと書いている。
そう、受験勉強で得たスキルや発想法は、その後も役立つ。
もちろん、それは音楽でも、野球でもいい。
何かを習得し、目標を達成するという行為を経験していると、応用は利く。
全てに無駄はない。
結局、人生を生きていくためのコツを学ぶ人生の縮図は至る所にある。

生まれ、成長し、力を発揮し、世界の進歩向上発展に寄与し、次世代に伝えて行く。それが人生。
初めと終わりがあるものは、人生の縮図。
人生の縮図でコツを獲得し、また次の縮図で応用する。
こういうのを繰り返して、総体としての人生となる。

著者のいう『芋づる式の夢』みたいに聞こえるが、結局、小さなピースがあって、それが集まってまた何かを構成するが、小さなピースと総体としての存在は相似形をなしているのだ。

『小さなことに忠実なしもべは大きなことにも忠実である』という言葉があるが、『小さな積み重ね』を大切にしよう。

あなたの『小さな一歩』の『積み重ね』は、あなたを想像もできないくらい遠いところまで運んでくれる。

まずは、一歩を踏み出そう。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-05 06:32 | 読書録
「第四章 現在地と目的地を知ろう」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「第四章 現在地と目的地を知ろう」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

著者は、夢実現の手順を説明する。

【藤沢式・夢実現プログラム】
①目標設定
②現在地の把握
③道程の細分化

ここで、大事なのは、③だ。
これができるか、できないかで、与太話や夢物語と、目標と化した具体的な夢とが枝分かれする。

「夢実現の条件は才能ではない」
「歩くことをやめなければ徒歩で大阪にいける」

思い切る、やめない。

以前の私は、そんなにかかるんだったら嫌だ、とばかりに近道ばかり探していた。
近道を探すことは大事だけれど、本業、王道をきちんとしつつの上で付加的にするのでなければ、結局元も子もなくしてしまう。

私の司法試験受験時代がそうだった。
合格して行った先輩方のおっしゃることはよくわかる。でも、もっと効果的な方法はないものか、一足飛びにワープできないか。
そういうことばかり考えて、画期的な教材、新しい勉強方法、何でも最新のものに飛び付いた。
結果、手薄な選択教科や苦手教科で、A評価とE、F評価を往来し、余計に時間がかかった。

まずは、道程を細分化し、計算でできるところまでは詰めてみる。
計算でできる部分は確実に押さえておく。
基礎点を確保するのだ。

計算でできることを詰めておくことが、実はワープをも生む。
イノベーションの前夜には意識的に考えた千本ノック。
誰もができること、知っていることは確実に、繰り返し、習得することで次の発見を生む。

まずは、基本だ。
そこを確実にすれば、現在の一流選手、トップ集団に仲間入りできる。
そこから頭抜けるためには、その基本を究める。そして、極めることで、ブレイクスルーは起こる。
基本を利用しない手はない。
基本を無視したイノベーションは少ないし、基本を知らないイノベーターは皆無だろう。


他人の意見を聞いてみることを、著者は勧めている。
これも重要だ。
人は大成功した人が好きだ。
失敗者や、中途半端な成功者の教えを進んで受けたいとは思わない。
一流の人からだけ学びたい。

しかし、大成功者、一流の人は忙しい。
数少なくて、直接教えを受けられることはまずできない。
それに、一流の人が、一流の指導者とは限らない。

私の場合も、そうだった。
若い時代は傲慢で、自身過剰で(反面で傷つきやすく落ち込みやすい)、他人の意見など聞きたくなかった。
自分から頭を下げて指導を乞いたいのは、例えば野球では王貞治さんか、江夏豊さんくらいだというような不遜。

転換機は、司法試験での度重なる失敗。
それでも、あと一歩ということを示すような成績通知もあり、負けを認めなかった。
そんなとき、ある先輩が話をしようと声をかけてきてくれた。
合格した自慢話かと思ったが、ご飯をおごってくれるというのでついて行った。
「加藤くん、君は僕をバカにしているだろう?」
  ーいいえ、いいえ、とんでもない。合格者に向かってそんなこと。
「でも、去年までは、なかなか合格できないダメな奴だと思っていただろう?」
  ー(直球勝負…に絶句)
「いいんだよ、僕も同じようにベテラン受験生のことをバカにしていたから」
  ー(…はぁ)

その先輩は、大学卒業までトップ集団。
司法試験もトップ集団の中でも早期に合格するはずだった。
しかし、合格者平均年齢を超えても合格しなかった。ずいぶん遅れて合格した。
私も、平均年齢を超えてしまっていた。
初めて他人の話を素直に聞いてみようと思った。

その先輩から、中村天風師の本を勧めれれた。
その時から、新しい人生が動き出した。

人の話は聞くものだ。
聞いてみて合わないならデリートすればいい。
ただ、話を聞くにも時期がある。
『すべてがあなたに丁度いい』
丁度いい時期にしか出会えない人、もの、ことがある。
だから、仕方ないとは思っているが、もっと早くに知りたい情報だった。

若い方には苦労の節約をして欲しくて、今これを書いている次第だが、耳のある方は聞かれたい。

私は、こう思う。
(1)できるだけ大きな夢を持つ。計算では到底できないくらいの、思っただけでわくわくするようなでっかい夢を。
(2)計算でできることを書き出し、毎日の行動計画に落とし込み、夢を意識して考え、工夫しながら、課題をこなす。
(3)軸足を計算でできるだけの王道に置きつつ、課題は遵守しつつ、これ、と思う寄り道をしてみて、時には課題内容、軌道を修正していく。

ベースは、(1)と(2)。
一風変わった工学博士であられた、正木和三さんの言葉に、こんなもんがある。
『無限小の努力を無限大の時間をかけて行うつもりで』

アスファルトをぶち破って伸びている雑草。
弱々しい芽は、まさにそう。
小さな力だけれど、じわじわじわ。
それがブレイクスルーの原動力。

あなたは雑草より強い。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-04 09:35 | 読書録
「第三章 私の夢実現体験記 〜挫折が夢の第一歩」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「第三章 私の夢実現体験記 〜挫折が夢の第一歩」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

著者は、元々非常に優秀な方ではあるが、一直線で進んでこられた訳ではないようだ。
ある面で、周囲の状況の変化に合わせて、自らを変えてこられた。
「わかりやすく人に伝える人になる」という基本線があって、それを実現する手段をいくつも変えてこられた。

慶応の理工を出られ、SEをされ、花形となり、その後新たな役員の方針変更で叩き落とされ、「エンジニアという狭い範囲でしか通用しないローカルなスキルではなく、社外でも通用するグローバルなスキルを身につけなければならない」「エンジニアのスキルは生野菜。鮮度が落ちると無価値になる。金や宝石のようにいつまでも価値が下落しないスキルを身につけておかないと危険だ」と発奮。
英検1級、通訳ガイド試験に合格。
英語学習方法を社内で講義し、英語学習法の出版。実用書から、学術書の形でも再出版。

「芋づる式の夢」だけれども、当初は自発的ではなく、挫折から。
出版に際しても、不採用の連続で挫折寸前。諦めなかったからこそ、出版、再出版、新刊と連続ヒットとなった。

著者は、「夢は人生の分散投資である」という。
「会社での出世にだけ賭ける人生は、例えば5億円持っている人がそれを単一目柄の株に投資しているようなもの」だという。
「ジプシーは、一つの国の通貨だけを信用しない。いろんな国で通用する金銀を蓄える」が、金銀は使えば減るも、自分自身の身につけたスキルは使っても減らないともいう。
エンジニア、英語力、それから執筆と、三足のわらじを誇る著者。
これは、一つのモデル。

誰もが真似していい。
スキルの分散投資は、これからの時代不可欠のように思う。

ただ、思いつくものがないなら、何も今すぐ、分散投資をする必要はない。必要は発明の母というが、著者も必要を感じ、必要に迫られて事を起こした。

私は、学生時代の勉強、勉強に取り組む姿勢が基礎を作っていると思う。部活や、部活に取り組む姿勢でもいい。
高校時代や大学時代はかけがえのない特別な期間。
この時に型ができていれば、その後一生に渡っていつでも新しいスキルを獲得するのに苦労は少なくて済む。
だから、学生のみなさんは、どうか今は与えられた課題に本真剣に取り組んで欲しい。
一般教養をこれだけ広範に効率的に学べる機会はもうないのだ。
そこでの学びは、世界の文明国共通。同じ共通項があれば、世界の人々との交流もしやすい。優れた外国人とも悠然と付き合える(私は、たまに外国人の方が日本の文化や歴史に詳しく恥ずかしくなることもあり、思い立って、日本史や美術の本を買ったりする)。
ベースがあれば、良い土地ができていれば、良い作物が育ちやすい。

学生時代の過ごし方がどうあれ、思い立つことができれば、挽回はできる。
危機を予感すれば、誰もが必死になる。

今、日本は時代の転換期。世界的にそのようだ。
現状の価値観やこれまでの生き方を続けたい人々には危機でもある。
危機は好機でもある。意識的に努力し、進化進歩成長せんという人々には好機でしかない。

社会人であれば、今、分散投資の仕込みをする時期、大きな好機が来たと言えそうだ。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-03 06:31 | 読書録
「第二章 夢を見つける人」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「第二章 夢を見つける人」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

「『お前は本当にそれでいいのか?』と自問してみよう」

「好きな映画、好きな本の主人公と自分を同一化してみよう。主人公の生き方があなたの脳に刷り込まれ、あなたらしい夢、あなたらしい生き方が見つかるかも知れない」

夢がないと人生がもったいない。
だらだらと時間を過ごす惰性の人生になってしまう。

人間80年か、同じ生きるならば、明朗快活に真に生き甲斐のある人生を生きたいものだ。

そして、それは誰にも可能なこと。
誰にでも好きなものの一つくらいはある。
その一つそのものか、その周辺に、それは眠っている。
それを掘り起こし、磨いて、育てて、次にバトンタッチして行くのが人生。

但し、逃避的な夢では面白くない。
(もちろん、やがて逃避的な夢からも本物が生まれたりすることもある)
著者は、この点を強調する。
「会社の仕事、学校の勉強もきちんとこなし、なおかつ、やはり『このままじゃ嫌だなぁ』という不満の気持ちがあるタイプが一番見込みがある」

過去に自己啓発セミナーが流行りだった。
今もその流れはある。
そういうセミナーに入り浸り、会社をやめ、学校をやめ、その後後悔をしたという人がいくらもあったという。
(私が昔CDで聴いたある良心的なセミナー講師は、現実逃避的にならないよう、厳しく自身と受講生を律したという話をしていた)
自分探しは大切だけれども、全てに意味があるということを忘れてはいけない。
今、自分がいる場所も、自分の姿形も、自分の目の前にあるやるべきこと、全てに意味がある。
理由なくして存在するものはない。
それらとの折り合いをつけ、それらを通じて学び尽くし、発見して、克服して、前に進めるようにできている。
天からのレッスンから決して逃げてはいけないし、逃げ切れるものではない。

イチロー選手は、早くから野球選手になることを決めていたが、学校にいる間は、勉強も一所懸命にやった。中学では学年一桁まで行った。
巨人OBの江川卓さんも(報道から)、中日OBの彦野利勝さんも(同級生の人からの情報)学校の成績はよかったそうだ。

私は、中学2年生の時に、数学のJ先生から『次郎物語』の一本松の話を聞かされた。
学校で、不平不満をぶちまけてしばらく経った頃だった。
与えられた環境の中で努力をすること。
一本松のように風雪に耐える。どうにもならないことには、甘んじても、心に希望をもって、変えられるものに注力していく。
そんなことを教わった。
小5の時の担任A先生お陰で芯のようなものはできていたから、J先生の一言で軌道修整ができた。
与えられたステージは、過去の自分の行いの結果。今の自分にちょうどいい。
明日のステージを違ったものにしたいなら、今、自分がやるしかない。
今与えられていること、ものに一所懸命になり、味わい尽くし、先に行く。
今ここにあるものは全て今の自分に必要なこと。
学び尽くして卒業して行く。

著者は、夢を見つける実践的なアドバイスをもう一つ挙げる。
「自分の巣の周り半径数メートルという森の『アリの生活』ではなく、未知の世界へと翼を広げて自由に飛び立つ『鳥の生活』、仕事帰りに途中下車、週末に大自然の中でリフレッシュする生活」をしてみることだと。
意識的に寄り道してみることだと。
行く方向は大体わかっているし、逃避的にスピンオフするつもりはないから、寄り道だ。
寄り道の中からヒントが生まれることがある。
私も、実は、たまに博物館や美術館に寄り道する。
歴史に学び、美意識をもって生きることが大切だし、そこから受けるヒント、インスピレーションの価値を体験的に知っているからだ。
迷うことがあったら、博物館や美術館、図書館でもいいから、寄り道するといい。きっと、何か発見があるし、少なくともリフレッシュできる。

それから、著者は、励ましの殺し文句をもってこの章を締めくくる。
「自転車をこぐ時の初期抵抗は永続しない」
これは重要なことだ。
何かを始める時は、始めたはなが一番辛いということ。
しかし、その辛い時期は長く続かない。
そのことを覚えておくようにという。

人間には恒常性維持機能がある。
心理的にもそれがある。
変化を嫌う。
だから、心理的抵抗は始めたはなが大きい。

そして、不慣れなことは始めはなかなかうまく行かない。
しかし、とにかく始めてみる。5分間だけやってみる、1年だけがんばってみると決める。
そうしたら、案外やれてしまう。


さらに、著者は『継続は力』だという。
「凡人でも継続すれば、天才の持っている力に負けないような同じ『力』を発揮できる」のだと。
これも全くそのとおり。
天才といわれる人はそうはいない。
それに、天才といわれる人の伝記を読んでも、継続しないでいともたやすく何かを発明、発見した天才もいないようだ。

締めくくりの著者の最後の殺し文句が、これだ。
『求めよ、さらば与えられん。叩けよ、さらば開かれん』(新約聖書)
なぜ、過去の古い時代に、他の宗教国が振わず、キリスト教国だけが栄えたか、その理由は、こういうポジティブな言葉に日常的に触れていたからなんだろうと思う。
昨今では、行き過ぎた進歩への反省もないではないのだが。

チャレンジをしよう。
夢を持とう。
『幻なき民は滅ぶ』(旧約聖書)
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# by bengoshi_358 | 2012-04-02 08:18 | 読書録
「第一章 夢とはごく普通のこと」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「第一章 夢とはごく普通のこと」 夢を実現する技術・藤沢晃治著

藤沢さんは、まず、夢を持とうという。
「日々の生活に潤いを与えてくれるもの、それが夢」であり、「自分の好きなことを大切にすることが夢への第一歩」だと。

『夢を掴むか、掴めないかではなく、夢に向かって一歩一歩進むことが大切だ』(三浦知良)

キングカズは、かっこいい。
常に挑戦を続ける人は輝いている。
今も彼が技術と身体能力においてサッカー界の頂点にいるとは誰もが思っていない。
かつて頂点を極めた彼が、今も、さらに技術を高め、身体能力を高め、頂点に向かって行こうと頑張っている。
所属チームの中では必要とされ、他のメンバーを引っ張って行く、リーダー的な選手として活躍している。

挑戦し続けること。
激流を泳ぐ魚のように泳ぎ続ける。
そんな生き方はかっこいい。
それを生きる本人が一番幸せなのだろう。
その充実感、幸福感が周囲を明るくする輝きの源なのかも知れない。

藤沢さんは、夢を次のように表される。
【藤沢流の夢】
1. 芋づる式
2. 生涯目標ではない
3. 追いかけているだけで元気になる

まずは、比較的、見通しの立てやすい小さな具体的な目標を夢としようということだ。
「一つの小さな夢を諦めずに掘り出していけば、また次の小さな夢が現れる、という具合に連鎖している」、そういうものを夢としようという。

次に、生涯目標、生涯を賭けて、という、たったひとつの大きな夢だけでは辛くなるので、生涯目標ではない、より小さな目標を意識していこうという。
「壮大な夢をたったひとつだけ持って生涯進むと、そこに到達しないで終わることも往々にしてあり、夢達成の行程が難行苦行になる」として、悲壮感漂う痛い夢の例として、なんと司法試験をあげらていた。これには苦笑するほかなかった。
司法試験も、高校受験、大学受験といった小さな夢の続きで出てきた先の夢、芋づる式の夢のひとつであるし、途中で止められるし、合格した先の夢もあるし、決して生涯目標ではない。(それに、挑戦それ自体が楽しい時期も十分にある)

さらに、挑戦自体が楽しいこと、をあげられる。
「夢を追うことで、辛くなっているとしたら、どこかにアプローチの間違いがある」ので、「とりあえず中断」し、考えてみることは必要だろう。
藤沢さんが言われるように、「時間がしばらく経過して、それでも『私はどうしてもこれをやりたい』と強く思うようであれば、また再開すれば良い」だけだ。


私は、藤沢さんが言われる要素のなかでは、やはり3. が大切だと思う。
楽しくなければ夢ではない。
楽しい夢は準備の段階から楽しい。
準備は地道な作業だけれど、楽しい夢があるから、それもわくわくどきどき辛さを感じずに、傍からみたら辛い準備を続けられる。
どんな夢でも、具体的な映像として頭の中にあるのであれば、地道な準備も苦痛ではなくなる。

3.がしっかりしていたら、あとは説明は容易だ。
1.は技術、コツである。
大きな夢を分割して、追い込んで行く。
箱田忠昭さんが言われていたが、『巨大な象の肉は小さく切り分けて少しずつ食べればいつかは一頭まるごと食べられる』ということ。
2.は、少し解釈を変えたい。
生涯目標がなければ、目的地のない航海のようだ。生涯目標は必要だと思う。
しかし、我々はそれほど自分のことはわかっていない。
だから、軽々に『これしかない!』と決めて無闇に進むな、まずは心に生まれた小さな夢を潰していけ、そうしたら生涯目標らしきでっかい夢もみつかるよ、ということなんだと。


とにかく、今、始めよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-30 10:03 | 読書録
「夢を持つだけで人生は変わる」 夢を実現する技術・藤沢晃治著
「はじめに  夢を持つだけで人生は変わる」夢を実現する技術・藤沢晃治
(PHP文庫)

著者は、慶應義塾大学理工学部卒で、ソフトウェアエンジニアとして勤務後退職で現在講演家、セミナー講師。各種資格・技能検定試験で優秀な成績を収める学ぶことと教えることのプロ。

リアルな夢をコツコツ続けざまに実現してこられた方。
本編で紹介されているが、
藤沢流の夢は、芋づる式に現れ、生涯目標ではなくて、追いかけるだけで元気になる、夢だそうだ。

これは、実際的でどんな人にも役に立つ基本発想。


「夢を持つ必要がない人とは、人生に100%満足している人だけ」であり、そうであるなら、言うまでもない、あなたも私も、夢を持つべきだとわかる。

「夢は実現して初めて価値があるのではなく、夢に向かって進むこと自体に既に価値がある」のであって、人生は夢実現の過程。人生は夢の中、夢中の過程と言えるのではないか。

人生五里霧中だよ、と嘆く向きもおありかも知れない。
しかし、大丈夫。
霧中は夢中に簡単に変えられる。
あなたが『霧』を『夢』に「きり」を替えればよい。


「金魚鉢のなかで育った金魚は、小さな金魚鉢の範囲内だけで泳ぎ回る」
我々は、低い自己評価をしながら、若い時代を過ごすことが多い。
タレントとは才能に恵まれた人をいうけれど、ここ最近の傾向では『自分には凄い才能がある』と大きな勘違いをする才能があるだけでもタレントになれるようだが、それも自己評価が低い人が多いからだ。
さしたる才能があるわけでもないが、押しが強いために、自己評価の低い人の中から飛び出して、出ていける。
自己評価の低い人たちは、自分に近い彼らに安心できるので、彼らを積極的に、あるいは消極的にでも支持してしまう。
やがて、才能のなかった勘違い人にも才能が生まれ、育って行き、一発屋ではなく、立派にタレントとして大成したりする。努力が実を結ぶからそうなるが、努力しなかったり、努力しても実を結ばずに飽きられると一発屋になってしまう(個人的には、誰かが言ったが、自分が夢見たステージで一発出ただけで幸せだと思う)。

殆どの人は、若い時代を、おっかなびっくり、劣等感を背負いながら生きている。
しかし、著者のいうとおり、「実は20歳、30歳では自分のことなど何もわかっていない」のだ。(社会のことや世界のこともわかっていない)
わかっていないから、劣等感と、そのうらはらな自信過剰に自分で悩み、周囲を心配させたり、迷惑をかけたりする。
誰もが通ってきた道だから、それをどうこう言うのは愚かなこと。だから、著者は、若い時代を今生きている人、今でもまだ若い時代と同じように生きている人に、苦労の節約をして欲しいのだろう。

やるべきこと、本当の自分がやりたがっていることは沢山あるはずだ。胸に手を当てて考えてみたらすぐわかる。
されど、人生は思ったより短い。
要らぬ苦労、余計な自分の中での葛藤はおいておこう。

だから、今、決断しよう。

取り敢えず、始めてみる。
夢を拾い出してみよう。

「現状への不満を認識し、それを自力で変えるためには何をするべきか、何がしたいのかをみつけること。それが夢となる」

そして、夢実現に向けて一歩を踏み出そう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-29 06:33 | 読書録
「あとがき」 言葉の氣力が人を動かす・藤平光一著
「文庫版 あとがき」 言葉の氣力が人を動かす・藤平光一著

今日は最終章。
著者の後継者である、ご子息信一さんによるあとがき。
これがまた掛け値なく素晴らしい。

信一さんは、著者の53歳の時の子。
既に著者が氣、心身統一法、合氣道の第一人者となられてからの子。
その人をみるにはその行いと行いの結果を見よといわれるけれど、まさしくその子をみるならば、その人のいっていること、教えていることの真偽のかなりの部分がわかってしまうと思う。
信一さんは、父光一師の後継者となられ、ますますそのことを自覚しつつおられることだろう。
父上が偉大な人であられればあられるほどに、そのプレッシャーは大きいだろう。
しかし、父上が広められた教えは、『天地を相手にする』ということである。人を相手にするのではない。人がどう見るか、どう考えるかを気にして生きる生き方ではない。
人の目は厳しく見つめるも、それは認識しつつも、人に迎合するのではなく、つまり時には父の教えを破るように人から見えるとしても、天地の理に従わねばならぬという場合もあるのだろう。
光一師が、植芝盛平師や中村天風師の見えるところの教えとは違うように教えられたのも、天地の理に従った結果。されど、その生き様は師のそれと同じくある。
守破離の世界でもある。

さてあれこれ思いながら読み始めたが、素晴らしい文章だった。
以下、抜き書きしてみる(少し編集整理した)。

「『こんな簡単なことが何でできないんだ!このバカ!』と叱るのではなく、同じことを淡々と、何十回、何百回、何千回と静かに繰り返し、『履物は揃えるんだよ』と教え続ける」

「頭ごなしに否定されるのは、言われる方もイヤなので反発を招く」

「叱る時は、頭ごなしに、自分の立場のために叱るのではなく、相手の立場を守るために叱る」

「『何度言ったらわかるんだ!馬鹿者!』ではなく、『これが直るとおまえは素晴らしい』『ずいぶんよくなったから、もうあと一歩だよ』と基本的な人間性を認めて、問題点を指摘して、加点法で注意する」

『やってみせて 云って聞かせて させてみて 誉めてやらねば 人は動かず』(山本五十六)

「潜在意識に落とし込むためには、何度も同じことを繰り返す」


教育とは待つこと。
性急に結果を出そうとせず、相手を教え育てることだ。
それが改めてよくわかった。
相手の心、潜在意識レベルにまで落とし込むつもりで、教えなければ、相手の身にならない。

「考える時間を与え、放っておき、理解させるのではなく、氣づかせる」ということだ。

教えたいないように従って、相手の理解度に応じて、「いずれわかるのか、説明が必要か判断して叱る相手に適切に対処する」ことも大事だ。

「人を動かすには、まず自分の心をコントロールして、それから相手の心を知り、尊重して、導くこと」につきる。


そして、何よりも、
『天地に対して正しいことを行う』ように自分が注意し、相手にもそう教えること。

自分が注意して行くためには、徹底的に言葉を大事にする。
「北に行きたいなら北に向かうように、プラスの人生を目指すには日常的にプラスの言動をする」ように心がけ、プラスの言葉を使う。

『(プラスの言葉) 明るい 氣持ちいい 美味しい 好きだ』

言葉を大事にして、「毎朝顔を洗うように、心も洗う」ことだ。
そのためには、ここには紹介されていないが、中村天風師の勧める、観念要素の更改。イメージ法、鏡の暗示法などが有効だ。

「氣が向かない、心身不統一の状態の時に心を切り替える」ことは日々注意したい。
ああ、まずいかなと思ったら、心身統一法を行う。
昨日も触れた、藤平光一師の4原則。

氣づきを深く与えてくれるあとがきだ。
このあとがきには、本一冊分の値打ちがある。

心身統一法、日々、意識して行おう。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-28 06:23 | 読書録
「第六章 氣の活用事例」 言葉の氣力が人を動かす・藤平光一著
「第六章  運命を変える氣の活用事例」 言葉の氣力が人を動かす・藤平光一著

藤平さんが指導されて、効果があったプロスポーツ選手の名前が上がる。

すでに入門していた荒川博が連れて来たまだ当時は若かった後の偉大な野球選手、王貞治(一本足打法のヒント)、広岡達郎(熱心に修練)、長嶋茂雄(自然に氣が迸る天性ゆえ、指導はわずか?)。
黒瀬川(修練で万年幕下が小結2回)、千代の富士(直接指導は怪我治療法の助言で、睨まない方が氣が迸ると知ったのは本から)。

この章は、やはり荒川博→王貞治→広岡達郎という大きな飛躍を遂げたプロ野球選手、万年幕下だった黒瀬川の成果に、氣の力があったことを知れる点が売り。

広岡達郎さんは、天風会員でもあった。
(「成功の実現」で名前が書かれている)

短い章だてで、出版社側の意向が色濃い感じもする。
宣伝、自慢話として鼻に付くだけとなりかねない書きぶりで、表現が藤平さんの他の著書と少し違うようにも思える。

この章で、広岡達郎さんの言葉が印象に残った。
『あれだけの練習をして大選手になれなかったら、この世に神も仏もないことになる』
若き王貞治さんのことを評しての言葉という。
他所でも紹介されたかもしれない。

ここまで言われるような準備をする人になりたいものだ。
仕事において、勉強において。

広岡さんご自身は、選手としても素晴らしい燻し銀の職人のような方として評価はあったが、監督、GMとしての手腕の凄さは周知の通り。
結果はどういう形で出るかはわからないが、必ず蒔いた種は、時期が来れば花を咲かせ、実を結ぶ。

【心身統一の四大原則】
①臍下の「一点」に「心をしずめ」統一する  
②全身の力を完全に「抜く」
③身体の全ての「重み」をその「最下部」に置く
④氣を出す(氣が出ていると思うこと、『氣が出ている』と言葉に出して言う)

実践してみよう。
効果があると感じたら、毎日、準備の段階から続けてみよう。
私はここぞの時だけでなく、意識して毎日、毎瞬間やってみよう。

そして、準備を一所懸命にしよう。
これで成果がでなかったら、神も仏もないことになると言われるほどに。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-27 06:07 | 読書録
「第五章 天地の大道に至るまで」 言葉の氣力が人を動かす・藤平光一著
「第五章  天地の大道に至るまで」 言葉の氣力が人を動かす・藤平光一著

心身統一、天地と一体。
これを眼目とされる著者。
この章はとても面白い。

山岡鉄舟を師とされた小倉鉄樹師、合気道の植芝盛平師、そして、中村天風師に師事された著者。
なんとも羨ましいような、贅沢な師匠陣。

言霊をいくらか意識して書かれてはいるが、師らから学び、いかにして現在の成果、確信に到達されたかの物語となっている。
具体的な固有名詞がいくらも現れ、それぞれの師匠である偉人たちについて、他書である程度知っている者には大変興味深い話が多々ある。

小倉鉄樹先生からは、捨て身でぶつかることを学ばれ、頑健な肉体、強い心を得られ、正しくあるべきことの大切さを学ばれた。
植芝盛平先生からは、リラックスすることが心身統一の秘訣であることを学ばれた。
中村天風先生からは、リラックスし、心身統一する具体的な技術を学ばれた。

植芝盛平先生の強さの秘密には、先生が「相手の氣察し、相手の心の動く方向に相手の力を導いている」からだと書かれている。
これはよくわかる気がする。
私は、自分自身の動かし方と同時に、交渉術、説得術、承諾誘導、暗示、操作についても関心があり、その種の本を読んできたし、今でも常に意識している。
最近は、メンタリストDaigoの本も読んでいるくらいだ。
昨日は、昼の番組「笑っていいとも」に出ていたDaigoとその他の出演者の様子を再放送で見たが、Daigoの解説は著書同様にわかりやすかった。
彼がそうであるように、藤平さんも、神秘を現実的に語る通訳のような人だ。
こういう人は必要だ。

相手の心を読むとか、操作するということは、相当な技術が必要であるが、その前提にはまず自分がリラックスすること。

他人を動かすことも必要な場合もあるが、多くの場合に必要なのは、自分を正しく動かすこと。
そのためには、リラックスすること。

天風先生の教えをもとに著者が掴んだコツは、先日書いたとおり。
天風先生の教えでは誤解が生じやすいということで、簡略化されているが、あのとおりするのが一番のようだ。

確かに、私も、天風先生のいうクンバハカで、肛門を締め、下腹に力を入れるというのをやっていて、しっくりこない気がしていた。
藤平さんの言われる通りにやってみて、そちらの方がリラックスでき、心身統一に近づくように感じた。

下腹には、心を鎮めるだけ。
力は抜く。
これが大切だといわれるが、やってみると、藤平さんの教えの方が心は落ち着く。

だからといって、藤平さんの天風先生への敬意は失われない。
この章でも、天風先生の言葉がいくらも紹介されている。

『私は力だ。力の結晶だ。何物にも打ち克つ力の結晶だ。だから何物にも負けないのだ』(中村天風)

言葉によるアファーメーションと心身統一のコツ。
これは日々学び、日々実践するしかない。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-26 06:35 | 読書録
「第四章 よい氣を出す秘訣」 言葉の氣力が人を動かす・藤平光一著
「第四章  よい氣を出す秘訣」

昨日は、前章が士官時代までと書いたが、もう一節あったのを見落とした(学生諸君は試験で同様のことをしないように)。

60歳になった藤平さんが天罰の病に倒れ、氣力で驚くべき早さで回復したこと、視線を彷徨った弟子が呼吸法と氣力で生還した話があった。

『天のその人に災いするは、天未だその人を捨てざるなり』(藤原藤房)
「自分で氣がついたら、もう天地はそれ以上罰しない。おまえはこの世に必要だということで生まれてきた」

氣の力、威力の一例の紹介である。

それを受けて、今日の第四章、氣の出し方の紹介が来る。


ここまで読み、藤平さんの他の本と比べて、少し違和感を持つ。
一気に流れるように一貫して進む感じが今ひとつ。
インタビューを編集し、出張中のビジネスマンが新幹線の中で読みやすいように工夫した文庫本なのだろうか。

以前の本を文庫化したとあるが、元の本はどうだったろうか。
最後にご子息のあとがきが非常に長い。

第三章で氣の威力まで出てきてしまったので、読者の意識を引きつけるために、編集者が第四章では氣の出し方を置いたのかも知れない。
(もう一つ気になったのが、言葉の暗示力を重視される藤平さんらしかrsぬ書きぶりに、編集者自身の言葉の混入はないかということ)


さて、大きく脱線したが、第四章は、実は最もおいしいところ。
藤平さんのいわれる氣の出し方のエッセンスが短く説明されている。

これは書いてもいいだろう。
ここで氣の力の一部でも体験し、できれば日々実践し、ご縁がある方にはさらに深く学んでいただき、指導者、承継者になって欲しいという著者の思いを感じられるからだ。

私自身も何度か試し、これは絶対に役に立つテクニック、技術だと思うので、以下に引用する。

【心身統一の四大原則】
①臍下の「一点」に「心をしずめ」統一する  
②全身の力を完全に「抜く」
③身体の全ての「重み」をその「最下部」に置く
④氣を出す

いくつかの補足的なコツもあるが、詳細は割愛する。
ざっくりと言えば、本書の題名は「言葉の氣力が人を動かす」だ。
①から④、それを言葉にして、口に出してからやる。
うまくいかない人はするといいらしい。
私はそれでうまくできた。

前にも書いたが、④はユニークだ。
口にしただけで、氣は出る。
①から③をした方がいいけれど、口にしただけでも氣は出る。
氣が出ると自分本来の力が出る。
氣に押された相手は、相手本来の力が出せない。
それで氣を出した場合と、出さない場合とでは全く結果が違ってくる。
(注意しなければいけなのは、勝負事は相手を殊更意識したら、執着になっていい結果にならなくなることだ。あくまでも自分本来の力を発揮できるところに、氣を使う意味があると、私は思う)

ピンときたら、ぜひ試してみていただきたい。
コツは、まず先に言葉で口に出してから行う、ことだ。
それと、意識的に行うこと。

②に関しては、意識的脱力であり、怠慢にだらけることではないという補足的な話があった。
鈴木大拙がアメリカで禅を広めたが、大拙のいう、Do nothing , Think nothing を正しく理解できなかったアメリカ人が多数ヒッピーになったという。ヒッピーは、Don't do anything, Don't think anything と誤解した。そして、怠惰な生活を送った。
これは興味深い話だ。

意識的脱力は怠慢ではない。
空の観念だ。

精神文化の素養が十分にないアメリカ人が空の観念を理解せず、大拙の教えを誤解するのも仕方ないが、指導者の英語力や指導者の人数も不足していたのだろう。


【心身統一の四大原則】は素晴らしい。
習う前に倣う。真似して慣れる。
試験の前、大きな仕事の前などに、是非試してみていただきたい。

やってマイナスになることはない。
少しでもプラスになればもうけもの。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-23 06:40 | 読書録
あるがままに 言葉の氣力が人を動かす・第二章(藤平光一著)
「第三章 無理をしない生き方がいい」

天地に反することを無理という。
ここでは、藤平さんは、自身の幼少期から青年時代のことを振り返る。
虚弱時から柔道少年となり、一九会、青年士官として戦地で銃弾の雨を経験されるところまでが書かれている。

冒頭に、「『ヒ』とは天地の霊。その天地の霊の『ヒ』が止まっているのが『ヒト』。人間は天地の霊の分配。天地の理に従って生まれている」とある。
ホツマツタエに関する本でもこのヒやトの話は読んだが、こういうことを学べる日本語は凄い。

天地の理を弁え、実践する。
頭でっかちにはならない。
学びと実践。
言行一致。
この境地に至り、心身統一法修得の入り口に立つまでの物語。

『人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし』(洪自誠・菜根譚)
『書を読みて聖賢を見ざれば鉛塹(えんざん)の傭となる』(同)

そして、天地人一体観の獲得。
人間は氣の器。

『心体はすなわちこれ天体なり。一念の喜びは景星慶雲なり。一念の怒りは震雷暴雨なり。一念の慈しみは和風甘露なり。一念の厳しさは烈日秋霜なり。何者をか少なきを得ん。ただ随って起これば随って滅し、廓然として碍りなきを要すれば、すなわち太虚と体を同じくす』(前同)

生きるも死ぬも天地のまま。
泰然自若。
「生きているうちから、『死ぬこととみつけたり』などと力む必要はない」

藤平さんの心の歴史から学ぶべし。

中村天風師の句に『あるがままに  我ある世とし  生きゆかば  悔いも怖れも  何者もなし』というものがある。
この境地に生きること。

藤平さんは、最後に若き日に掴んだ呼吸法のコツを披露する。
詳細は割愛するが、22秒で息を吐き切り、22秒で吸い込む。
呼吸は命の根源。
呼吸を意識することは、身体と精神を統一させる。

しばらく忘れていたが、やらない手はない。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-22 08:23 | 読書録
言葉の氣力が人を動かす(藤平光一) 第二章を読む
「第二章 人間は天地に育てられている」

『至誠天に通ず』(山岡鉄舟)
『死に切ってみれば誠に楽がある 死なぬ人には真似もなるまい』(山岡鉄舟)

『技巧や虚栄はいつか剥げて長持ちしないし、第一絶えず繕っていくのが大変な苦労じゃないか。生地でゆけば剥げる心配がなく、気も楽、世渡りも楽だ』(小倉鉄樹)

この章でも、先人の言葉の引用が沢山あり、藤平さんがいかに熱心な読書家であったかがよくわかる。
本章では、天を相手に、自分の本心良心に正直素直に生きることが大切だと書かれている。

『人盛んなる時 天に勝つ  天定って、また人に勝つ』
『僅かな間、大勢の人を騙すことはできる。また、一人の人を長い間騙すこともできる。しかし、大勢の人を永遠に騙すことはできない』(エイブラハム・リンカーン)

人は騙せても天を騙すことはできない。
一部の人を騙せても、いつか嘘や虚栄は露見する。
だから、『人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽くして人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし』(西郷南洲遺訓)ということだ。

人間の「心には五つの色がある。物質心、植物心、動物心(この三つは本能)、理性心」、さらに、霊性心があるという。
「波立った水面には月が月と映らない。しかし、水面が平らになれば、月は本来の月として映ずる。人間にも、その平かな水面のように天地を映し出す、つまり、天地を認める心がある。霊性心である」
この霊性心が発揮されると、理性で制御しきれない三つの本能心を初めて制御できるようになるという。
「霊性心を発揮するとは、自分の心が悪いと判断したことはやらない」ということだ。

人は社会の中で生きている。
だから、他人の目、他人の評価を気にするものだし、それは間違いではない。怠け心やずるい気持ちはそうすることで抑制される場合もある。
天地の理が他人の目とともにある場合、それはあるべき結果を導くし、他人と共に生きるのが社会の中で生きる人間だから。

ただ、時と場合により、社会というものが天地の理から一時的に離れてしまうような場合が仮にあるとしたら、そこは自己の本心良心に従いなさいということだ。
もっとも、そういう場合は、今日の社会では稀ではないかとは思うが。

『天下の広居室に居り、天下の王位に立ち、天下の大道を行く。志を得れば民と此れに由り、志を得ざれば独りその道を行う』(孟子)

そういう場合であっても、独り天地の理に沿った行き方をする。
本心良心に沿った生き方をする。
あえて他人を説得したり、強制したりするものではない。
天地の理はいずれ明らかになるのだから。

以下、本章で感じるところがあった言葉を抜き書きしておく。

「心で思い、言葉にしたことは実現する」

『かの天命(天地の理)を楽しみては、また何をか疑わん』『天のその人に災いするは、天未だその人を捨てざるなり』(陶淵明)

『成功の本(もと)を養うことに骨惜しみをしてはいけない。因を積めば果は自然と成るものだ』(小倉鉄樹・鎌倉夜話)
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# by bengoshi_358 | 2012-03-21 07:10 | 読書録
「言葉の氣力が人を動かす」(藤平光一) 第一章 〜言葉の力
「言葉の氣力が人を動かす」(藤平光一)
「第一章 言葉には無限の力がある」 

『名将は一言人を活かし、凡将は一言人を殺す』
「『またバカなことして。ホントにダメな子ねぇ!』と否定的な言葉を投げかけられた子供は、成長して人生の岐路に立った時、潜在意識は『どうせバカだから』となる」

これが真実だ。
そのことは、私が体験的に言えることだ。
小学校の低学年時代に貼られたレッテルは私を悩ませた。
5年生は本当にぎりぎりの転機だった。
A先生のお陰で私の10代は軌道に乗った。
10代は人生の基礎だから、A先生は私の人生の恩人だ。

ただ、大人になってからも、低学年時代の先生方の目や表情とともに言われた言葉や態度を思い出す。
これが時に私を消極的にさせる。
若い頃には過剰な自意識を生み、苦労をした。


『敷島の やまとの国は 言霊の さいわふ国ぞ 真幸くありこそ』(柿本人麻呂)
『あめつちも 動かすばかり 言の葉の まことの道を きはめてしがな』(明治天皇)

言霊だ。
これほど言葉を大切に、言葉の大切さを知る国民はあまりない(と思う)。

藤平さんは、中村天風師に師事した。
いろんな偉人に師事したようだが、第一章では天風師の引用が多い。

『積極的以外の言葉を使わぬように心がける…と、それが人生哲学の第一原則である暗示の法則を立派に応用したことになり、期せずして健康も運命も完全になる。…だから何遍も言うように、人々の心に勇気を与える言葉、喜びを与える言葉、何とも言えず人生を朗らかに感じるような言葉をお互いに話し合うようにする』(中村天風師・運命を拓く)

『人間の精神生命の中には、暗示の感受習性というものがある。だから、たった一言をいうのも、この暗示の感受習性というものが、必ず、自分が気が付かなくても、ものの声に応じたように感じる。感じると同時に潜在意識に対して、そのとおりの状態が働き出す』(中村天風・運命を拓く)

『その一言一語、その言葉のすべてが、人生に直接的に影響する暗示となる、という大事な宇宙真理を絶対に忘れないこと』(中村天風師・運命を拓く)

中村天風師の「運命を拓く」は、師が語られたことをそのまままとめられた本のようで、天風師の教えを紹介した類書に比べると、一貫したトーンで読みやすく、読み応えもある。(他には、宇野千代さんによる「天風先生坐談」、高価だが日本経営合理化協会から出ている3部作をお勧めしたい)(加えて、類書でくくれないのが清水榮一さんの本もいい)

脱線したが、言葉は人を活かしもするし、殺しもする。
このことは、大学生になってゼミの指導教員だったO先生から聞いたのが始めだ。「んなことあるもんか!」と思う自分があった。
その後、新約聖書で、イタリア軍だったか、百人隊長とイエスの会話で、軍では上位下達、全て言葉による命令で事足りる例からも、言葉が人を活かしも殺しもするという話を読んだ。

イエスの言葉で、「人の口からはいる物がその人を穢すのではなく、その人の口から出る言葉がその人を穢す」というものも読んだ。
天風師は、『その一言一語、その言葉のすべてが、人生に直接的に影響する暗示となる』と言う。
暗示は繰り返されることにより、潜在意識に蓄積され、その人の考え方の型となり、態度に影響し、行動を規制するようになる。

言葉の大切さ。
改めて知ろう。
自己卑下はやめておこう。
失敗や批判は前向きに、成長の機会としよう。

藤平さんは、合気道の総師範でもある。
そこで、氣の出し方も、この章で紹介されている。
「氣は厳しい修行の果てに辿り付くある境地に至らなければ出せないものではない。心が実在することを知っていれば、誰にでも氣は出せる」

「『指先から氣がほとばしり出ている。天地の果てまでほとばしっている』と心の中で思うだけで、伸ばした腕は曲がらない」

『重みは下』と言うだけでも氣は出るらしい。

「言葉には無限の力がある」という章には唐突な感じで出てくる氣の話だと思うかもしれない。
ちょっと書き方が不親切言えるかもしれないが、『氣も、修練で身につけるものではなく、言葉ひとつで素人でも出せる』ということ。言葉だけで。
『言葉の力』の具体例として、言葉で氣が出ることを紹介しているわけだ。

さらっと書いてあることだけれど、ここはびっくりするところだ。
合気道の先生がこれを言ってしまってよいのだろうか。
「道場にきて、指導を受けなさい。そうしたら、氣が出せるようになるでしょう」というのが普通のような気がする。

試して見ることだ。
私は試した。
草野球だったり、仕事でだったり。
落ち着いて、結果も上々。実力通りの結果。
実力通りの結果が出ないことが多いのが現実。
だから、実力通りの結果が出せることはすごいことだ。
次にすることは、準備の段階でこういうコツを導入、実施することで、実力を底上げすることだ。
氣を出すことで、勉強時間を長くでき、集中できるようになる。
準備が十分にできる。

『重みは下』
『私の指先、足先、頭の頂きから氣がほとばしり出ている』
『私は集中している』


そして、『◯に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-03-20 19:52 | 読書録
忍耐づよく 「トーチェ氏の心の法則」2-J
「忍耐づよく」2-J

「他人に対して忍耐強いことと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なことは、自分自身に対して忍耐強くあることだ」(トーチェ)

トーチェは、最後の章で励ましの言葉をくれる。

大きなことを成し遂げるに、一朝一夕で何かが変わるようなことを期待してはならない。
An Overnight Success は、他人から見て言えること。
成功した本人が道のりをよく知っている。

私はかつて、どうしてある人はすいすい何でもうまくやり、なぜ自分は何をやってもうまくいかないのだろうかと悩んだことがあった。
同じことを悩んだ先輩が、中村天風師、マクスウェル・マルツ、ジョセフ・マーフィーなどの本を読み、その悩みに対して自分なりの答えを掴み、長年足止めをくらっていた目標を突破したという。
私は、その方のいわれたとおり、それらの本を読み、その方と同じように結果が出るのを待った。

私も、その後2年を経過して、ようやく目標をクリアできた。
私たちの課題は、他人から言わせれば大したことはないかもしれないが、司法試験の合格だった。長らく成績判定の惜しいところで足踏みをしていたが、気持ちを、考え方を切り替えることでなんとかクリアできた。
司法試験は運やツキだけでは合格できない。しかし、大変な競争率で、運やツキもないと合格はできない。
負け犬根性が心身の稼働効率を低下させ、能力を減殺し、運とツキも奪い、悪循環になっていた。
だから結果が出るまでに時間がかかった。

もっと素直で無邪気であったなら、もっと早く結果をさせていたかもしれないが、分相応だったと思うことにしている。

その後、私は受験時代の最後に学んだことを十分に生かしきれてはいなかった。
あるときは、うまく活用しはしたが、肝心な時に使えなかったこともあり、その点は反省している。

ただ、私が学び、その結果細やかながらも一定の成果を得られたことは、実際的な効果がある。
トーチェは、私が学んだ事柄をうまく網羅的にまとめてくれている。
トーチェの本は古いけれど、今でも役に立つ。
もっと評価されてよいのではないかと思う。

さて、本題に戻ろう。
私たちは、通常は過去の延長線上で生きている。
考え方を、行動を変えなければ、今後も先は見えている。
しかし、私たちの考え方や行動パターンはこれまでの人生で刻み込まれたものだ。年齢がいっていればいっているほど、頑固であればあるほそ、その溝は深い。
新しい考え方、行動パターンが身につくまでには時間がかかる。それらが実を結ぶまでには時間がかかる。
だから、諦めず、忍耐強くあって欲しいとトーチェは言う。

「赤ん坊は一晩で大人にはならない」
「真夜中は一番暗い。しかし、その1秒後では既に新しい日が始まっており、間もなくあなたは暁の光を見る」(トーチェ)

トーチェは、さらに他人を羨んだり、哀れんではいけないという。
「現在のあなた、過去のあなた、または将来のあなた」だからだという。
そして、最後に、私たちを形造っている素粒子とそれを維持支配している力が太陽系の惑星や銀河系宇宙の太陽系の運行をも維持支配している力と同じであると述べる。

私たちは、与えられたこの身体と心を最大限に活用し、最大限にまで稼働効率を高め、与えられた目の前の事、物、人に対して、誠実に、一所懸命に対応して行くだけ。心に希望の炎を抱きつつ。

最後にまた「トーチェ氏の心の法則」を通読復習しておこう。

あなたの夢、目標が叶えられますように。
日々健康で明るく強く一所懸命に楽しく充実した毎日でありますように。
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# by bengoshi_358 | 2012-03-19 06:09 | 読書録
豊かに生きる トーチェ氏の心の法則・2-I
「豊かに生きる」2-H

『何かを欲して祈らば既に得たりと信ぜよ』ということがどれ程の価値を持つかということだ。

不足を思ってはいけない。
無邪気に既に得たりと信じ、すでにあるかのごとく行動する。

「我々は、自分の持っているお金が、時間が、精力が、運が、どんなに少ないか、とくよくよ考え悩むことで、自分で自分の監獄を作り上げている」(トーチェ)

お金がないと愚痴をいう前に、自分が持っているお金で買えるものを具体的に考える。

1万円ではブランド品が買えやしないと言っていたところを、1本200円のブランド品鉛筆が50本も買えるではないかと言う。実際にブランド品鉛筆を使ってみる(私は、子供の頃、普通の三菱鉛筆を使っていたが、書き味も見た目も別格で10倍くらいするハイユニが憧れだった)。
たとえささやかなものでも、そのジャンルで最上級の物を使うことで、自分が最上級の物に相応しい、最上級の物が自由に買えるのだという豊かな気持ちになれる。

自分でそれすらもできない時は、豊かな王様、お金持ち、束縛のない自由人の生活を思い描き、彼らと同じように感じること、考えること、行動することをイメージする。

潜在意識は、時、事、場所、人を区別しない。

だから、欠乏に焦点を当てない。
既にあるものに焦点を当てる。欲しいものに焦点を当て、既にその全部が手元にあるようにイメージする。一部、あるいは全部を連想させる別のものを具体的に入手して持つ。

「世界のトップレベルの経済学者たちの経済理論は、赤字に焦点を当てるため、結果的には、単にその累積を助長するようにしかならない」(トーチェ)

そういう経済学者に倣ってはいけない。
『既に得たりと信ぜよ』だ。

今ある恩恵に、そして欲するものの幻影に焦点を当て、既に今、『ある』ものとして感謝しよう。
欠乏感からは欠乏。
満足感からは満足。
繰り返し、増幅し、雪だるまにように大きくなってやってくる。

あなたが欲しいのは、欠乏か、満足か。
今ここで決断しよう。

『◯に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-03-16 06:00 | 読書録
成し遂げる トーチェ氏の心の法則 2-G
「始めたらやり遂げる」 2-G

「心によってつくられたパターンは、水源から海へと川底を抉りながら流れていく川のようなもの」(トーチェ)

我々は、子どもの頃からのパターンで、中途半端というものを持っているという。

それが、如何に仕方のない、不可避のものであったとしても、中断させられた経験に不本意だという感情と結びつく時、潜在意識には『どうせ最後までできない』『誰かに邪魔される』という溝を刻む。

心身が成長過程にある子どもや、心身のバランスを崩した人は、周囲の家族が介入せざるを得ないという場合があるものだ。
健康を害するまで遊びほうける、悪い仲間に誘われて非行に走る、拒食に過食傾向は、家族が介入しなくては、その人のその後の人生や文字通り命に関わる。
だから、家族は涙を流して介入する。
『こんなことで』という反発心が起こり、『中断させられた』という抽象化した記憶が潜在意識に貯まる。

この『中断させられた』意識は、成長し、健康体になっても無意識下に存在し、悪さをすることがある。
だから、心の掃除が必要だ。
潜在意識に記録された、阻害要因の除去が必要だ。
因みに、これを中村天風師の本では『観念要素の更改』と名付けられている。

まず、イメージで継続、持続的に勉強、研究、仕事し、達成している姿を思い描き、『やった、やったぞー!』『今日の予定をクリアしたぞ、しかも思ったより早く!』と呟く。どんなことでも、こういうメンタルリハーサルから始める。

次の方法は、実地訓練。
「比較的小さなこと、例えは『手紙を書く』『机の上を片付ける』というようなことから始める」とよい。
そして、それができたら、『よくやった、お前はすごい。やり通す人間だ』と自分を褒めてやる。

「『やる』といったことは必ずやり遂げる」ようにするのだ。

「『今までのような挫折は断じて許さぬ』と心に誓う」(トーチェ)のだ。

『○に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-03-15 06:09 | 読書録
すべては善 トーチェ氏の心の法則・2-F
「全ては善である」2-F

トーチェは限りなく優しい。
そして、限りなくお目出度いのであろうか。
いいや、これも徹底した功利主義、大きな損得勘定であり、積極の心に拠る。

「不幸に思えたことが大きな幸せに変わる」(トーチェ)

トーチェは『すべては善である』と考えようという。
人間だから、好ましく感じられる物、事、人ばかりではない。

人間は個体として生きている。
個として生き残るためには、是非善悪を弁別し、注意深く危険を避け、競争相手を潰していく生き方が生物の世界では一般的だ。
人間にも他の生物同様生存本能があるから、自分を守り、自分を大切に思う気持ちがある。
そして、子どものころの周囲の大人からの教えもあり、善悪二項対立的な考えを抱きやすい。

水戸黄門、ゴレンジャー、仮面ライダーは明快だ。
『どっちが悪者?』と尋ねながら、いいもんとわるもんを分けて行く。
少し前までのアメリカもそうだった。どこかの国でもそれが起こりつつあるのかも知れない。悪者を作り上げた方が都合が良い場合も少なくない。

トーチェは、人間の弱さを知っているからか、大きな損得勘定からか、人間のそういった傾向を批判することはしない。
ただ、「『悪』と思えることもすべて『善』へと伸展する」から、すべてを善であるとみなしてしまおうという。
悪者を作り上げて競い、時には過剰反応をして、悪者ではなかった相手を滅ぼすことがあったとしても、その結果と経緯、過程の中にある積極面をみていこうと勧めている。

ずっと大きな観点から観たら、実は、すべてのものは価値中立的。
『悲しい出来事があるのではなく、悲しいと思う心がある』という趣旨のことを書いていた人がいるが名言だ。
すべては無色。個々人の受け止め方次第。
どんな物事も単純に割り切れない。(ウルトラマンは、マンもガイアもコスモスも善悪で割り切れないものを知っていた点で異色の子ども番組だった)
神でも仏でもない我々には全てを理解することはできない。
ならば、まずは少なくとも結果として回顧するときには、そこに存在する好ましい点に焦点をあてていこうというのだ。

我々には未来に責任がある。
これからをどうしていくか、自身と家族とこの国と世界とに責任がある。
潜在意識についての知識があれば、悪を思うことで未来がどうなるかは容易に察しがつく。
潜在意識は、時、物、事、人を区別しない。
与えるものが受けるもの。
与える者が受ける者。
与える物が受ける物。
思わぬ時に、思わぬ形で自分に返って来る。

もちろん、破壊的な行為は存在する。
人間や生物、地球環境に危機を加える行為は存在する。
そういう行為は阻止するべきだ。
阻止はしても、感情に注意することが大切だ。
不当な行為には抵抗する。
抵抗はしても、呪ったりしないことだ。
相手にためにではなく、自分と自分に関わる人達のために。
過去の評価と現在の問題への対処には否定的な感情を排すること。
問題それ自体ではなく、解決、解決方法に焦点を当てていく。

『すべては必要、必然、最善の時期に訪れる』と書いた人もいるが、そのように考えて行くのが、自分と自分に関わるすべての人達のためになる。
今ここで自分にできることを一所懸命にやっていく。
あるべき理想の状態に心躍らせながらやっていく。
わくわくどきどきできないときでも、不平不満愚痴を言わないで淡々とやっていく。
『口からはいるものがあなたを穢すのではない。あなたの口から出るものがあなたを穢すのだ』ということを忘れてはいけない。
言葉の威力を軽んじてはならない。

すべての出来事には幸せの種が隠れている。
小さすぎて見えない時もあるけれど、それは確実に芽を出し、育ち、花を咲かせる。
心の目で花を見て水をやろう。

『◯に、俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-03-14 06:23 | 読書録
Yes,I can. 『わたしはできる!』と考えよう 2-E
「『できる』と考えよう」(トーチェ氏の心の法則・2-E)

「『私にはできない』とか『不可能だ』というたびに、あなたは自分自身を失敗へと運命づけている」(トーチェ)

潜在意識は、時と場合と人とを区別しない。
だから、何気なく言った『無理だよ』、『できっこない』という言葉が怖い。
自分の些細なことに、誰かの挑戦について否定的な言葉を描いたら、それが自分自身の大切な場面で再現されてしまいかねない。
時と場合と人とを超越して、否定的な場面を引き寄せてしまう。
『引き寄せの法則』はマイナスにも働くというわけだ。

中村天風師の本で『積極(せきぎょく)一貫』という書を書かれ、そしていつでも『どんな場合があっても自分の心を積極に保ち、積極的な言葉しか口から出さない』とあったのを思い出す。

タイガー・ウッズはかつて誰にも負けないゴルフ選手だった。
彼は父親から幼い頃から、否定的な観念を持たないように教えられた。
相手選手、競争相手がショットやパットを打つ時にも、大抵の人は『外してしまえ!』と念ずるが、タイガーは、『上手く打て、入れろ!』と念じていた。
競争相手がベストを尽くし、自分もベストを尽くし、自分が最高の成績を残して最後に勝つのだと言い聞かせ、そういうイメージを繰り返し描いていたという。
これは真似していい。真似をするところだ。

トーチェはタイガーのようにいきなりやれない人にも救済策を提案する。
自分のことを高く評価できないでいる人でも、『負けるもんか』というくらいは言えるでしょう、と。

「今のあなたの心は『自分はすでに成功している』という確信をまだ完全に受け入れられないかもしれないが、『簡単には失敗しないぞ』とか『そう簡単には負けないぞ』と宣言することはできるはずだ。このようにして否定を肯定へと次第に転換していくことができる」(トーチェ)

『負けてたまるか』、『やったるでぇ!』と言おう。
競争相手のことは考えなくていい。
タイガーのように競争相手のために祈ることなんて、すぐにできなくていい。
まずは自分。
『負けるもんか!』の何苦楚魂。

そして、それからでいい。
宣言しよう。
『◯に俺はなる!』
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# by bengoshi_358 | 2012-03-13 05:45 | 読書録
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