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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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精神のサイズを上げる 〜「魂の演技レッスンCLASS13・アクションにサイズを」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS13・アクションにサイズを」(ステラ・アドラー)

「想像力を使い、クリエイティブになる。共感する。そして、人生の意味を深いレベルに引き上げる」

ステラは、受講生に対して、人間としての精神のサイズを上げるよう指導していた。

人間としての精神のサイズを上げるには、ぐだぐだ、だらだらと惰性で生存しているのではなく、主体的に、意識的に他者や自然から何かを感じ取って行動に反映させて、共生するような生活をしていかなければならない。

「あなた方の中には真剣に身を入れて物事をしない人がいる」とステラは受講生に言う。

とても厳しい教師だ。
厳しい教師を敢えて演じているようだ。

この章では、1936年パラマウント映画「Love on Toast」での恋人と電話で話す場面のスチル写真が紹介されているが、その可愛らしく、吸い込まれてしまいそうな楽しそうな笑顔の瞳を見ると、同じ女性が話しているとはとても思えない。

ステラは、いくつかのアクションと、そのアクションの違いを細かく説明する。

そして、「自分の性格からかけ離れたアクションを十個考えて演じてみる」という課題、「祈る。悲嘆する。口論する。これらを3つの異なる世紀別に演じ分ける」という課題を与える。

「イマジネーションで作り出したものに刺激を受ければアクションができる。想像したのにアクションがそれと合っていないなら、演技のプロとは言えない」と挑発する。

ステラは、饒舌に、受講生のやる気と才能を引き出そうとしている。
これは、人前で話す役割がある人には参考になる。

そして、演技するということ、役割を演じるということ。これは、何かを変えたい、変わりたいという全ての人に役立つ訓練になると思うし、気づきを与えてくれると思う。

演劇のクラス、各地のカルチャーセンターでもあるから、覗いてみたら面白いかも知れない。

話すこと、演じること。
これは、現代社会では、全ての人が大なり小なり、日常的にやっていること。

演劇のスキルやマインドは、きっと日常に役立つはず。少なくとも、学べば楽しくなる。

私には、ステラのこの本を読むのが楽しくて仕方ない。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-23 14:11 | 読書録
細分化して演じる 「魂の演技レッスンCLASS12・アクションを複雑化」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS12・アクションを複雑化」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「トスカニーニはこう言った。『さあ来い、ベートーベン。あんたが分かった』その前にこう言ってくれたら嬉しい。『ベートーベンって何が言いたかったのかなあ?』って」

かつて質問力という本が流行した。
何冊かのうち、二冊位は読んだ。

最近、数マスに記した質問から自分の内心の願いや目標を見出すという、ノウハウについて知った。

何でも質問から始まる。
質問は紙に書くのがいい。
マインドマップみたいに、質問が質問を生む。
そして、適切な質問をした瞬間に答えが出るか、答えに向かった正しいアクションに着手できる。


「どんな単純なアクションをする時も、何かを足して複雑にせよ。小さな動作が増えれば意識を集中させる機会も増える」
「アクションは小さな真実でできている」
「細かいところにリアリティを求めながら動く」

この一連の言葉は意味深い。

我々の生活においても、小さなアクション、期待された、希望するアクションを細かくし、あるいはその前後に必要となるはずのサブアクションを加え、できるだけ自覚的に行う。

何事も自覚的に意識的に行うことで、目標を再確認、再認識し、小さなアクションを行うたびに頭にインプレスしていける。

小さなアクションを行うたびに、これは目標の何とかを達成するためのアクションだと自覚、認識を新たに、強めていく。

目標にリアリティが生まれ、日々が目標のリアリティで埋め尽くされていく。

『成功者を演じなさい』とは、昔、予備校の先生から教えられた。
成功者、合格者、メダリスト。
彼、彼女ならどうするかを考えて、とか。
でも、そうではなくて、日々彼、彼女になりきるのはどうだろう。
彼として、彼女としての行動をする。
彼、彼女として、自覚的に、意識的に。リアリティをもって。


「与えられた状況の中で生きることにより緊張が解ける」
今、ここ。
今を生きる。
小さなアクションに心を込める。
今の心。
今ここの心。
小さなアクションに念を入れて生きる。

全ての道はローマに続く。

ステラの本は演劇の教科書であり、生き方の教科書でもある。



iPhoneからの投稿
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# by bengoshi_358 | 2012-05-22 16:32 | 読書録
行動の背景にある動機を意識する 〜「魂の演技レッスンCLASS11・行動に理由付け」
「魂の演技レッスンCLASS11・行動に理由付け」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「『私は何故これをするのだろう?』そう考える習慣をつけよ」
この章も大変力がある言葉が並ぶ。

全てのアクションを演じる際に「行動の理由」と「本心」を意識するということ。
ヴィパッサナー瞑想や天風師の何事もはっきりした気持ちで行うという教えを思い出す。


「全てに理由が必要。理由のモーターは止まらず動き続ける。そのモーターが止まったら、あなたの演技は死ぬ。死んだ空気は観客にも伝わる」

「理由を考えることで、事実は体験に変わる」
体験に裏打ちされた言葉や行動には力があるということだ。


「脚本に書かれているのはアウトラインだけ。俳優はそれを劇にしなくてはならない」が、ニュースレポートではなく、観客に感動を与える劇にするのは、「理由」「本心」を意識したアクションなのだ。



さて、俳優ではなく、俳優を志してもいない我々は何を学べるだろうか。

我々の人生は、初めからおおよそで決まっている。
いつ、どこで、どんな家庭に生まれたかで、制約がある。
しかし、そんな人生の脚本もアウトラインだけ。

我々一人一人の選択した行動によって、我々の人生は完成する。

そして、我々の行動の前に、行動と同時に、心の動きがある。
心の動き、感情までも自身で選択し、意識しながら行動ができたら、外形的には何も変わらぬ同じ行動であっても、触れたら切れる名刀か、触れば弾き飛ぶメガトンパンチの威力が備わる。

意識的な行動を増やす。
はっきりした気持ちで行動する。
天風師の本、『成功の実現』で読み、また同師の講演音源でも聴いた。
今、ステラの本で、はっきりした気持ちは、多分、はっきりした感情なのだと理解した。

今、あなたは何をしている?
次に、何をしようとしている?
どんな理由で?
あなたの本心は?

意欲をもって、わくわくどきどき、心から行うアクションを増やして行こう。
それがわくわくどきどきした人生、幸福な人生、『成功の実現』のキモ。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-21 11:08 | 読書録
「魂の演技レッスンCLASS10・アクションを豊かに」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS10・アクションを豊かに」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「パブロ・カザルスとあなたとの違いは何か?カザルスは、何事も小さくないと知っている。全ての音を等しく大切に扱う。そこに違いがある」

「99パーセントを捨てても、舞台でやるには100パーセント足りている」(スタニスラフスキイ)

「どんな時も、劇を自分の中に取り込んで欲しい」

この章では、具体的なシーンを演じるエクササイズが紹介されている。
本当に俳優になりたい人が独習したり、仲間と学ぶに役立つ作りになっている。
(小学校の同級生で、俳優で歌手、今や演劇の制作、指導側もする大村波彦くんも、この本を勧めていた)

読んでいるうちに、自分も演技してみたくなるほど、気合が入った指導が再現されている。

どんな仕事も、まずは思い入れ。
演技の仕事は大変だ。
次から次に、あるときは同時にいくつもの役に思い入れ、自己投入していかないといけない。

医師でも、我々でも、何かサービスを提供する仕事もそうかも知れないが、個々具体的な病気、紛争、サービスにで何とか充分であり、クライアント個人にではない。
俳優の場合は、露骨に歪な人格の役、人間に自己投入するのだから、尋常でない精神のタフさが必要そうな気がする。

でも、ここは参考になる。
個々具体的な仕事だけでなく、個々のクライアントにもほんの少しでも自己投入ができたなら、クライアントの満足度は上がるだろう。
人間関係も上手くいくかもしれない。
但し、自身の精神を十二分に鍛え上げ、維持していかないと、実際に少なからぬ俳優(能力の高い俳優)が仕事の後に(名演の後に)バランスを崩すと言われるように、精神の安定を維持できなくなる危険もあるだろう。

自分磨きと仕事やクライアントへの自己投入。

反芻し、倣いたい。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-18 11:36 | 読書録
「魂の演技レッスンCLASS9・回想する」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS9・回想する」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

この本はどの章にもぐっと心を掴む珠玉の言葉がある。
俳優を目指す人でなくても(私も目指しているわけではない)、どんな人にもためになる。

それは他者とコミュニケーションをとって生きている人間であるから。
そして、この本が他者に自分の言いたいことを効果的に伝える技術と考え方を教えようとしているから。

他者に誤解なく言いたいこと、事実を伝える技術については、学校教育や職業教育で学んで行く。
しかし、事実を超えて、自分の思いを効果的にシェアする技術は、学校や職場では必ずしも学べない。
説得したり、共感を得たりするには、事実を正確に伝える技術だけでは少し足りない。
そういうことを体系的、系統的に指導してくれる場所はそうそうはないけれど、演劇は実はそういう場なのだという気がする。

言葉と表情と動作を効果的に使い、受け手の五感を刺激し、意図する認識と感情を掻き立てて、自分の世界に引き込んで行く。世界を共有化させる。
チームワークや組織や社会を成り立たせている根幹にあるものが、それなのだ。
強いチーム、組織、社会にはそれが感じられる。
(強く意識されるようでは本物ではなく、カルトやファシズムだろうが、感じられていなければバラバラで弱く成果を生まない)
リーダーは、うまく周囲を巻き込んでいかなければならない。
社会の中で何かを得たい、与えたい、残したいというならば、技術も備えておかなければ、意図が誤解されたり、届かなかったり。

これは人間のコミュニケーション技術についての本だとも言えるのだ。

この章では、回想について語られる。
回想はごく個人的な体験の一人語り。
自分の夢を過去の体験というお盆に乗せて提示する行為。

「心の中ではっきりとした絵を描きましょう」
「過去の回想に生命を与える」

これは、他者と何かをシェアするときに心がけたいこと。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-17 11:37 | 読書録
「魂の演技レッスンCLASS8・議論する」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS8・議論する」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「イプセン以来、観客に考えることを迫り、人生の意味を深く問う目的で、戯曲には少なくとも二つの価値観が描かれるようになり、そのため議論ができる俳優が重要視されるようになった」

そこで、ステラは議論の(演技の)仕方について語る。

議論と言えば、まさに我々の仕事。
互いのクライアントのために、相手方と議論を闘わせる。


「『口論する』は『議論する』の発展形。相手の発言を聞きはするが、本当は聞いていない。『口論する』が、さらに発展すると相手の話が耳に入らない『けんかする』になる」

たまに、同業者の中にも議論の発展形で物を言ってくる人がいる。
これには閉口するが、一覧性のある図表を作って示したり、分かりやすい書面作りを心掛け、前提事実を理解していただくように努力する。


「アーティストとして成功する人はテーマに普遍性を見出す。芸術を目指すなら自分のエゴを持ち込んではならない」

最後は、この領域に達したいものだ。
どの分野で働こうと、我々は生来的に表現したい性質を持つ人間で、すべてみなアーティストなんだと思うから。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-15 20:34 | 読書録
「魂の演技レッスンCLASS7・身体と声をコントロール」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS7・身体と声をコントロール」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「身体を意図的にコントロールできるようになれば、それに従って自然に動作ができるようになる。身体が動きたがる方向が意識できれば、あなたの動作にリアリティが生まれる」

とても味わい深い言葉だけれど、いくつかの単語を別のものに置き換えてみよう。
身体 → 心
動作 → 人生における行動
リアリティ → 力、成果

心を意図的に操作できれば(環境変化や出来事に合わせて泣き笑いするのではなく)、意図して得た感情に従って自然に効率よく行動できるようになる。
心が動きたがやる方向が意識できたら、あなたの行動には力が伴い、成果を見る。


我々は、思い込みや、周囲の環境に対応して、泣き笑いし、その時々に浮かんだ考えで行動しがちだ。

ステラは、演技のプロを養成する講座の指導者。
彼女は、想像力を用いること、そして十分に準備しておくことを繰り返し語る。
頭の中で想像力を働かせ、演技ではなく、その役を生きることを教えているかのようだ。

その役の人物になりきること。
そのために、十分に考え、感じ、その人になる。
そのためにする訓練の時間を惜しんではならない。
「『2本の指が曲がりにくい』と設定し、料理する時や食べる時に行う3つの動作を選んでやってみる。身体で覚えたら、次は物を使わず、イメージだけで再現する」

発声のためには姿勢にも注意することを覚えておきたい。
「身体の姿勢に対する意識も大事。発声に大きく影響する。大きなパワーが出る姿勢は決まっている」

この章で、特に面白かったのが、動物になる訓練だ。
「動物になるエクササイズは、社会的なマスクを取り除き、自由になるのが目的」
ローレンス・オリビエも、この訓練を行ったそうだ(シェイクスピア『タイタス・アンドロニカル』での名演の前に)。

それと、行動と動作の重要性。
「行動が人物を表す。感情は行動の結果生まれるものだ」

元気になりたかったら、元気の良い動作をする。元気良く大股で歩く。
動作や行動は、脳にプログラミングされた感情を実行する操作だ。
手足、身体、表情は、キーボード。

「身体を意図的にコントロールできるようになれば、それに従って自然に動作ができるようになる。身体が動きたがる方向が意識できれば、あなたの動作にリアリティが生まれる」という冒頭の言葉。
身体→動作・行動→心ということであって、身体も心も同じひとつ。
つべこべ言わずに、なりたい気持ちの動作や行動をしたらいいわけだ。

ぼやく前に、元気になろう。
愚痴を言う前に楽しくやろう。
人間にはそれができる。

あなたにもそれができる。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-14 11:26 | 読書録
メリハリをつけて我が道を行く
久々に涼しくて爽やかな朝だった。
日中もきりりと引き締まった空気。

メリハリをつけていこうと心改まる。

やるときはやる、と切り替えて行く。
その日、その週、その月で指導原理を切り替えて行く。

クリス岡崎さんの最新刊を思い出す。
テーマに沿って、日々、週ごとに、月ごとに自分の中の指導原理を切り替えて行く。
これは意識して行うといい。

クリス岡崎さんの分類では(トニロビ=アンソニー・ロビンスの分類か?)、自由、安全、正義、愛、貢献、成長。

両立が難しい原理二つは同時に考えない。
正義(人を裁く欠点有り)か友愛(基準を見失う恐れあり)か。
自由か安全か。

成長、(できることはするレベルの)貢献は常に志して。
成長が第一。
自分が成長するか、目標に近づくかどうかという観点を常に第一に。

学生向けに書くと、
勉強・個人練習日は、成長+正義+自由。
試験日は、成長+正義+安全。
部活時は、成長+友愛(時には正義)+自由。
発表会や試合時は、格闘技以外なら、成長+友愛+貢献+自由で、格闘技なら友愛の代わりに正義か。

一人ですることに限っては、正義でいい。
家族、友人との関わりを多くしたい日は友愛。
若い時は、安全より自由でいい。
試験日、明らかに危険が予測される時は別として。

日本は四季のある国。
メリハリのあるのが、日本人に合う。
年間だけでなく、週間、一日のうちでもメリハリをつけて行きたい。
君子豹変す、という諺もある。
指導原理が変われば、他人からの見え方が変わっても仕方が無い。

まずは、我が道を行こう。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-11 17:51 | 日々雑感
「魂の演技レッスンCLASS6・劇の世界を自分のものに
「魂の演技レッスンCLASS6・劇の世界を自分のものに」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「出演前の待ち時間を有効に、心穏やかに過ごす方法はただひとつ。『舞台に登場したら行うアクション』に意識を集中させること」

「舞台に出て緊張するとしたら、準備不足が原因」

これは、誰にも当てはまる。
法廷で、教壇・演壇で、プレゼンの場で、パーティー会場で、ありとあらゆる場所で同じこと。
中途半端に準備するから、中途半端に知っているから、緊張する。
そこそこに能力ある無知な素人の方が強かったりする。
中途半端が勝手に負けてくれるから、ビギナーズラックも起こりやすい。

「雰囲気やムードで演じようとしてはいけない。雰囲気でものを語るのは技術がない証拠」
人は、すべてのことを言語化できる力を持つ。
言語化できないのは、能力不足か、努力不足、思いやり不足。
我々は、必要に応じて、事細かに説明し、でき得る限り誰にも理解できる言葉で語ろう。


「作品を深く理解して伝えなければ、演劇なんてただのジョーク。独りよがりのお遊び」
事件を、プロジェクトを、仕事を、そしてそれらの意味を、顧客にとって、自分にとっての、関係者にとっての意味を、深く理解して関わらなければ、すべてお遊びになる。

「あなたが見るものと想像するもの。それが俳優の身を守る甲冑、鎧兜。その甲冑、鎧兜にどれだけ強い威力を持たせるかは、あなた次第」
想像力をもって準備しよう。
よく観察しよう。
分析しよう。
それが、我々を守る鎧兜となってくれる。


「劇に描かれている世界を観客に信じさせることが俳優の仕事。演じる者が完全にその世界に没頭できた時、自分が行っているアクションに没頭できた時、観客は俳優と共に同じ世界を体験できる」
事件の見たて、プロジェクトの筋、仕事の流れ、最終結果を当事者、顧客、裁判官、関係者、関わる全ての人々の脳内にリアルに投写し、巻き込んで行く。
世界を共有できれば、その仕事が無駄に終わることはない。

準備をしよう。
心の目で見よう。
考えて考えて理解して、伝え方の細部まで詰めておこう。
理解すること、理解したことを伝え、同じものを見て、同じように感じてもらう努力をしよう。

舞台に上がる前にほとんど勝負はついている。
奴隷のように準備して、王者として演じよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-10 09:31 | 読書録
「魂の演技レッスンCLASS5・イマジネーションを豊かに」
「魂の演技レッスンCLASS5・イマジネーションを豊かに」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)


「俳優をやるなら、生きていることの素晴らしさを観客に伝えなさい」

ステラは、俳優の仕事は、観客の感情を掻き立て、人生の、命の素晴らしさを伝えることだという。

そのためには、自分自身が人生の、命の素晴らしさを実感していなければならないのは当然だ。

感動を与えるものもまた感動に生きていなければならない。

だから、「事実だけを見ていてはだめ。一つ一つのものに命があるんだとあなたが気づかなくてはいけない」ともいう。

気づくため、理解するためには、精神の柔軟さ、想像力が不可欠だという。

ステラは、俳優としてのスキルだけでなく、人間の存在そのもののあり方についても教えている。


人間は社会の中で存在している。
他社への理解や共感なくしては世の中は回っていかない。
そして、現代社会では、共感力というのが力強い武器になると言われている。
人々が求めているのは、物ではなくて、感動。
商店でも、レストランでも、製造業でも、顧客は感動を求めている。
それに確かに応えていける者だけが生き残る。
そのベースは想像力。

想像力は、芸術や道と名のつくものが役に立つと思う。

想像力は創造力でもある。



「あなたが心の目で見て描いたこと。それらは全部あなたのもの」
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# by bengoshi_358 | 2012-05-09 09:54 | 読書録
GW中の読書 まとめ
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GW中は、何かと雑用があり、読書くらいしかできなかった。

読んだ本は、画像のとおり。

勝間さんの本は久々に面白かった。
普通は、こういう打ち明け話は書かないけれど、普通には聞かれない話を聞かせてくれるのが勝間さんの凄いところ。嫌味なく、赤裸々に語られるこれまでの数年間のこと。
著書とツィッターだけではうかがい知れなかったことを驚いたり、納得したり。
この本の中でも書かれていたけれど、勝間さんの凄いところは「言語化能力」。
普通の人が書かないような内容を「言語化」する。
普通の人とは違った切り口で「言語化」する。
そして、読者に得をさせてくれる(自分のことでも、自慢話や不幸話ではなく、読者に自分が掴んだヒントやコツをシェアしようという姿勢が常にある)。


菅下さん、シーボルトの本は常に学ぶクセ付に役立つ。
どちらも、自分自身や他人にも厳しい人のように感じられる。
コントロールできるもの、ことは、きちんとコントロールしていこうという思いにさせられる。
計算できることは計算で詰めていく。
計算で、いざという時、計算ではどうしようもない物事や出来事に対処できるだけの基礎力を付けておくべきことを思い知らせてくれる。

勝間さん、菅下さん、シーボルトは、クールだ。
勉強する。
計算する。
計画する。
しかし、計算でできないことを知っていて、そこで新たな選択をしてチャレンジしていく。


見倣うべきは、せめて「勉強する」こと。
勉強するから、計算できるようになる。
計算や計画でできることは、省エネでできるようになる。
スキルが上がる。
チャレンジはそこからだから。



バーバラの本は書き出すことの大切さを教えてくれる。
徹底的に計算でできることは詰めていく。
紙に書きだして、詰めていく。
詰めていくうちに、新たな発見も生まれる。


クリスの本は続けるコツと嫌味のないトークを再確認。
読んだ本の中で一番テキトーな本みたいだけれど、筋が通っている。
一番手軽に、手早く読めてしまうので、ソンしたみたいな気分だけれど、この本も得をしたと思う。
「徹底的に計算でできることは詰めていく」ためのコツがわかった。

不平不満を言う時間があるならば、勉強をしよう。
本を読もう。

そして、その先。
美術館に行こう。
コンサートに行こう。
武道や茶道、「道」と名のつくものに触れよう。

やりたいと思うことをやってみよう。
始めてみよう。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-07 14:06 | 日々雑感
「魂の演技レッスンCLASS4」
「魂の演技レッスンCLASS4」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「ただ日常生活を送るだけでいいなら、無意識、無頓着でいいんです」

この章では、リアリズムを論じている。
観客を魅力するリアルな演技をするにはどうしたらよいか、ということだ。

それには、やはりまず準備。
キャラ、場面、小道具、全てについて想像を巡らせ、意味付ていく。


「イタリアの名優サルヴィーニは開演の3時間前から舞台を歩いて回った」

舞台は、人生の舞台と同じ。
『あなたは人生という物語の物語作者、兼主演男優』と、ジョセフ・マーフィーが書いていた。


「舞台はずっとあなたの味方。決してあなたを捨てない。舞台に立つにふさわしくありなさい」
『人生はあなたを捨てません』と、加藤諦三先生がラジオで語っていた。


私たちは、ただ食べて、飲んで、寝て、年を重ねるだけか?

それ以外にすることはないか?

魂が打ち震えるような感動体験をして、人として、魂として、成長すること。
これが生まれてきた意味ではないのか。

そのためには、日々が学び。
日々が準備。
日々想像し、考えて、実践する。
日々挑戦する。

人生の舞台に立つにふさわしくありなさい。

それとも、傍観者としての生涯に甘んじますか。

そう言われているような気がしてならない。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-07 13:43 | 読書録
「人生のシナリオを書き換える法」(クリス岡崎、三笠書房)
「人生のシナリオを書き換える法」(クリス岡崎、三笠書房)

昨晩、寝る前に一気に読んだ。
実は本屋で立ち読みした本。
5分で読める平易さ。
書きぶりは饒舌体のアンチャン風。

しかし、見習うべき点は幾つかあった。

クリス岡崎さんの本はいつもそう。
内容はあっさり、読み飛ばせる。手軽な自己啓発本に分類される。

それでも買うのは、見習うべき点が必ずあるから。

この本でも、類書の引用みたいな文章はある。
それを自分なりに消化し、切り口を変え、新しい意見や視点にしているものが数カ所。

かねがね、考え方を変え、行動を変えれば、未来が変わると言われるが、実際に未来を変えた人は身近に少ない。

クリスは、続けるのが難し胃からだという。

そして、続け方、続けるコツを教えてくれる。


行動はもちろん、考え方を習慣になるまで続けるのは難しいし、だからこそ未来を教えていくのが困難なのだ。

天風師の教えには考え方を習慣化する方法もある。
「俺は意志が強い!」というように暗示をかけるやり方だ。

クリスは、考え方を生み、考え方の志向を規定する根本的なものを6つの原理に分類する。

自由
正義

安全
成長
貢献

人間は大抵がでこぼこ。
ときにアンビバレントな状態で力が発揮できない。

クリスの凄いところは、この6つから3つくらいだけ選び、例えば、試験までの3か月、1年は他を考えないようにする、という提案をしているところだ。

本当は、これらがバランスよく備わってこそ、立派な人間だ。

しかし、効率的に成長させるには、時には一点集中。多くて3点まで。
期間限定でやる。
期間が終わったら、不足を補う。

これほど合理的なことはない。


実は、私は受験生時代がそうだった。
成長、自由、貢献を取り、愛は捨てていた。
それで、勉強面では成長できた。

但し、その後切り替えに苦労した。

苦労しないためには、この6つの指導原理の切り替えを意識的に行うのがよい。
いびつな人間にならないために、バランスよく、確実にまわす。

そうすることで、様々な必要を効率的に満たしていくことができる。

日替わり、月替わり、年替わりで、指導原理を変えていくのだ。意識して。


あと、この本からは、読みやすい仕掛け、サービス精神を学べる。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-02 14:08 | 読書録
「Class2 見ることからすべてが始まる」(魂の演技レッスン22、ステラ・アドラー)
「Class2 見ることからすべてが始まる」(魂の演技レッスン22、ステラ・アドラー)

この章では、誰かに何かを伝えるためによく見ることの大切さが語られる。

それは、演劇を志す人、俳優が気をつけておくべきことで、我々には無関係であろうか?

我々の仕事は人の中で、社会の中で意味を持つ。
モノづくりであっても同じこと。
「伝える人がなくては誰が知ることができるでしょうか」という世界だ。
どんなに良いものであっても、正しく伝えないと、分かってもらえない。

「分かる」、というのはすごい日本語だ。
「分けて」「知る」こと。
「区別」される存在になること。
「個体識別」されること。

現代は、情報洪水の時代だ。
その中で、知ってもらう、分かってもらうためには、「伝える技術」を学ばなくてはならない。

「物事をいきいきと見て、見たものを再現し、伝えられるようになってください」
伝える前提には、よく見ること。
これは当然のようで、案外そうではない。

「目に見えるもの、分かるものを共有するためには、エネルギーがいる」のだ。
場当たり的では力が足りなくなる。
「常に学び準備すること」しかない。

よく見て、想像し、「宇宙と歴史、その全てを学びの場」とする。

ステラは、宇宙=他分野、歴史=シェイクスピアよりずっと以前からの演劇の歴史から学べという。

我々も同じではないだろうか。
他分野での成果、業績、背景にある物語に学ぶ。
そして、自分の分野の歴史に学ぶ。原理原則は時代に左右されない。

自然な感情を込める。
これは、俳優以外でも適度には必要だ。
なぜなら、感情を込めることで用いられる言葉が適切に選ばれ、同じ言葉に力が増して印象を残す言葉になるからだ。

そして、できるだけ「素朴な言葉」を使うようにする。
俳優では脚本の制約があるだろうから、許される限度でということだろう。
制約の無い我々は、なおさら「素朴な言葉」を選んでいくべきだ。

よく見よう。
よく聞こう。
感情を分かち合おう。
そして、素朴な言葉で語ろう。

さて、何をよく見ようか?
何をよく聞こうか?
誰と感情を分かち合おうか?

お客様、依頼人?
生徒?
調停委員?
裁判官?
患者?
スタッフ?

何がしたい?
どうなりたい?
目的は?

日々を、瞬間瞬間を、できるだけ意識して生きること。
俳優志望者だけでなく、誰にも当てはまること。
心していきたい。
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# by bengoshi_358 | 2012-05-01 17:47 | 読書録
「魂の演技レッスン22」その1(ステラ・アドラー、フィルムアート社)
「魂の演技レッスン22」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「出身地も社会的身分も違いますね。でも、このレッスンを受けている理由はひとつ。才能があるからです。本当よ。何かをやりたいと思う、その何かから才能が芽を出します」

まだ、読みかけのこの本。
ページをめくる度にわくわくドキドキする。
俳優としての成功を夢見る演劇クラスの生徒に向けた講義録だけれども、色んなことを学ぶことができる。

物事に取り組む姿勢。
中身、心、精神を充実させる必要性。
向上心を維持するコツ。
負けない心。
話の組み立て方、講義の仕方に人の心に火を付ける言葉。

演劇クラス?
関係ないよ。
そう思うかもしれないけれど、ステラが語る言葉は、上辺のテクニックではなく、もっと根本にある哲学、生き方に関わる。
そして、それは他のどんな分野にも当てはまる。

「自分自身を良いと思えない俳優は一生惨め。この惨めさは、お金をいくら貰ったって消えない!拍手を貰ったって消えない!自分はアーティストだ、俳優なんだと実感や自信があなたの中から生まれた時、あなたは成功したと言えるのよ」

「俳優には不安が付き物。成長し続けてこそ不安はなくなります」

「身体の全てを曝け出すことが俳優の仕事なの。舞台に立つ。スポットライトを浴びる。一挙一動が凝視され、隠れる場所がありません。隠れたいなら俳優をお辞めなさい」

「俳優がやることには、全て結果がついてくる。『捨てる』台詞なんて存在しないの。全ての台詞は一行ずつきちんと敷かれているの。オリエント急行の路線みたいにね」

「2足す2は4。どうってことのない計算よね。でも、声に出して言う時、『何万年もかけて見出された真実を明らかにするぞ』という意図を持たせることもできる。俳優の表現にはそれが必要なのよ。だから、サイズを身に付けて欲しいのです」

「舞台に立つ時には、全世界に伝えるんだという意識が必要なの。『どうしてもこれを私に言わせてくれ。世界中の人に聞いて欲しいんだ』という意識があってこそ、舞台に響く声が出る」

「あなたは俳優になろうと決めた。それは心の底まで傷付く仕事なの。でも、痛みから逃れることは死ぬことよ」


ここに出てくる、「俳優」は「弁護士」にも置き換えられると感じた。
多分、他のあらゆる仕事、心を込めてやるべき仕事に置き換えることができると思う。


殺し文句が多く、付箋や線引きが多くなる。
どれを引用しようか迷うほどだ。

全ての人にこの本を推薦したい。
是非、買って読んで欲しい。
俳優にならなくてもいいけれど、少なくとも、あなた自身の仕事、人生を思い通りに生きるためのコツやヒントは山ほど得られる本だと思う。


「私も皆さんと同じ社会に生まれ育ちました。でも私は社会に飲み込まれなかった。食われなかった。プレッシャーをかけられた。でも抜け出した。皆さんも社会に飲み込まれないでください」
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# by bengoshi_358 | 2012-04-28 23:09 | 読書録
補足 「自己催眠術」(平井富雄、カッパブックス)
身体のリラックスは、脳の稼働効率が高まることにつながっていく。

「筋肉の電気活動、電気放電が減少すると、脳に向かう(求心性)刺激の頻度が少なくなって、脳の刺激を受け止める負担が少なくなる」からだ。

坐禅や瞑想と同じ。
じっと続けていくと、自分の身体の意識が薄れていく。
自分が世界に浮かんでいる感じになる。

できるだけ身体のエネルギーを脳に集中できれば、脳の稼働効率が高まるはずだ。
思考力、想像力は高まり、仕事や研究、勉強の課題の着想が湧く。

経営者には瞑想が流行っているという話を聞いて久しい。
以前、藤原直哉さんの講演会後の二次会で、藤原さんのインスピレーションの素がどこにあるのかと、瞑想についてお聞きしてみた。

藤原さんの場合は、研究調査しながら、講演で話しながら「瞑想状態」になることはあるという。だから、意識的な瞑想はされないとのことだった。

藤原さんは別格。
凡人の私は心がけてみよう。
忙しいときこそ、一歩下がってエネルギーチャージ、脳を喜ばすことをしよう。 瞑想だけに限らず。
意識して、 リラックス状態を作っていくようにしたい。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-25 12:06 | 読書録
「自己催眠術」(平井富雄著・カッパブックス)
「自己催眠術」(平井富雄著・カッパブックス)

石田行仁さんの心身医学から派生して、また自己催眠系の本を読んでみた。
著者は東大医学部卒、東大分院神経科外来部長、平成5年没。

心理学も好きだが、中でもセルフコントロール系。

結局、心身の稼働効率を高めていきたい、高め続けたいという欲求があるのだろう。
現に関わっている仕事や勉強をする。
同時に、効果的、効率的に遂行し、習得できるようにしたい。
仕事や勉強は、そういう場に身を置くことで自然とやっていく。やらざるを得ない。
しかし、基礎的な勉強のための勉強は折に触れて、本業の気分転換として続けたい。

さて、カッパブックス。
昔、一斉を風靡した新書だ。
同様の新書は、他に、ワニブックス、ゴマブックスがある。

昔は、簡単に本にならなかった。
確かな学識、見識が必要だったのか。
こうした新書、雑魚本の類でも、どの著者も確かな人物のようで、専門的水準は意外に高い。
筋電図、心電図によるエビデンスの紹介があり、理論的裏付けも詳しい。

この本は、自己催眠療法の手順がわかりやすく解説してある。
ビジネスマン向けなので、下の方の話(当時はキャッチーなトピックだったのだろう)が少なくないので、成人向けかもしれないが、若い世代にも読んでもらえるような工夫が欲しい。
だって、100刷近いロングセラーなんだもの。
あまりにもったいない。

藤平光一さん、中村天風師の、著書に書かれている教えには速効性があるが、そのうち慣れて横着になると効果が失せる感じが否めない。

実際に系統だてて学ぶ必要を感じないではない。

しかし、この本が紹介する自己催眠術は、独習でできそうだ。このとおりに実施しさえすれば、ある程度安定的な成果を得られるのではないかと期待させてくれる。


準備としては、椅子にリラックスして座る、仰向けで寝る、壁を背にもたれて座るという3つの姿勢から選ぶ。
そして、以下の順序で暗示を進めて行く。

1.ウデガオモイ
2.ウデガアタタカイ
3.シンゾウガシズカニウッテイル
4.コキュウガラクダ
5.タイヨウシンケイソウ(ヘソ、タンデン)ガアタタカイ
6.ヒタイガスズシイ


各10分位ずつ、一つ一つ習得していく。
習得したら、一気に最後まで。
但し、2.は血圧異常の人は飛ばす。3.は心臓疾患のある人は飛ばす。4.は喘息の人は飛ばす。
イメージを使い、頭の中ではお気に入りの快適な場所、世界でどの段階もできるだけ統一する。
各段階の暗示の言葉に適応したイメージを作り、感情を込めて味わう。
慣れてくれば、瞬時に6.の状態になれるという。
その際は、藤平光一さんによる、「重みは下、全身から氣が出ている、臍下丹田に意識を収める」といイメージのコツも補助的に使えるだろう。

著者は、数々のノイローゼ患者をこの治療してきたようだ。
患者は、著者から誘導され、自宅では自分で行う。
助言と示唆を与えるが、治すのは最後は自分というところか。

個々の各段階でのコツや各段階での効能は割愛するが、これは効果があると思う。
実は、私は中学、高校時代にゴマブックスだったか、他の出版社の類書で読み、試して効果を感じた記憶があるのだ。上がり症を克服できたように思う。
あの頃は、受験勉強で精神的にも余裕がなく、必死だった。

そのうち自身過剰になり、心身の稼働効率どうのっていうのは、能力のない人がすればいいとほざく友人たちに同調し、司法試験で塩っぱいめに遭い続けて自分の能力の不足を思い知らされるまで忘れ去っていた。
しかし、またやってみよう。
十代の頃は時間がないという切迫感に襲われてた。
今も、この前に読んだ本ではないけれど、「より良く死ぬための準備」「死ぬ前が最も賢い」となるために、残り時間がとても気になる点で似たような状況だ。
昔より賢い分だけ、慌てはしないが。



脱線したが、再度、自己催眠術の手順ないし段階は以下を、言葉の暗示とイメージの暗示を組み合わせて行うのがコツという。

1.ウデガオモイ
2.ウデガアタタカイ
3.シンゾウガシズカニウッテイル
4.コキュウガラクダ
5.タイヨウシンケイソウ(ヘソ、タンデン)ガアタタカイ
6.ヒタイガスズシイ

興味を持たれたら、Amazon古書で安価に出ているので手にとって読まれたい。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-25 00:31 | 読書録
「2-5 思い込みに左右されない」 (ジム・ドノヴァン)
「2-5 思い込みに左右されない」 (ジム・ドノヴァン)

「誰でもできるけれど、ごくわずかな人しか実行していない成功の法則2」(ジム・ドノヴァン、桜田直美訳、ディスカヴァー)

ジムは、「おそらく、最も人の気持ちを挫き、大きなダメージを与えるのは、他人や社会一般から与えられる思い込みだろう」という。

表題は、「他人の思い込みに左右されない」というのが正確だ。

悪意がはっきり見えない、自分よりいくらか知識経験の豊富な他人からの言葉には影響を受けやすい。
親切心からの指導という衣裳をまとった助言の形を取られると、ころっとやられてしまう。

誰にだって不安があるから、権威ある言葉や親切そうな態度に同調してしまう。


自分自身が他人の言う何かの言葉に納得しそうになったときの気持ちに着目するといい。
不安な気持ちが残ったならば、相手には不安があったのだと疑う。
相手の不安が移ったと思っていい。
相手が助言後も同じく不安そうなら、動機において、相手の助言は親切心からのもの。
自分がまだ不安でいるのに、相手が清々しく自慢げならば、相手はただ自分のできないことに挑戦する誰かのことが面白くなくて、そういう可能性のあるヤツの出現を阻止したことを喜んでいる可能性もある。
心が繋がっているように感じられるかどうかが、動機を測る一つの基準となるだろう(人間心理は複雑で動機も多様であり、ことは単純でないから厄介だが)。

何かをしたい、変えたいと心から望んでいる時には要注意。
助言は聞いてもいいけれど、聞いた方がいい場合の方が多いかも知れないけれど、場合によったら事前相談や報告が必要な場合もあるが、前例のないことについては、聞き方に十分注意が必要そうだ。
恐らく失敗談と否定的な意見がついてくる。
途方もないことをと頭ごなしに潰そうとされる。
潰されないだけの理論武装、意思を明確にしてから聞く。
潰されるようなら遂行、実現も覚束ないのだから、そのテストのつもりで聞く。

前例があることならば、経験した人に聞く。学ぶ。
真似できるところは真似する。
だけど、やりたいことや、やらねばならぬことの中には前例のあることばかりではなくて、周囲にはなかなか経験者が見つからないことや、前人未踏のことだってあるものだ。

他人の意見や親切心からの助言は尊重しよう。
前例がある場合には、よく聞いて学ぶべきだ。
しかし、「他人の思い込みに左右されない」ことは大切だ。
だから、他人の意見を聞く場合には複数の意見を聞いてみる。
前例がない場合には、失敗談と思い込みによる否定的な意見のオンパレードを予想してから聞くのがいい。失敗させたくない、傷つかせたくないという親切心からの引き止めがあろうし、自分のできないことをやられてしまって面目をなくすかもしれないという恐怖心からの引き止めもあるだろう。

ジムは、無知もあり、出版業界の常識破りの早さで雑誌を刊行した。
時間的なことに無知であったために、懸命な努力して早期刊行に成功したのだろう。
時を早めるのに他人の意見や思い込みに付き合う必要は全くない。

しかし、中身的なことは、ジムも十分に情報収集して勉強したはずだと思うし、無知のままで挑戦するより、他人の意見も聞いて十分に研究分析しておくのがよいのではないかと思う。

どちらにしても、確固たる目標、夢を持つことこそが出発点だろう。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-23 06:25 | 読書録
言葉の大切さ


FB仲間のブルガリアの武道家ラディブさんから紹介されたビデオ。
http://www.youtube.com/watch?v=ev2duJejO3o&feature=youtube_gdata_player
モチベアップのポスター写真メーカーのコマーシャルビデオのようだ。

英語の勉強をしながら、モチベアップになると思う。
また、プレゼンの勉強にもなる。

人生は短い。

充実した時間を過ごすには、良い言葉で心を満たすことだ。

人間は唯一言葉を持つ。
豊かな心を持つ。
心の動きの総体である文化を次の世代に伝承していける存在。

食べて、排泄して、寝て、起きるだけの生存だけではなく、生活し、発見し、創造できる存在。

その源は言葉。


大学で好い加減な学生生活を送ったが、2年の時にゼミ指導して下さった英米法O先生の言葉は忘れない。
『言葉を大切にする人になって欲しい』


いつも心掛けたい。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-21 16:03 | 日々雑感
「2-10 思い込みを少しずつ変えていく」(ジム・ドノヴァン)
「誰でもできるけれど、ごくわずかな人しか実行していない成功の法則 2」(ジム・ドノヴァン、桜田直美訳、ディスカヴァー社)

「2-10 思い込みを少しずつ変えていく」

大きな夢の方が叶う。
小さな夢は計算でできてしまう。
ワクワクドキドキするような大きな夢を持て。

それで始めはするが、途中の道のりは容易ではない。

現実を見て夢を疑ってしまうからだ。
なかなか夢は実現しない。
何も変わっていないではないか。
やっぱり夢は夢で叶わないから夢なんだ。
そうやって、夢を諦め、夢を持っていたこと自体を忘れてしまう。


「目標は経済的自立だとしよう。経済的自立を達成するには、自分には沢山のお金があると信じなければならない」(ジム・ドノヴァン)

そう、見えないものをまっ先に信じること。
「ある」と信じて、行う。

石田行仁さんの言葉で以下の言葉があった。
image --> think --> believe --> live
想像 → 熟考 → 本当だと考える → そのように働く

身体の反応は正直だ。

運命も、これと同じ方法でコントロールする。
ジム・ドノヴァンは要するにそういうことを言っている。
天風師の本にも同じようなことがしばしば出て来る。
身体(健康)も運命も同じようにコントロールできるのだと。

問題は、ワクワクドキドキするような大きな夢と現実の溝は大きく、現実的に考えると「それが本当に可能であると信じられない」(ジム)ようになってしまうことだ。


ただ信ぜよと言われても、なかなか難しい。
ジムは、『思い込みに橋を渡すテクニック』を使うのだという。
それは、「思い込みを少しずつ変えて行って徐々に目標に近づく」ことだ。

理想:経済的自立=お金が十分にある
お金がない → サイドビジネスを始めて収入を増やす・少しずつ貯金する → お金は少しずつ増えている

理想:身体が健康的に引き締まり、気分もいい
体重が変わらない → 運動して、健康的な食事をしていて、日を追う毎に健康になっている


結局は、箱田忠昭さんの『象を食べてしまえ』メソッド(目標を細分化して日々のタスクに落とし込む)とか、計算でできることを地道に行って行く、小目標を決めて実行して行く、など、実は当たり前のことを言っているに過ぎない。

でっかい夢、目標、ワクワクドキドキするような大きな夢を持てという人が、結局は計画どおりにやっていきましょうなんて、夢のないことは言えないけれど、やっぱりここは大切だから、触れざるを得ないということだ。

努力に勝る天才なし。

たゆまぬ歩み恐ろし蝸牛。

継続は力。


でっかい夢を持ちながら、「続けて行く」ことが大切なのだ。

私も、やめてしまってたことをもう一度始めてみる。
そして続けようと思う。

まだまだ夢を見ていたいから。
人生は幻、幻は夢。

方向転換しつつも、現実に適応しつつも、本当にやりたいこち、なりたいものがあったら、どうなるかわからないけれど、やってみたらいい、できる限度で続けてみたらいいではないか。

その方が絶対に楽しいから。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-20 06:25 | 読書録
心身医学療法への関心
マイブームというのがある。

本の著者、作家さんで次々に読んでみたくなるのもそのひとつ。

石田行仁さんのことが気になる。
アマゾンでまた3冊追加注文して、「心身医学療法入門」(誠信書房)がまず届いた。


「それは私が医師であり、第三者であるから考えついたのだと思います」というのが序章であった。

これは弁護士でも言えること。
私自身も、『どうしてわかったのですか!?』と相談者から驚かれることがあるけれども、実はそれほど凄いことでもない。

20年近くこの仕事をしていると、ある程度紛争内容、原因、解決法もパターン化して予想がつくようになっている。
その予想を口にすると、相談者からそういう反応が返ってくる。
それだけのこと。

もちろん、全てが別、そして着手後にも事情は変化していくから、決め打ちは避けたい。
「想定外」に備え、柔軟に対応したい。



少し先の章扉に、「医者(physician)[名詞]我々が病気の時にはしきりと望みをかけ、健康の時には犬をけしかけたくなる奴(A・ビアス)」という引用があった。

これも、「医者」を「弁護士」に、「病気」を「紛争」に、「健康」を「平穏」に置換できそうだ。


我々は他人様の不幸に関わることを仕事にしている。
それを決して忘れてはならない。
驕ることなかれ。
全ては役割分担。

悪徳だとか、アホだとか、外野からヒドイことを言われることがあったとしても、こういう仕事が好きだから、一所懸命やる。
目の前の相談者の悩みを通じて、社会の、人類の不幸の原因のひとつをなんとかするのだというくらいの気持ちでやる。
勝てば官軍式にならぬよう。


またまた日弁連の会長選挙のやり直し。
弁護士業界の行くすえを暗示するかのような紛糾ぶりだ。


仕事でも、学校でも、家庭でも、自立したヒトになろう。


…と、疲労感がずっしりと頭の上に居座ったような今日は考えもまとまらないので、早く帰るとしよう。。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-19 19:31 | 日々雑感
真剣勝負の流派
随分前に「剣術は敵を倒すという同じ目的があるのに多くの流派があったが、殺るか殺られるかの局面では僅な動きで決まるからだ」という言葉に感じるところがあり、メモにしていたのを今朝発見した。

改めて考えてみると、それはかつて多くの流派があったという事実しか述べていないとすぐわかる。

真剣勝負では死んだらしまいである。
生き残った方が勝ちであり、剣術において正しかったと思いたい。
極限状況を生き延びたのだから、正しく動いたことは間違いない。
生き残った者は命懸けの体験で掴んだもの、自分の命を救い、相手が命を落とした原因を追究し、これを秘伝のコツとして伝承した。
そうやって、流派が別れて行ったということだ。
真剣で命懸けの申し合いなど、何度もできるわけがない。
命懸けの真剣勝負で生き残った原因は、戦いの場、時刻、天候、相手の身体能力、双方の心理状況からして様々だ。
そうだとすると、十分に練りきれていない技術がそれぞれの流派になっている可能性がある。

上級のコツは、誰が、何時、何処で、どんな状況であったとしても、うまくやれる助けになるものだ。
何度もの体験、実践の試験を経て、普遍的な真理に近いものにまで昇華した技術になっていなければならない。

昔の真剣の時代の、幾多の流派に別れていた剣術がそこまでになっていたとは思えない。宮本武蔵の伝承が事実であったとしても、果たして彼が剣術を極め切れていたかというと疑問が残る。
極め切れていたとしても、具体的な技として受け継がれていないのであれば、個々具体的な真剣勝負での体験談を語り得た偉大な先達ではあるが、上級のコツにまで昇華することはできていなかった可能性がある。

やはり、竹刀が考案され、バンバン叩かれ、切られても死なない稽古ができるようになって初めて剣術は格段の進歩があったと言えるのではないか。竹刀を真剣だと思い、そう見做して、何十回、何百回、何千回と、実力が拮抗し、あるいは実力が上の者と稽古して剣術は磨かれ、発展していったと思えてならない。
たとえ、真剣で遙に実力の劣る相手を何百人斬り殺したところで、それが本当の剣術、上級のコツになることはない。

流派(派閥別れでなくて)が千々に別れるということは、まだ洗練されていないということであり、上級のコツとなっていないということだ。

逆にいうと、現代人は多くの場合、命まで取られることはない。
失敗しても死なない。
記録も、口伝や紙媒体だけでなく、ビデオでもできる。
同じことを目的として、幾多の実践を踏めば、必ずそこに道はできる。
同じことを目的としているのに、そこに到る道があるのに、そこを通らない手はない。
先人の記録に学ぼう。
真似よう。
先人の個性の部分で採用し難い部分は吐き出せばいい。

真剣勝負だから突飛なことをしてでも勝ちたいし、勝って生き残り、流派を開いた人もいただろう。
しかし、竹刀が考案されて、稽古が積み重ねられ、剣術が磨かれ、より高次に進み、流派は消滅したのではないか。
総合格闘技も、初めはバラバラだったが、セオリーができた。
空手もフルコン、防具、型の別はあるが、同じルールの中で流派の違いは派閥の違いレベルでしかない。

今生きているのはテストドライブではない。
リアルな人生。
真剣に何かを願うならば、突飛なことではなく、幾多の先人が磨いてきた手垢のついた方法で、轍のついた道でまず行こう。
そこで一所懸命に考えながら進むことで、より良い道を切り開くこともできるかもしれない。
少なくとも、計算でできるところまでは、誰よりも忠実に計算して計算通りに進んでみよう。

そこから先はお楽しみ。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-18 07:51 | 日々雑感
「友だちってなんだ?」 悪人正機・吉本隆明著
「友だちってなんだ?」悪人正機・吉本隆明著


「親鸞は、いかに人間が善意で人助けをしようとしても、助けおおせるものではないといっている」

だから、人助けはしてもいいし、しなくてもいい。善悪の問題ではないという。
ここは素晴らしい。

善行をしても本当に善行となっているか、あるいは、善行をしていると誇った時点でその精神的価値が失われるということか。

宗教家は素晴らしい教えを伝える。
そして、得てして善行を積むことを勧める。
勧めるのはいいけれど、真理を預かり、時には天国の鍵を持つという指導者が勧めることは強制に等しい。
拒否の選択肢がない点で過酷だけれど、善行はいらないといえることはなんたる寛容。
結局、神も仏も愛なる存在であるならば、それが本当ということになる。


そして、吉本さん流の喧嘩論。
「相手が何かしてきてもまずは我慢。これはもうどん詰まりだとなったときに、そら喧嘩だ、と。こういう喧嘩のやり方ってのは本気にしかまれないから、勝ちパターン。引いて引いてもう我慢できねえっていう時に本気でやれば、大体は勝つ」

ぎりぎりの瀬戸際まで剣は抜かない、ってことか。

吉本さんが、退屈しのぎにいじめっ子をいたぶって逆襲に遭い、打ちのめされた話があるけれど、これには苦笑する。

私にも、高校時代経験があるからだ。
体育祭の練習で、整列していた時、私の前に中学時代の塾の学友Y君がいた。
少し、くそ真面目なヤツだった。
県下で3位だという校則によるしめつけの厳しい学校にも慣れてしまった頃だった。
後ろから、右足をそっと上げ、同じ背の高さのY君の右方の上に踵をかすかに乗せた。
彼が振り返ったら、私の靴底にキスだ。
指令台では、教頭が何かしゃべっている。
だから、Y君は「たーけー!」と言いながら、おとなしくまた前を向く。
そのはずだった。

しかし、彼は、目の玉をひんむいて激怒し、「何をするんだ!!」と言って、いきなりショートレンジから右ストレートを私の左顔面に打ち込んできた。
ズキン、としたがそれ以上には効かないパンチだった。

吉本さんは、下駄で殴られて卒倒したらしいが、私の時代は靴履きでよかった。

私は、「おい、おい、冗談だろうが」と言って顔を見たら、金魚のように真っ赤になりながら、半分怯えた目で私を見るY君の顔に吹き出した。
すると、すぐに腕力自慢の体育教師が、「おーい、Y!何やっとるだ!!!(怒)」と叫ぶ。
Y君は我に返り、前を向き直り、コチコチの気を付けの姿勢になった。
私は、Y君に代わり、「なーんでもありませーん!」と大きな声で返事した。
残念なことに、その後Y君とは仲直りしたのだが、彼は文系、私は理系に進み、同じクラスになることもなく、疎遠になっていった。

高校時代は、幸いにも、誰とも本気の喧嘩をしたことはないままで終わったが(昔でもいくらか問題になったし、今なら即警察行きだろう)、1年生の入学式で出会った当時剃り込みを入れていたK君とは何度か顔面パンチなしのルールで取っ組み合いをした。
彼は私のことをそれで認めてくれた。私も同じだった。
K君はその風貌にも関わらず1年の最初の校内テストでクラスで上位に入った。
それでさらに私は彼に興味を持ち、親しくなった。

吉本さんは、「本当の友だちていうか、親友っていうか、それができる可能性のある時期が人生にはただ一箇所だけある。それが、青春期に入りかけた時です。こう、打てば響くんだってことがわかること、それが友情だってことになると思う」という。

私は、K君が20代半ばで亡くなったことが残念でならない。
彼とは何でも話せる仲だったし、彼もいろんなことを話してくれた。

吉本さんは、「普通の人間っていうのは、大抵、幼い頃の友だちの存在を忘れたり、薄めたりとか、利害のことだけが先に来るとかっていうことになっていきます。実際、友だち関係をずっと維持できたら文句なしで、それは本当にたいしたもんなんです。普通はゼロなんですよ。俺ともだちたくさんいるよなんていうヤツいるけど、そんなの大部分はウソですよ。月並だけど、人生というのは孤独との闘いなんですから」と、結局、「自分の記憶の中にのみ友だち関係は残るんだ」という。

生きていれば、K君は、そうではない、レアな本当の友だちになれたはずだった。
そこだけが残念でならない。
そういう可能性のあった子ども時代の友人たちの何人かは、K君のように病気や事故で亡くなった。

子ども時代によく遊んでくれた5歳上のA君は私が小3の時に、中1の時に勉強を目覚めさせてくれて大学入学まで目標にしきたH君は大学2年の時に。

彼らのことを思うと、寂しくて残念でならないけれど、「記憶の中に残る友だち関係」はどれも輝いている。

それだけでも幸せということか。

それがあるからこそ、「孤独との闘い」も続けられるというものだ。

友だち関係は、無理するものではないし、永遠でもない。
人生の中では本だけが友だちという期間も少なくない。
本ばかりでなく、映画だったり、趣味だったり、仕事だったりするかも知れない。
それが普通なんだということ。

普通の暮らしの中でまた本当の友だちもできてくる。

少しだけ、吉本さんに反論すると、ある程度年齢がいってしまっても、本当の友だちができないわけではない。
共通項のある人とは驚くほど早く親しくなれることがある。

子ども時代からの友人ほどではないけれど、それもまた楽しい友だち関係だ。

私は、先に逝ってしまった仲間の分まで、人生を楽しもうと思う。
気楽に行こう。


楽しみはまだまだこれからだ。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-17 12:33 | 読書録
離婚家庭の子どもの支援
離婚家庭の子どもの支援という視点で活動する「NPO法人あったかハウス」

弁護士や家裁で解決できることは多く無い。

こうした活動が根付き、広まって欲しいと思う。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-16 19:30 | その他法律関連
「はじめに〜アウア」ホツマツタエの宇宙観・鳥居礼
「はじめに〜アウア」ホツマツタエの宇宙観・鳥居礼

ホツマツタエによれば、宇宙空間は、母の慈愛たっぷりの母胎、①円、②柱、③螺旋の三つがあらゆる宇宙原理の根幹だという。

そして、宇宙は壺であって、地上の壺、人体の壺が互いに対応していて小宇宙という相似的な関係になっているのだと。

ホツマツタエの自然観は、一元的親和的で、あいまいであって、そのあいまいさはすべてを包括できる余裕なのだともいう。

「一神教以前の農耕社会、採集社会にまで遡ると、世界共通のものがどんどん見えてくる。自然と一体であればあるほど、人間同士も一体になれるのではないか」という著者の言葉は、ホツマツタエの伝承の内容が今も辛うじて生きている日本のこれからの世界での立場や可能性を感じさせてくれる。
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# by bengoshi_358 | 2012-04-16 00:05 | 読書録
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