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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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「魂の演技レッスン22」その1(ステラ・アドラー、フィルムアート社)
「魂の演技レッスン22」(ステラ・アドラー、フィルムアート社)

「出身地も社会的身分も違いますね。でも、このレッスンを受けている理由はひとつ。才能があるからです。本当よ。何かをやりたいと思う、その何かから才能が芽を出します」

まだ、読みかけのこの本。
ページをめくる度にわくわくドキドキする。
俳優としての成功を夢見る演劇クラスの生徒に向けた講義録だけれども、色んなことを学ぶことができる。

物事に取り組む姿勢。
中身、心、精神を充実させる必要性。
向上心を維持するコツ。
負けない心。
話の組み立て方、講義の仕方に人の心に火を付ける言葉。

演劇クラス?
関係ないよ。
そう思うかもしれないけれど、ステラが語る言葉は、上辺のテクニックではなく、もっと根本にある哲学、生き方に関わる。
そして、それは他のどんな分野にも当てはまる。

「自分自身を良いと思えない俳優は一生惨め。この惨めさは、お金をいくら貰ったって消えない!拍手を貰ったって消えない!自分はアーティストだ、俳優なんだと実感や自信があなたの中から生まれた時、あなたは成功したと言えるのよ」

「俳優には不安が付き物。成長し続けてこそ不安はなくなります」

「身体の全てを曝け出すことが俳優の仕事なの。舞台に立つ。スポットライトを浴びる。一挙一動が凝視され、隠れる場所がありません。隠れたいなら俳優をお辞めなさい」

「俳優がやることには、全て結果がついてくる。『捨てる』台詞なんて存在しないの。全ての台詞は一行ずつきちんと敷かれているの。オリエント急行の路線みたいにね」

「2足す2は4。どうってことのない計算よね。でも、声に出して言う時、『何万年もかけて見出された真実を明らかにするぞ』という意図を持たせることもできる。俳優の表現にはそれが必要なのよ。だから、サイズを身に付けて欲しいのです」

「舞台に立つ時には、全世界に伝えるんだという意識が必要なの。『どうしてもこれを私に言わせてくれ。世界中の人に聞いて欲しいんだ』という意識があってこそ、舞台に響く声が出る」

「あなたは俳優になろうと決めた。それは心の底まで傷付く仕事なの。でも、痛みから逃れることは死ぬことよ」


ここに出てくる、「俳優」は「弁護士」にも置き換えられると感じた。
多分、他のあらゆる仕事、心を込めてやるべき仕事に置き換えることができると思う。


殺し文句が多く、付箋や線引きが多くなる。
どれを引用しようか迷うほどだ。

全ての人にこの本を推薦したい。
是非、買って読んで欲しい。
俳優にならなくてもいいけれど、少なくとも、あなた自身の仕事、人生を思い通りに生きるためのコツやヒントは山ほど得られる本だと思う。


「私も皆さんと同じ社会に生まれ育ちました。でも私は社会に飲み込まれなかった。食われなかった。プレッシャーをかけられた。でも抜け出した。皆さんも社会に飲み込まれないでください」
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by bengoshi_358 | 2012-04-28 23:09 | 読書録
補足 「自己催眠術」(平井富雄、カッパブックス)
身体のリラックスは、脳の稼働効率が高まることにつながっていく。

「筋肉の電気活動、電気放電が減少すると、脳に向かう(求心性)刺激の頻度が少なくなって、脳の刺激を受け止める負担が少なくなる」からだ。

坐禅や瞑想と同じ。
じっと続けていくと、自分の身体の意識が薄れていく。
自分が世界に浮かんでいる感じになる。

できるだけ身体のエネルギーを脳に集中できれば、脳の稼働効率が高まるはずだ。
思考力、想像力は高まり、仕事や研究、勉強の課題の着想が湧く。

経営者には瞑想が流行っているという話を聞いて久しい。
以前、藤原直哉さんの講演会後の二次会で、藤原さんのインスピレーションの素がどこにあるのかと、瞑想についてお聞きしてみた。

藤原さんの場合は、研究調査しながら、講演で話しながら「瞑想状態」になることはあるという。だから、意識的な瞑想はされないとのことだった。

藤原さんは別格。
凡人の私は心がけてみよう。
忙しいときこそ、一歩下がってエネルギーチャージ、脳を喜ばすことをしよう。 瞑想だけに限らず。
意識して、 リラックス状態を作っていくようにしたい。
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by bengoshi_358 | 2012-04-25 12:06 | 読書録
「自己催眠術」(平井富雄著・カッパブックス)
「自己催眠術」(平井富雄著・カッパブックス)

石田行仁さんの心身医学から派生して、また自己催眠系の本を読んでみた。
著者は東大医学部卒、東大分院神経科外来部長、平成5年没。

心理学も好きだが、中でもセルフコントロール系。

結局、心身の稼働効率を高めていきたい、高め続けたいという欲求があるのだろう。
現に関わっている仕事や勉強をする。
同時に、効果的、効率的に遂行し、習得できるようにしたい。
仕事や勉強は、そういう場に身を置くことで自然とやっていく。やらざるを得ない。
しかし、基礎的な勉強のための勉強は折に触れて、本業の気分転換として続けたい。

さて、カッパブックス。
昔、一斉を風靡した新書だ。
同様の新書は、他に、ワニブックス、ゴマブックスがある。

昔は、簡単に本にならなかった。
確かな学識、見識が必要だったのか。
こうした新書、雑魚本の類でも、どの著者も確かな人物のようで、専門的水準は意外に高い。
筋電図、心電図によるエビデンスの紹介があり、理論的裏付けも詳しい。

この本は、自己催眠療法の手順がわかりやすく解説してある。
ビジネスマン向けなので、下の方の話(当時はキャッチーなトピックだったのだろう)が少なくないので、成人向けかもしれないが、若い世代にも読んでもらえるような工夫が欲しい。
だって、100刷近いロングセラーなんだもの。
あまりにもったいない。

藤平光一さん、中村天風師の、著書に書かれている教えには速効性があるが、そのうち慣れて横着になると効果が失せる感じが否めない。

実際に系統だてて学ぶ必要を感じないではない。

しかし、この本が紹介する自己催眠術は、独習でできそうだ。このとおりに実施しさえすれば、ある程度安定的な成果を得られるのではないかと期待させてくれる。


準備としては、椅子にリラックスして座る、仰向けで寝る、壁を背にもたれて座るという3つの姿勢から選ぶ。
そして、以下の順序で暗示を進めて行く。

1.ウデガオモイ
2.ウデガアタタカイ
3.シンゾウガシズカニウッテイル
4.コキュウガラクダ
5.タイヨウシンケイソウ(ヘソ、タンデン)ガアタタカイ
6.ヒタイガスズシイ


各10分位ずつ、一つ一つ習得していく。
習得したら、一気に最後まで。
但し、2.は血圧異常の人は飛ばす。3.は心臓疾患のある人は飛ばす。4.は喘息の人は飛ばす。
イメージを使い、頭の中ではお気に入りの快適な場所、世界でどの段階もできるだけ統一する。
各段階の暗示の言葉に適応したイメージを作り、感情を込めて味わう。
慣れてくれば、瞬時に6.の状態になれるという。
その際は、藤平光一さんによる、「重みは下、全身から氣が出ている、臍下丹田に意識を収める」といイメージのコツも補助的に使えるだろう。

著者は、数々のノイローゼ患者をこの治療してきたようだ。
患者は、著者から誘導され、自宅では自分で行う。
助言と示唆を与えるが、治すのは最後は自分というところか。

個々の各段階でのコツや各段階での効能は割愛するが、これは効果があると思う。
実は、私は中学、高校時代にゴマブックスだったか、他の出版社の類書で読み、試して効果を感じた記憶があるのだ。上がり症を克服できたように思う。
あの頃は、受験勉強で精神的にも余裕がなく、必死だった。

そのうち自身過剰になり、心身の稼働効率どうのっていうのは、能力のない人がすればいいとほざく友人たちに同調し、司法試験で塩っぱいめに遭い続けて自分の能力の不足を思い知らされるまで忘れ去っていた。
しかし、またやってみよう。
十代の頃は時間がないという切迫感に襲われてた。
今も、この前に読んだ本ではないけれど、「より良く死ぬための準備」「死ぬ前が最も賢い」となるために、残り時間がとても気になる点で似たような状況だ。
昔より賢い分だけ、慌てはしないが。



脱線したが、再度、自己催眠術の手順ないし段階は以下を、言葉の暗示とイメージの暗示を組み合わせて行うのがコツという。

1.ウデガオモイ
2.ウデガアタタカイ
3.シンゾウガシズカニウッテイル
4.コキュウガラクダ
5.タイヨウシンケイソウ(ヘソ、タンデン)ガアタタカイ
6.ヒタイガスズシイ

興味を持たれたら、Amazon古書で安価に出ているので手にとって読まれたい。
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by bengoshi_358 | 2012-04-25 00:31 | 読書録
「2-5 思い込みに左右されない」 (ジム・ドノヴァン)
「2-5 思い込みに左右されない」 (ジム・ドノヴァン)

「誰でもできるけれど、ごくわずかな人しか実行していない成功の法則2」(ジム・ドノヴァン、桜田直美訳、ディスカヴァー)

ジムは、「おそらく、最も人の気持ちを挫き、大きなダメージを与えるのは、他人や社会一般から与えられる思い込みだろう」という。

表題は、「他人の思い込みに左右されない」というのが正確だ。

悪意がはっきり見えない、自分よりいくらか知識経験の豊富な他人からの言葉には影響を受けやすい。
親切心からの指導という衣裳をまとった助言の形を取られると、ころっとやられてしまう。

誰にだって不安があるから、権威ある言葉や親切そうな態度に同調してしまう。


自分自身が他人の言う何かの言葉に納得しそうになったときの気持ちに着目するといい。
不安な気持ちが残ったならば、相手には不安があったのだと疑う。
相手の不安が移ったと思っていい。
相手が助言後も同じく不安そうなら、動機において、相手の助言は親切心からのもの。
自分がまだ不安でいるのに、相手が清々しく自慢げならば、相手はただ自分のできないことに挑戦する誰かのことが面白くなくて、そういう可能性のあるヤツの出現を阻止したことを喜んでいる可能性もある。
心が繋がっているように感じられるかどうかが、動機を測る一つの基準となるだろう(人間心理は複雑で動機も多様であり、ことは単純でないから厄介だが)。

何かをしたい、変えたいと心から望んでいる時には要注意。
助言は聞いてもいいけれど、聞いた方がいい場合の方が多いかも知れないけれど、場合によったら事前相談や報告が必要な場合もあるが、前例のないことについては、聞き方に十分注意が必要そうだ。
恐らく失敗談と否定的な意見がついてくる。
途方もないことをと頭ごなしに潰そうとされる。
潰されないだけの理論武装、意思を明確にしてから聞く。
潰されるようなら遂行、実現も覚束ないのだから、そのテストのつもりで聞く。

前例があることならば、経験した人に聞く。学ぶ。
真似できるところは真似する。
だけど、やりたいことや、やらねばならぬことの中には前例のあることばかりではなくて、周囲にはなかなか経験者が見つからないことや、前人未踏のことだってあるものだ。

他人の意見や親切心からの助言は尊重しよう。
前例がある場合には、よく聞いて学ぶべきだ。
しかし、「他人の思い込みに左右されない」ことは大切だ。
だから、他人の意見を聞く場合には複数の意見を聞いてみる。
前例がない場合には、失敗談と思い込みによる否定的な意見のオンパレードを予想してから聞くのがいい。失敗させたくない、傷つかせたくないという親切心からの引き止めがあろうし、自分のできないことをやられてしまって面目をなくすかもしれないという恐怖心からの引き止めもあるだろう。

ジムは、無知もあり、出版業界の常識破りの早さで雑誌を刊行した。
時間的なことに無知であったために、懸命な努力して早期刊行に成功したのだろう。
時を早めるのに他人の意見や思い込みに付き合う必要は全くない。

しかし、中身的なことは、ジムも十分に情報収集して勉強したはずだと思うし、無知のままで挑戦するより、他人の意見も聞いて十分に研究分析しておくのがよいのではないかと思う。

どちらにしても、確固たる目標、夢を持つことこそが出発点だろう。
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by bengoshi_358 | 2012-04-23 06:25 | 読書録
言葉の大切さ


FB仲間のブルガリアの武道家ラディブさんから紹介されたビデオ。
http://www.youtube.com/watch?v=ev2duJejO3o&feature=youtube_gdata_player
モチベアップのポスター写真メーカーのコマーシャルビデオのようだ。

英語の勉強をしながら、モチベアップになると思う。
また、プレゼンの勉強にもなる。

人生は短い。

充実した時間を過ごすには、良い言葉で心を満たすことだ。

人間は唯一言葉を持つ。
豊かな心を持つ。
心の動きの総体である文化を次の世代に伝承していける存在。

食べて、排泄して、寝て、起きるだけの生存だけではなく、生活し、発見し、創造できる存在。

その源は言葉。


大学で好い加減な学生生活を送ったが、2年の時にゼミ指導して下さった英米法O先生の言葉は忘れない。
『言葉を大切にする人になって欲しい』


いつも心掛けたい。
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by bengoshi_358 | 2012-04-21 16:03 | 日々雑感
「2-10 思い込みを少しずつ変えていく」(ジム・ドノヴァン)
「誰でもできるけれど、ごくわずかな人しか実行していない成功の法則 2」(ジム・ドノヴァン、桜田直美訳、ディスカヴァー社)

「2-10 思い込みを少しずつ変えていく」

大きな夢の方が叶う。
小さな夢は計算でできてしまう。
ワクワクドキドキするような大きな夢を持て。

それで始めはするが、途中の道のりは容易ではない。

現実を見て夢を疑ってしまうからだ。
なかなか夢は実現しない。
何も変わっていないではないか。
やっぱり夢は夢で叶わないから夢なんだ。
そうやって、夢を諦め、夢を持っていたこと自体を忘れてしまう。


「目標は経済的自立だとしよう。経済的自立を達成するには、自分には沢山のお金があると信じなければならない」(ジム・ドノヴァン)

そう、見えないものをまっ先に信じること。
「ある」と信じて、行う。

石田行仁さんの言葉で以下の言葉があった。
image --> think --> believe --> live
想像 → 熟考 → 本当だと考える → そのように働く

身体の反応は正直だ。

運命も、これと同じ方法でコントロールする。
ジム・ドノヴァンは要するにそういうことを言っている。
天風師の本にも同じようなことがしばしば出て来る。
身体(健康)も運命も同じようにコントロールできるのだと。

問題は、ワクワクドキドキするような大きな夢と現実の溝は大きく、現実的に考えると「それが本当に可能であると信じられない」(ジム)ようになってしまうことだ。


ただ信ぜよと言われても、なかなか難しい。
ジムは、『思い込みに橋を渡すテクニック』を使うのだという。
それは、「思い込みを少しずつ変えて行って徐々に目標に近づく」ことだ。

理想:経済的自立=お金が十分にある
お金がない → サイドビジネスを始めて収入を増やす・少しずつ貯金する → お金は少しずつ増えている

理想:身体が健康的に引き締まり、気分もいい
体重が変わらない → 運動して、健康的な食事をしていて、日を追う毎に健康になっている


結局は、箱田忠昭さんの『象を食べてしまえ』メソッド(目標を細分化して日々のタスクに落とし込む)とか、計算でできることを地道に行って行く、小目標を決めて実行して行く、など、実は当たり前のことを言っているに過ぎない。

でっかい夢、目標、ワクワクドキドキするような大きな夢を持てという人が、結局は計画どおりにやっていきましょうなんて、夢のないことは言えないけれど、やっぱりここは大切だから、触れざるを得ないということだ。

努力に勝る天才なし。

たゆまぬ歩み恐ろし蝸牛。

継続は力。


でっかい夢を持ちながら、「続けて行く」ことが大切なのだ。

私も、やめてしまってたことをもう一度始めてみる。
そして続けようと思う。

まだまだ夢を見ていたいから。
人生は幻、幻は夢。

方向転換しつつも、現実に適応しつつも、本当にやりたいこち、なりたいものがあったら、どうなるかわからないけれど、やってみたらいい、できる限度で続けてみたらいいではないか。

その方が絶対に楽しいから。
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by bengoshi_358 | 2012-04-20 06:25 | 読書録
心身医学療法への関心
マイブームというのがある。

本の著者、作家さんで次々に読んでみたくなるのもそのひとつ。

石田行仁さんのことが気になる。
アマゾンでまた3冊追加注文して、「心身医学療法入門」(誠信書房)がまず届いた。


「それは私が医師であり、第三者であるから考えついたのだと思います」というのが序章であった。

これは弁護士でも言えること。
私自身も、『どうしてわかったのですか!?』と相談者から驚かれることがあるけれども、実はそれほど凄いことでもない。

20年近くこの仕事をしていると、ある程度紛争内容、原因、解決法もパターン化して予想がつくようになっている。
その予想を口にすると、相談者からそういう反応が返ってくる。
それだけのこと。

もちろん、全てが別、そして着手後にも事情は変化していくから、決め打ちは避けたい。
「想定外」に備え、柔軟に対応したい。



少し先の章扉に、「医者(physician)[名詞]我々が病気の時にはしきりと望みをかけ、健康の時には犬をけしかけたくなる奴(A・ビアス)」という引用があった。

これも、「医者」を「弁護士」に、「病気」を「紛争」に、「健康」を「平穏」に置換できそうだ。


我々は他人様の不幸に関わることを仕事にしている。
それを決して忘れてはならない。
驕ることなかれ。
全ては役割分担。

悪徳だとか、アホだとか、外野からヒドイことを言われることがあったとしても、こういう仕事が好きだから、一所懸命やる。
目の前の相談者の悩みを通じて、社会の、人類の不幸の原因のひとつをなんとかするのだというくらいの気持ちでやる。
勝てば官軍式にならぬよう。


またまた日弁連の会長選挙のやり直し。
弁護士業界の行くすえを暗示するかのような紛糾ぶりだ。


仕事でも、学校でも、家庭でも、自立したヒトになろう。


…と、疲労感がずっしりと頭の上に居座ったような今日は考えもまとまらないので、早く帰るとしよう。。
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by bengoshi_358 | 2012-04-19 19:31 | 日々雑感
真剣勝負の流派
随分前に「剣術は敵を倒すという同じ目的があるのに多くの流派があったが、殺るか殺られるかの局面では僅な動きで決まるからだ」という言葉に感じるところがあり、メモにしていたのを今朝発見した。

改めて考えてみると、それはかつて多くの流派があったという事実しか述べていないとすぐわかる。

真剣勝負では死んだらしまいである。
生き残った方が勝ちであり、剣術において正しかったと思いたい。
極限状況を生き延びたのだから、正しく動いたことは間違いない。
生き残った者は命懸けの体験で掴んだもの、自分の命を救い、相手が命を落とした原因を追究し、これを秘伝のコツとして伝承した。
そうやって、流派が別れて行ったということだ。
真剣で命懸けの申し合いなど、何度もできるわけがない。
命懸けの真剣勝負で生き残った原因は、戦いの場、時刻、天候、相手の身体能力、双方の心理状況からして様々だ。
そうだとすると、十分に練りきれていない技術がそれぞれの流派になっている可能性がある。

上級のコツは、誰が、何時、何処で、どんな状況であったとしても、うまくやれる助けになるものだ。
何度もの体験、実践の試験を経て、普遍的な真理に近いものにまで昇華した技術になっていなければならない。

昔の真剣の時代の、幾多の流派に別れていた剣術がそこまでになっていたとは思えない。宮本武蔵の伝承が事実であったとしても、果たして彼が剣術を極め切れていたかというと疑問が残る。
極め切れていたとしても、具体的な技として受け継がれていないのであれば、個々具体的な真剣勝負での体験談を語り得た偉大な先達ではあるが、上級のコツにまで昇華することはできていなかった可能性がある。

やはり、竹刀が考案され、バンバン叩かれ、切られても死なない稽古ができるようになって初めて剣術は格段の進歩があったと言えるのではないか。竹刀を真剣だと思い、そう見做して、何十回、何百回、何千回と、実力が拮抗し、あるいは実力が上の者と稽古して剣術は磨かれ、発展していったと思えてならない。
たとえ、真剣で遙に実力の劣る相手を何百人斬り殺したところで、それが本当の剣術、上級のコツになることはない。

流派(派閥別れでなくて)が千々に別れるということは、まだ洗練されていないということであり、上級のコツとなっていないということだ。

逆にいうと、現代人は多くの場合、命まで取られることはない。
失敗しても死なない。
記録も、口伝や紙媒体だけでなく、ビデオでもできる。
同じことを目的として、幾多の実践を踏めば、必ずそこに道はできる。
同じことを目的としているのに、そこに到る道があるのに、そこを通らない手はない。
先人の記録に学ぼう。
真似よう。
先人の個性の部分で採用し難い部分は吐き出せばいい。

真剣勝負だから突飛なことをしてでも勝ちたいし、勝って生き残り、流派を開いた人もいただろう。
しかし、竹刀が考案されて、稽古が積み重ねられ、剣術が磨かれ、より高次に進み、流派は消滅したのではないか。
総合格闘技も、初めはバラバラだったが、セオリーができた。
空手もフルコン、防具、型の別はあるが、同じルールの中で流派の違いは派閥の違いレベルでしかない。

今生きているのはテストドライブではない。
リアルな人生。
真剣に何かを願うならば、突飛なことではなく、幾多の先人が磨いてきた手垢のついた方法で、轍のついた道でまず行こう。
そこで一所懸命に考えながら進むことで、より良い道を切り開くこともできるかもしれない。
少なくとも、計算でできるところまでは、誰よりも忠実に計算して計算通りに進んでみよう。

そこから先はお楽しみ。
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by bengoshi_358 | 2012-04-18 07:51 | 日々雑感
「友だちってなんだ?」 悪人正機・吉本隆明著
「友だちってなんだ?」悪人正機・吉本隆明著


「親鸞は、いかに人間が善意で人助けをしようとしても、助けおおせるものではないといっている」

だから、人助けはしてもいいし、しなくてもいい。善悪の問題ではないという。
ここは素晴らしい。

善行をしても本当に善行となっているか、あるいは、善行をしていると誇った時点でその精神的価値が失われるということか。

宗教家は素晴らしい教えを伝える。
そして、得てして善行を積むことを勧める。
勧めるのはいいけれど、真理を預かり、時には天国の鍵を持つという指導者が勧めることは強制に等しい。
拒否の選択肢がない点で過酷だけれど、善行はいらないといえることはなんたる寛容。
結局、神も仏も愛なる存在であるならば、それが本当ということになる。


そして、吉本さん流の喧嘩論。
「相手が何かしてきてもまずは我慢。これはもうどん詰まりだとなったときに、そら喧嘩だ、と。こういう喧嘩のやり方ってのは本気にしかまれないから、勝ちパターン。引いて引いてもう我慢できねえっていう時に本気でやれば、大体は勝つ」

ぎりぎりの瀬戸際まで剣は抜かない、ってことか。

吉本さんが、退屈しのぎにいじめっ子をいたぶって逆襲に遭い、打ちのめされた話があるけれど、これには苦笑する。

私にも、高校時代経験があるからだ。
体育祭の練習で、整列していた時、私の前に中学時代の塾の学友Y君がいた。
少し、くそ真面目なヤツだった。
県下で3位だという校則によるしめつけの厳しい学校にも慣れてしまった頃だった。
後ろから、右足をそっと上げ、同じ背の高さのY君の右方の上に踵をかすかに乗せた。
彼が振り返ったら、私の靴底にキスだ。
指令台では、教頭が何かしゃべっている。
だから、Y君は「たーけー!」と言いながら、おとなしくまた前を向く。
そのはずだった。

しかし、彼は、目の玉をひんむいて激怒し、「何をするんだ!!」と言って、いきなりショートレンジから右ストレートを私の左顔面に打ち込んできた。
ズキン、としたがそれ以上には効かないパンチだった。

吉本さんは、下駄で殴られて卒倒したらしいが、私の時代は靴履きでよかった。

私は、「おい、おい、冗談だろうが」と言って顔を見たら、金魚のように真っ赤になりながら、半分怯えた目で私を見るY君の顔に吹き出した。
すると、すぐに腕力自慢の体育教師が、「おーい、Y!何やっとるだ!!!(怒)」と叫ぶ。
Y君は我に返り、前を向き直り、コチコチの気を付けの姿勢になった。
私は、Y君に代わり、「なーんでもありませーん!」と大きな声で返事した。
残念なことに、その後Y君とは仲直りしたのだが、彼は文系、私は理系に進み、同じクラスになることもなく、疎遠になっていった。

高校時代は、幸いにも、誰とも本気の喧嘩をしたことはないままで終わったが(昔でもいくらか問題になったし、今なら即警察行きだろう)、1年生の入学式で出会った当時剃り込みを入れていたK君とは何度か顔面パンチなしのルールで取っ組み合いをした。
彼は私のことをそれで認めてくれた。私も同じだった。
K君はその風貌にも関わらず1年の最初の校内テストでクラスで上位に入った。
それでさらに私は彼に興味を持ち、親しくなった。

吉本さんは、「本当の友だちていうか、親友っていうか、それができる可能性のある時期が人生にはただ一箇所だけある。それが、青春期に入りかけた時です。こう、打てば響くんだってことがわかること、それが友情だってことになると思う」という。

私は、K君が20代半ばで亡くなったことが残念でならない。
彼とは何でも話せる仲だったし、彼もいろんなことを話してくれた。

吉本さんは、「普通の人間っていうのは、大抵、幼い頃の友だちの存在を忘れたり、薄めたりとか、利害のことだけが先に来るとかっていうことになっていきます。実際、友だち関係をずっと維持できたら文句なしで、それは本当にたいしたもんなんです。普通はゼロなんですよ。俺ともだちたくさんいるよなんていうヤツいるけど、そんなの大部分はウソですよ。月並だけど、人生というのは孤独との闘いなんですから」と、結局、「自分の記憶の中にのみ友だち関係は残るんだ」という。

生きていれば、K君は、そうではない、レアな本当の友だちになれたはずだった。
そこだけが残念でならない。
そういう可能性のあった子ども時代の友人たちの何人かは、K君のように病気や事故で亡くなった。

子ども時代によく遊んでくれた5歳上のA君は私が小3の時に、中1の時に勉強を目覚めさせてくれて大学入学まで目標にしきたH君は大学2年の時に。

彼らのことを思うと、寂しくて残念でならないけれど、「記憶の中に残る友だち関係」はどれも輝いている。

それだけでも幸せということか。

それがあるからこそ、「孤独との闘い」も続けられるというものだ。

友だち関係は、無理するものではないし、永遠でもない。
人生の中では本だけが友だちという期間も少なくない。
本ばかりでなく、映画だったり、趣味だったり、仕事だったりするかも知れない。
それが普通なんだということ。

普通の暮らしの中でまた本当の友だちもできてくる。

少しだけ、吉本さんに反論すると、ある程度年齢がいってしまっても、本当の友だちができないわけではない。
共通項のある人とは驚くほど早く親しくなれることがある。

子ども時代からの友人ほどではないけれど、それもまた楽しい友だち関係だ。

私は、先に逝ってしまった仲間の分まで、人生を楽しもうと思う。
気楽に行こう。


楽しみはまだまだこれからだ。
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by bengoshi_358 | 2012-04-17 12:33 | 読書録
離婚家庭の子どもの支援
離婚家庭の子どもの支援という視点で活動する「NPO法人あったかハウス」

弁護士や家裁で解決できることは多く無い。

こうした活動が根付き、広まって欲しいと思う。
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by bengoshi_358 | 2012-04-16 19:30 | その他法律関連
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