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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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雄々しくあれ 〜「魂の演技レッスンCLASS19・衣裳にリアリティ」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS19・衣裳にリアリティ」(ステラ・アドラー)

この章では、講義ではなく、受講生に貴族の衣裳を着せて『貴族』の立ち居振る舞いを体験させている。

「衣裳から力を貰え。身に付ける物はあなたの一部。こんな安物と思ったらあなたも安物になる。」

これは大事なことだ。
特に自分というものが十分に確立されておらず、自信無さげな若い人たちには。

ステラの言う「身体全体で信じなければ才能は開かない。」ということは真実だ。
おっかなびっくりでは自分の心身を使い切れない。
自分を信じ、続けることでゾーンに入る。
無我の境地。
時間の経過を感じない時間。
気づいたら多くのことをなしていた。
そんなゾーンを体験することで、新しい気づきが生まれ、成長、進歩がある。

「身体全体で信じること」から始めよう。

理想を高く持って進もう。


「理想や思想をはっきりと世に伝えるのが俳優。
それができれば、貴族と対等。何者かになれたということ。」
理想や思想をはっきり世に伝える仕事は俳優だけではない。
日々の生活の糧を得るための苦役や罰ゲームが仕事ではない。
それぞれの仕事は、心を込めて行うことで、世に理想や思想を伝える高邁な活動に転化する。


「自尊心を保ち、自分の能力を誇りに思え。」
十分にある。
既にある。
あとは、行動を起こすだけだ。
今やれることからやる。
日々が準備であり実践だ。

この章を読み終えたら、「雄々しくあれ、強くあれ少年たちよ」という昔聴いた歌を思い出した。

ステラの「魂の演技レッスン」は魂の人生哲学でもある。
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by bengoshi_358 | 2012-05-31 11:17 | 読書録
精神において貴族たれ 〜「魂の演技レッスンCLASS18・俳優は精神の貴 族」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS18・俳優は精神の貴 族」(ステラ・アドラー)

ステラは言う。
「俳優とは精神の貴族。2000年以上も続いている、高貴な職業。」

日本では、その昔、俳優を「川原乞食」と揶揄する人々がいたと聞く。
かといって、燦然と輝くスターは昔からいた。
毀誉褒貶の激しい、実力だけが物を言う業界。

ずいぶん前に、村松友視さんが書いていた。
「ジャンルに貴賎なし。ジャンルの中に貴賎あり。」

最近は、象牙の塔だとか、この職業だったら尊敬されるとかいう分野、業界がなくなってきている。「高貴な職業」と胸を張る方が滑稽だろう。

されど、ステラは胸を張れという。
プライドを持てという。

かっこいいかな、ちやほやされるかな、華やかな世界がいいな、なんて気楽な思いからではなく、覚悟と決意をもって携わってほしいからなのだろう。

この章では、「高貴な精神」を持つこと、目指すことを繰り返し勧められる。
実力のある者以外は軽んじられるということは、昔も今も変わらない。
でもできそうな仕事に思われるならば、なおさら実力が感じられない者は軽んじられる。

現代は、テレビの時代だ。
いや、ネット動画の時代かも知れない。

誰でも「俳優」になることができ、テレビ等のメディア側に舞台に上げられたり、引きずり降ろされたりする。

「テレビに食われてはダメ。使い捨て時代の考え方を超越して欲しい。」

だから、以前にも増して、プライドを高く保ち、才能を育て、実力を蓄えていかなければ俳優自身が、俳優全体が軽んじられていってしまいかねない。そんな切迫感がステラに語らせているのかも知れない。

「俳優は階級を超越せねばならない。しいて言えば 精神において貴族たれ。本当の貴族は、心が広 く、深い美的感覚を持つ。」

そして、実際的な語りのコツも教える。
「あなた方はしゃべり方に説得力がない。相手の 心に訴えようとしない。相手の心に届けようと 努力しない。『さあ、今から取り掛かろう』と言うとき、全 世界の人々を一緒に連れていくぐらいの意気込みを持て。あなた方の態度は逆。世界に憤りを感じて背を向けてしまう。『ふん、俺になんて誰も見向きもしないさ』なんて、孤独感を背負って歩いている。」

これは我々の仕事でも気をつけたいことだ。
気を抜かない。
打合せでも、裁判所でも、心をこめて語るべし。
他の職業でも同じこと。
プレゼン、セールス。心を込めて、本当に伝えようとしているか考えた方がいい。

さらに、人生のコツ。
「鬱屈した階級の人々は敵を作り、自分より劣った人々を見つけて優越感に浸ろうとする。生まれのよい人々はそんなことをしなくても幸福、彼らは強く活動的であり、行動してこそ幸せにると考える。怒りをずっと感じている人は誠実にも正直にもなれない。いつも隠れ場所を求め、抜け道や裏口を探す。隠れたものをみつけると安心する。行動しないで待つ。」

最後の方で、ステラは受講生に求める。
「人間の力と美しさを再認識して欲しい。」

これだ。
俳優として、演劇人としての受講生に対して希望すること。

「人間の力と美しさを再認識」する。
これは、我々ひとりひとりの人間誰もがなすべきこと。

人間って素晴らしいのだ。
生きるって素晴らしい。
人生って、結局はありがたいものなのだ。

それを伝えていく仕事。
それは俳優だけではない。
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by bengoshi_358 | 2012-05-30 16:29 | 読書録
生き様を伝える 〜「魂の演技レッスンCLASS17・人物のリズムを掴む」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS17・人物のリズムを掴む」(ステラ・アドラー)

「誓いの精神に従って服装を決める。」

アメリカやヨーロッパでは、話す言葉(用語)、身なりで区別されるということ聞いたことがある。

私は、昔、Shit! と呟いて、知人に酷く叱られたことがある。
そういう言葉を口にする人は、我々のコミュニティに居てはならないのだという。
だって、映画でみんな口にしてるじゃないか。
そう反論しようと思ったが、知人らの呆れて凍った表情に言葉をつなぐことはできなかった。


「形式に従うことで、人間は世界観を分かち合おうとした」
言葉や服装や態度といった形式は、世界観に裏打ちされている。
だから、形式を共有することは、世界観を共有していることを示すことになる。
世界では、特定の服装をしなければならないという信仰者や、信念をもった人たちがいる。
服装でそれがわかる。
言葉遣い、用語の選択もそうだ。乱暴な人は、自分や周囲の人の人生に対して敬意を持っていないことを自分から示すに等しい。

世界観を共有できれば、社会生活もうまくいく。
世界観を共有できなくても、尊重し合えるようでいられるレベルに、互いに敬意が持てるように、日々の具体的生活や行いに潔さや、親切心、思いやりや知性が現れていれば共生はできる。


「普通の人生では足りない。もっと大きな意味を見出して生きたい。
俳優を目指すなら、そう言って欲しい。」
普通の人生の定義がここでは問題にはなるけれど、わくわくどきどきある人生が面白い。
意味を探求、追求していきたい。
行き当たりばったりで、天気に従って気持ちがアップしたりダウンしたりするのではなく、使命、天命を追求し、自覚して生きたい。

「朗読するときは、状況を想像すること。誰に対して話しているのか、決める。言葉の裏にあるイメージ、映像を目に浮かべられるように。」
これは、会話すべてに当てはまる。
つまらない話には色がない。
映像がない。
話しての見ている映像が、聞き手にも見える話は面白い。

ステラは、最後にシェイクスピアの『尺には尺を』の一節を紹介する。
以前、ステラはシェイクスピアは読むだけで状況が分かると書いていた。
ここで紹介されているのは、主人公の台詞ひとつだけだが、非常に面白い。
シェイクスピアは、感情のままに喋れせるのではなく、主人公の思想、大きな考えを台詞の言葉にしているという。
感情ではなく、生き方、哲学を伝えるために語らせている。


語る時は、脳内に映像を投射し、それを観ながら語る。
感情ではなく、思想を語る。
それ自体で、語る人自身の思想や生き方が問われることになる、言葉や服装といった形式を大事にする。

心しておこう。

そして、訓練のためにシェイクスピアを朗読してみようと思う。
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by bengoshi_358 | 2012-05-29 16:41 | 読書録
形から入れ 〜「魂の演技レッスンCLASS16・役に合わせた衣裳」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS16・役に合わせた衣裳」(ステラ・アドラー)

この章では衣裳について論じられる。
「人の考え方は服装に現れる。
今の時代、必死で深く考える人はいない。気楽に思い付きで行動する。
だから、服装も気楽でカジュアル。」

冒頭付近にあるこの言葉に惹かれる。
良い悪いではなく、現代はそういう時代。
しかし、カジュアルの中にも「考え」あってのことと分かるように工夫したい。

「身に付ける物には全て意味がある。その意味に従え。」
自分は何を表現したくて、その衣服を選んでいるのか、注意深く考えて見る必要がある。

「衣裳はまた敬意の手段。普段着ばかり着ていたら、あなたの魂は外に向かわない。」
いつもジャージ姿でいたらどんな気分か、容易に察しはつく。
衣服や外観が全てではない。

しかし、「形式が人物を作る。人物はしっかりした土台からできる」ということも、よく覚えておこう。

人は形式に規定されることが多々ある。
気づかないうちに、力を受け、あるいは力を奪われている。

形式より実質、外観より中身という人は、形式も外観もそれなりに良いか、いずれ良くなって行く。
実質も中身も、形式に、外観に滲み出ざるを得ない。

まずは、形式を意識してみよう。
決まりを守って行こう。
他人から下された決まりは勿論、自分で作った決まりも守ろう。

学生、受験生なら、全科目、1日5分だけは勉強する。目次だけでも眺める。
そんな決まりでも、物凄い役に立つ。
私には役立った。

衣服や小物でも、高額ではなくていいから、自分の気持ちがシャンとして、高揚するようなものを1つは持っておこう。
そして、タンスの肥やしにしないで、普段から使おう。

私も、体型が20代後半頃の状態に戻り、これまで着ていた衣服が合わなくなった。
思い切って、若者のような、細身のスーツを買ってみた。
気持ちがグンと若返った。
股上の浅いズボンやジーンズも、安価に仕入れた。
合わせて、下着もボクサーブリーフにしてみた。
ますます気持ちが若くなった。

私は変化が好き。
おそらく多くの人間がそうだろう。

「家族のうた」の早川正義ではないが、ロックなのだ。
転がり続けて行こう。
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by bengoshi_358 | 2012-05-28 17:10 | 読書録
観察し、感じ、調べ、理解する。 〜「魂の演技レッスンCLASS14・人物の性質を掴む」
「魂の演技レッスンCLASS14・人物の性質を掴む」(ステラ・アドラー)

「脚本には、『これを世界に伝えたいんだ』という理想やアイデアが含まれている」

我々の人生の脚本のうち、予め決まっている部分というがあると思う。全てのことに意味、メッセージがある。
生まれ出ることは最大の表現行為であり、世の中に伝えたいメッセージを持って生まれていると思う。
そのメッセージを一生かかって探りつつ、それを実現する。

「演劇は、世界に向けてメッセージを送る手段」

人生がまさにそれだ。
人は死んだら、情報だけになるのだから。


「相手に対する態度を決めるには、見るべきものを先ずはしっかりと見て認識する。ぼんやり見るのではなく、具体的なアクションを取りたい衝動にかられるくらいきちんと見る」

生きていくということは、決断、決定、選択の連続だ。
選択を誤ることで直ちに命に関わるという場面は、そう多くはない。
しかし、選択に傾向がある場合、本来の道を外れて行ってしまいかねない。
自分は何がしたいのか、何が伝えたいのか。
表現する前に観察だ。
観察の中から気づきが生まれ、新しい、別の感情が生まれる。

本章は、役柄の、人物の性質を理解して演じることを教えているが、世の中での自分の役割、性格を理解して生きている人は強い。
大まかで漠然としていてもよいから、自分の役割を考えてみたらいい。
若いうちは変わって行って当たり前。
その時、その時に「これだ!」と感じた役柄を一所懸命演じて欲しい。

すべては相似形。
一つの役割を真摯に生きることは、すべてに通ずる。
何処で何がモノになるのか、わからない。
わからないから面白い。
焦ったり、慌てる必要はないから、今ここ。
今ここを生きる。

観察し、感じ取り、調べ、理解して、態度決定をする姿勢を持つ。
理解し難くても態度決定するせねばならないこともあるが、それもそれほど多くはない。
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by bengoshi_358 | 2012-05-25 10:30 | 読書録
一生が勉強 〜「魂の演技レッスンCLASS13・テキストを理解する」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS13・テキストを理解する」(ステラ・アドラー)



この章も、パワフルなメッセージが詰まっていた。



「シェイクスピアを演じるなら、全てが台詞の中に表現されている。優れた俳優は、台詞に隠された意味を読み取るが、シェイクスピアでは誰でも言葉そのものを読めばわかる」
「イプセン以降、ストンベリ、テネシー・ウィリアムズ、オデッツも、脚本の字面を追うだけでは演じられない。人物の作り方が以前とは全く違う」



人間は昔と今もあまり変わってはいない。

だから、昔々のシェイクスピアを読んでも面白い。



ただ、シェイクスピアの才能は桁違い。

それと、人間の色分けは単純だった。

社会も今ほど複雑ではない。

だから、すべてが言葉で説明し切れた。



現在の社会は複雑で、人間もいろんな要素により均一ではない。

中身の感情の動きは同じでも、その発現、自己表現方法がいくらか違う。

また、収益的観点からすると、ステレオタイプでは飽きられて、見向きもされない。

だから、今は、人物の作り方が違う。





そんな現代では、俳優がしっかり脚本を読み込み、自分で消化しなければならない。

主体的に参加、自己投入しなければならない。



「句読点や「!」マークに囚われず全体を見渡す。句読点の位置ばかりに拘るなら、俳優には向かない。図書館に就職せよ」



これは、俳優を志さない我々でも同じこと。

要は、『傍観者、批評家、記録係でなく、当事者として今を生きよ』ということだ。



ステラは「俳優になりたいならば、一生が勉強だ」というが、生きがいのある人生を生きたいのであれば、一生が勉強だ。



勉強は、学校でするだけのものではない。



「小さな事実を見れば、大きな意味が見えてくる」



小さな、身近な事実についても、よく観察し、考える。

歴史、背景、意義、後世への影響。



ステラの本を読んでいると、俳優の凄さがわかる。

俳優というか、名優たちの凄さ。

彼らの才能と努力には我々も学ぶべし。

最近は、学芸会レベルの演技でもテレビや映画に出られるようだけれど、マーロン・ブランドや名優と呼ばれる俳優は才能に上乗せしてどれだけ勉強しているのだろう。

おそらく何をしても成功する人だろう。





この章は、いやどの章もだが、およそ表現というもの、コミュニケーションというものに興味を持つ人の目を奪って離さない珠玉の言葉に満ち満ちている。

(あんまり引用したら、私のブログではなくてデッドコピーになってしまうので、今日はこれ以上引用はしまい)



長くいい仕事がしたいなら、いい生き方をしていなければならない。

勉強を続けていかなければならない。

いい俳優は自分の生き方をその役に凝縮させて伝えているのだそうだ。



理解する。

感じる。

そして、演じる。仕事する。



準備が不十分なら、結果も同じ。

フロックはあるが、長くいい結果を出していきたいなら、勉強しろ。

勉強は一生だ。



不平不満は勉強しない人がすること。

怒り散らす人は勉強が足りないのだ。



勉強する人にも欠けや不足はあるけれど、それを他人のせいにしたり、恨んだりしない。自分でそれを補い、満たせばいいのだから。



勉強しよう。

続けよう。

たとえ低空飛行でも。
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by bengoshi_358 | 2012-05-24 12:08 | 読書録
精神のサイズを上げる 〜「魂の演技レッスンCLASS13・アクションにサイズを」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS13・アクションにサイズを」(ステラ・アドラー)

「想像力を使い、クリエイティブになる。共感する。そして、人生の意味を深いレベルに引き上げる」

ステラは、受講生に対して、人間としての精神のサイズを上げるよう指導していた。

人間としての精神のサイズを上げるには、ぐだぐだ、だらだらと惰性で生存しているのではなく、主体的に、意識的に他者や自然から何かを感じ取って行動に反映させて、共生するような生活をしていかなければならない。

「あなた方の中には真剣に身を入れて物事をしない人がいる」とステラは受講生に言う。

とても厳しい教師だ。
厳しい教師を敢えて演じているようだ。

この章では、1936年パラマウント映画「Love on Toast」での恋人と電話で話す場面のスチル写真が紹介されているが、その可愛らしく、吸い込まれてしまいそうな楽しそうな笑顔の瞳を見ると、同じ女性が話しているとはとても思えない。

ステラは、いくつかのアクションと、そのアクションの違いを細かく説明する。

そして、「自分の性格からかけ離れたアクションを十個考えて演じてみる」という課題、「祈る。悲嘆する。口論する。これらを3つの異なる世紀別に演じ分ける」という課題を与える。

「イマジネーションで作り出したものに刺激を受ければアクションができる。想像したのにアクションがそれと合っていないなら、演技のプロとは言えない」と挑発する。

ステラは、饒舌に、受講生のやる気と才能を引き出そうとしている。
これは、人前で話す役割がある人には参考になる。

そして、演技するということ、役割を演じるということ。これは、何かを変えたい、変わりたいという全ての人に役立つ訓練になると思うし、気づきを与えてくれると思う。

演劇のクラス、各地のカルチャーセンターでもあるから、覗いてみたら面白いかも知れない。

話すこと、演じること。
これは、現代社会では、全ての人が大なり小なり、日常的にやっていること。

演劇のスキルやマインドは、きっと日常に役立つはず。少なくとも、学べば楽しくなる。

私には、ステラのこの本を読むのが楽しくて仕方ない。
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by bengoshi_358 | 2012-05-23 14:11 | 読書録
細分化して演じる 「魂の演技レッスンCLASS12・アクションを複雑化」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS12・アクションを複雑化」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「トスカニーニはこう言った。『さあ来い、ベートーベン。あんたが分かった』その前にこう言ってくれたら嬉しい。『ベートーベンって何が言いたかったのかなあ?』って」

かつて質問力という本が流行した。
何冊かのうち、二冊位は読んだ。

最近、数マスに記した質問から自分の内心の願いや目標を見出すという、ノウハウについて知った。

何でも質問から始まる。
質問は紙に書くのがいい。
マインドマップみたいに、質問が質問を生む。
そして、適切な質問をした瞬間に答えが出るか、答えに向かった正しいアクションに着手できる。


「どんな単純なアクションをする時も、何かを足して複雑にせよ。小さな動作が増えれば意識を集中させる機会も増える」
「アクションは小さな真実でできている」
「細かいところにリアリティを求めながら動く」

この一連の言葉は意味深い。

我々の生活においても、小さなアクション、期待された、希望するアクションを細かくし、あるいはその前後に必要となるはずのサブアクションを加え、できるだけ自覚的に行う。

何事も自覚的に意識的に行うことで、目標を再確認、再認識し、小さなアクションを行うたびに頭にインプレスしていける。

小さなアクションを行うたびに、これは目標の何とかを達成するためのアクションだと自覚、認識を新たに、強めていく。

目標にリアリティが生まれ、日々が目標のリアリティで埋め尽くされていく。

『成功者を演じなさい』とは、昔、予備校の先生から教えられた。
成功者、合格者、メダリスト。
彼、彼女ならどうするかを考えて、とか。
でも、そうではなくて、日々彼、彼女になりきるのはどうだろう。
彼として、彼女としての行動をする。
彼、彼女として、自覚的に、意識的に。リアリティをもって。


「与えられた状況の中で生きることにより緊張が解ける」
今、ここ。
今を生きる。
小さなアクションに心を込める。
今の心。
今ここの心。
小さなアクションに念を入れて生きる。

全ての道はローマに続く。

ステラの本は演劇の教科書であり、生き方の教科書でもある。



iPhoneからの投稿
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by bengoshi_358 | 2012-05-22 16:32 | 読書録
行動の背景にある動機を意識する 〜「魂の演技レッスンCLASS11・行動に理由付け」
「魂の演技レッスンCLASS11・行動に理由付け」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「『私は何故これをするのだろう?』そう考える習慣をつけよ」
この章も大変力がある言葉が並ぶ。

全てのアクションを演じる際に「行動の理由」と「本心」を意識するということ。
ヴィパッサナー瞑想や天風師の何事もはっきりした気持ちで行うという教えを思い出す。


「全てに理由が必要。理由のモーターは止まらず動き続ける。そのモーターが止まったら、あなたの演技は死ぬ。死んだ空気は観客にも伝わる」

「理由を考えることで、事実は体験に変わる」
体験に裏打ちされた言葉や行動には力があるということだ。


「脚本に書かれているのはアウトラインだけ。俳優はそれを劇にしなくてはならない」が、ニュースレポートではなく、観客に感動を与える劇にするのは、「理由」「本心」を意識したアクションなのだ。



さて、俳優ではなく、俳優を志してもいない我々は何を学べるだろうか。

我々の人生は、初めからおおよそで決まっている。
いつ、どこで、どんな家庭に生まれたかで、制約がある。
しかし、そんな人生の脚本もアウトラインだけ。

我々一人一人の選択した行動によって、我々の人生は完成する。

そして、我々の行動の前に、行動と同時に、心の動きがある。
心の動き、感情までも自身で選択し、意識しながら行動ができたら、外形的には何も変わらぬ同じ行動であっても、触れたら切れる名刀か、触れば弾き飛ぶメガトンパンチの威力が備わる。

意識的な行動を増やす。
はっきりした気持ちで行動する。
天風師の本、『成功の実現』で読み、また同師の講演音源でも聴いた。
今、ステラの本で、はっきりした気持ちは、多分、はっきりした感情なのだと理解した。

今、あなたは何をしている?
次に、何をしようとしている?
どんな理由で?
あなたの本心は?

意欲をもって、わくわくどきどき、心から行うアクションを増やして行こう。
それがわくわくどきどきした人生、幸福な人生、『成功の実現』のキモ。
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by bengoshi_358 | 2012-05-21 11:08 | 読書録
「魂の演技レッスンCLASS10・アクションを豊かに」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS10・アクションを豊かに」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「パブロ・カザルスとあなたとの違いは何か?カザルスは、何事も小さくないと知っている。全ての音を等しく大切に扱う。そこに違いがある」

「99パーセントを捨てても、舞台でやるには100パーセント足りている」(スタニスラフスキイ)

「どんな時も、劇を自分の中に取り込んで欲しい」

この章では、具体的なシーンを演じるエクササイズが紹介されている。
本当に俳優になりたい人が独習したり、仲間と学ぶに役立つ作りになっている。
(小学校の同級生で、俳優で歌手、今や演劇の制作、指導側もする大村波彦くんも、この本を勧めていた)

読んでいるうちに、自分も演技してみたくなるほど、気合が入った指導が再現されている。

どんな仕事も、まずは思い入れ。
演技の仕事は大変だ。
次から次に、あるときは同時にいくつもの役に思い入れ、自己投入していかないといけない。

医師でも、我々でも、何かサービスを提供する仕事もそうかも知れないが、個々具体的な病気、紛争、サービスにで何とか充分であり、クライアント個人にではない。
俳優の場合は、露骨に歪な人格の役、人間に自己投入するのだから、尋常でない精神のタフさが必要そうな気がする。

でも、ここは参考になる。
個々具体的な仕事だけでなく、個々のクライアントにもほんの少しでも自己投入ができたなら、クライアントの満足度は上がるだろう。
人間関係も上手くいくかもしれない。
但し、自身の精神を十二分に鍛え上げ、維持していかないと、実際に少なからぬ俳優(能力の高い俳優)が仕事の後に(名演の後に)バランスを崩すと言われるように、精神の安定を維持できなくなる危険もあるだろう。

自分磨きと仕事やクライアントへの自己投入。

反芻し、倣いたい。
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by bengoshi_358 | 2012-05-18 11:36 | 読書録
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