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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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<   2006年 10月 ( 100 )   > この月の画像一覧
追伸
何が正義か、どちらが正しいのかは裁判の中で完全に明らかにすることは難しいことだと思います。

公平、適正、適法であるようにすることまででしょうか。

起こってしまった、いろんな意味でのバランスの崩れを是正する。各自が是正しようとがんばっている人々の手助けをする。

政治とはちがって受動的で理性的な働きをするのが裁判所の役割。

事実の問題と意見とは区別しなければならないし、政治判断と法的判断の問題も区別されなければなりません。

裁判所はいつも理性的で非政治的です。
しかし、その守備範囲の中では少なからぬ裁判官、書記官、調査官、調停委員の方々は熱く、親切です。


わたしは依頼者の主張が裁判所に届くようにと努力をしますがいつもそれが通じるわけではありません。
思いが通じないときでも、裁判所によく事案を理解していただき、裁判官から直に依頼者にも温かい言葉を掛けていただくことはたびたびあります。(代理人がついているときは、裁判官も直接声をかけない〜代理人との打ち合わせないしに事実を訊ねようとしているとの誤解を誤解を与えないため)
はっきりと上訴すべきとわかる事件もまれにありますが、長く争ってみて、敵方の事実の見方の方がより説得的だとわかることもあります。

そうした、徹底的にやり尽くした事件では、負けたときでも、残念ではあるけれど、本当に良い方達と仕事ができてよかったと思います。

先週、三年越しで負けた事件がありました。やり尽くした事件です。

裁判所は、わたしの依頼者の事情を汲んでぎりぎりの和解を敵方に説得して認めさせてくださいました。

その依頼者にはご不満も残ったとは思いますが、「みなさんに出会えてよかったです。」と言っていただけました。
わたしも貰い泣きしそうになりました。


この事件に前後して、ずっと不安に苛まれていた老夫婦の依頼者にはうれしい判決がいただけました。難しい事件でしたが、弁護士の側の努力よりも裁判所側の忍耐と真実発見へにむけての慎重な審理があったからこそと思います。

本当によい方たちと良い仕事ができました。

これらの判決と、今現在係属中すべての案件が、倦み疲れそうな弱い自分を励ましてくれます。

今日も感謝です。
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by bengoshi_358 | 2006-10-31 19:21 | 日々雑感
歴史の重み。
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岐阜地裁多治見支部の前にある表示は古い石でできています。

ひび割れているためか、コンクリート製の枠に入っています。

多くの人の悲しみと期待と安堵を見てきたことでしょう。

これまでこの表示を切なる思いで見つめてきた過去の人々、現在通っている人々に思いを馳せます。


悲しみのあるところに喜びを…

聖フランチェスコの祈りの言葉が心に浮かびます。

それでも生きている。

生きている、それだけで人はみな幸せだと歌う松山千春さんの歌も響いてきました。


今日も、明日も、全国の、全世界の裁判所が、助けを求めてやってくる人々の争いを収め、紛争解決の指針を与え、できれば心の傷ついた人々に慰めと希望を与えてくれますように。
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by bengoshi_358 | 2006-10-31 15:20
正義の断片は星の数だけ。
テレビでも、ちまたでも、「あれが正しい。」「これは間違っている。」という言葉が聞かれます。

どこまで正しいのか、間違っているのか。
なぜそう言えるのか。
どういう情報をもとに、どういう理屈でそう言えるのか。

自信満々で口角泡を飛ばし興奮して言い放たれる評論家の姿を今朝テレビで観て感じま
した。

「正しい」と信じたいだけなのではないのか、と思ってしまいます。

良い悪いの問題ではありません。
その方のご意見が正しくないと言っているのではありません。

なぜ「正しい」と考えられたのか、その根拠、それを支持する資料等がわからなければ、やはり疑問符がついてしまいます。

論者が感じの良い人であっても、人間性に優れていたとしても、やはり何かを白黒判断つける場合には、根拠をしっかり確認することが前提になければなりません。


訴訟ではなおさらこのことははっきりしています。
言い分が食い違っているから裁判になっているのですから、相手に対して、嘘つきだと指差しても仕方がありません。
どこがどう嘘なのか、どう事実と違っているのか、きちんと証明していかなければ、表面上正しく見える人の主張でも採用してはいただけません。


「他人を許せないサル」(正高信男著、講談社)を読み始めて、日本文化についての部分を読み、今朝のテレビでの評論家の不公平な断定を観て、どうも日本人はその人の意見自体の確からしさよりもその人自身を信じてしまいやすい傾向にあるという気がします。

しかし、人は変わります。
意見も変わります。
何かの判断をする必要がある場合、その人の人間性とは切り離して、事実に基づいて論理的に考えてみることが必要ですね。
また、テレビで評論家としてプロとして登場される以上は、印象のレベルで物をおっしゃっているのか、断定的意見として物をおっしゃっているのか区別していただきたいし、意見として物をおっしゃる場合には簡単でもよいからなぜそう考えるかをお示しいただきたいと思います。

大きな問題についての判断は、情緒的な好き嫌いであってはならないと思います。
だいたいが好き嫌いがはっきりあるということ自体、人間としては未成熟なのではないかということをどなたかの本で読んだことがあります。
たしか、中村天風師は、「怒る奴は豚やろうだ。」とか「豚以下のゲスやろうだ。」とかおっしゃっていたように思います。

いろんな見方があります。
正義の断片は人の数だけ、星の数だけあります。
真理や真実は1つだけ、太陽もひとつだけ。
太陽は1つでもその光を受けて輝く星は膨大にあります。
真理や真実の光が反射する正義の断片も膨大にあります。
人間の見ている真理や真実、正義は客観的には1つでも、人間というフィルターを経る以上、ゆがみもあれば、1つのものの一部分だけということもあるわけです。
そういった限界を常に知っていたいし、自分だけが、自分の側だけが絶対的に正しいという傲慢さからは距離を置いていたいですね。

*「他人を許せないサル」(正高信男先生)、「バカの壁」・「超バカの壁」(養老孟司先生)、「成功の実現」(中村天風師)などの本が参考になります。
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by bengoshi_358 | 2006-10-31 13:55 | 日々雑感
わたしに与えられたのは30センチ四方のみ。
政木先生のことを思い出せたのは幸運でした。

次から次にやるべきことがありましたので、あれこれ考えていたのではしんどくなってしまいます。

普段からそういう良い言葉を蓄えておくべきことも真実ですね。
いざというときに、そういう言葉を読む気になどなれませんから。

人が普通に立っている地面の広さは30センチ四方。

地に足付けて、前を見て、目の前にあることを淡々とこなしていくだけ。
当たり前のことを当たり前にではなく、無減少の努力を無限大の時間を続けるつもりで。

政木先生は、かなり変わった方ですが、ご著書や講演集(ネットで無料で出てきます)亡くなられた今も沢山の人に影響を与えていますね。(かなり変わられていますので、飲み込めない骨は飲まないようにしています)(理解できないことはそのままにして)

今日も予定された仕事に加えて思わぬ雑用があり、走り回ることになりそうです。

ブラジル料理で充電してきましたから、大丈夫です。
さて、がんばっていきましょう。
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by bengoshi_358 | 2006-10-31 12:28 | 日々雑感
すっかり涼しくなりました。
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夜も9時になりますと、爽やかな秋風が入ります。

近所のアルペン本社ビルが建設中なのですが、本社ビル敷地の南隣の結婚式場のような建物は完成していて、何か催されているようです。
レセプションホール、迎賓館のようなものなのでしょうか?

夜はとてもきれいです。


今日もいろいろな相談や打ち合わせをし、そのあとで書類作成をしていたらこんな時間になってしまいました。



少し変わった学者さん、発明家で故人ですが、政木和三先生のおっしゃったことを思い出しました。
執着を手放し、無我の大欲につくといったお言葉だったと思います。
想像することができないくらい大きな夢を心に持って、一旦忘れて、目の前にあるやるべきことを淡々と行っていくのがよいのだといった内容です。

がりがり、きりきりした気持ちで行うのではなく、焦らず、慌てず、目の前、足下をしっかりみつめて小さなことを大切にして積み上げて行く、その先に自然と結果が伴ってくるものなのだ、と。

夢をインプットしたら、あとは自動操縦に任せてしまう感じがよいのかも知れません。

歴史上の信念に生き、信念を実現していった偉人たちの生涯の多くもそんなだったようだと読んだように思います。


さて、そろそろ帰るとしましょうか。

明日もがんばっていきましょう。
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by bengoshi_358 | 2006-10-30 21:13 | 日々雑感
川辺のボート
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今日は円頓寺商店街(東)に昼ご飯を食べに出ました。


寿司ランチにしました。寿司屋さんもランチはお値打ちなのでうれしいです。

入り口の「まねき寿司」さんは店もおしゃれで、若い大将と若女将が和服でキメてます。予算の関係で千円のアナゴのなごの膳にしましたが、盛りつけも季節感ある草花できれいに飾ってあり、視覚的にも美しく、またアナゴの味付けもよく、一緒に載っていたのり巻きもうまかったです。(ランチ予算は、¥1,000〜)

ずっと奥の江川線手前近くの「よしの寿司」さんにはランチで先週行きました。
ここは、ごくふつうの昔からのお寿司屋さんという感じで、ジモピーの顔なじみが多く集まります。お寿司は、ランチ盛りもきちんと美しく握られていて、庶民的な店作りでも、ランチでも、ちゃんと「やる気」で作ってくださっているなと好感が持てました。もちろん、とてもおいしかったです。(ランチ予算は、¥800〜)

どちらも、赤出汁と上がり(お茶)が非常においしいです。寿司屋さんなら当たり前なのですが、ランチでおいしい赤出汁とお茶が飲めるところはあまりありませんからね。


軽くしておきたい、でもおいしいものがいい、しかもお値打ちで、というときには、お寿司屋さんランチがいいですね。


帰りに、堀川にボートが浮かんでいるのに気づきました。
堀川も水色がだんだんよくなり、臭気もほとんど橋の上からは感じなくなりました。
とても気持ちのよいお天気ですから、こんな日はボートで堀川クルーズも楽しいでしょう。
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by bengoshi_358 | 2006-10-30 12:47
生きていればなんとかなる
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悲しいニュースが続きます。

ときには生存しているだけでもよい、とにかく生存だけでも確保することに全力を尽くさなければならない場合もあります。

まだ死ななくてもよい人が人為的な事件や事故で命を落とすことは辛く悲しいことです。


とくに自殺はまったく心が痛みます。


今朝外に出ると庭では食べ残して痛んで捨ててすっかり忘れていたトマトから芽が出て実までできていました。

その横では鉢植えで枯らせてしまったけれど、もしやと思い、庭に地植えしておいたドウダンツツジの枝に新芽が出ていました。

植物の命の力ですね。

生きてさえいれば、気概を心に秘めて、生きていてくれさえすれば、いつかどこかで芽が出ることもある。

植物よりも、何よりも神に近いから霊長類と呼ばれる中の頂点に立つ人だから。

だから、まずは生き続けてください。お願いします。
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by bengoshi_358 | 2006-10-30 11:27
人を生かすもの。
「人はパンのみにて生きるにあらず。」と言いますが、人を生かすもの、本当に生存しているだけではなく、生活し、それも生き生きと生活させるものは、夢であり、信念であり、信頼です。

こうなれればいいな、こうなりたい、こうなることができる、そんな思いです。
それらがなければ、生存しているだけであり、どうせだめだ、きっとだめだ、できるわけがないという思いに凝り固まるならば死の速度を速めるだけのようになります。

わたしは、キング牧師の演説が好きです。

シンプルで強い言葉です。
「わたしには夢がある。」

この場合の夢は、漠然とした抽象的なものではなく、信念のレベルに達した夢です。
それが語られた時代には、制度的にはキング牧師の夢を実現する基盤はありませんでした。キング牧師の夢を妨げる堅固な障害が制度化されていました。

キング牧師は信念が通じる前に倒れましたが、そのあとに続く人々が彼の言葉に生かされ、覚醒され、彼の信念を実現するに至りました(まだ完全ではないとは思いますが、機会の公平はかなりのレベルで実現されているのではないでしょうか)。


「人はパンのみにて生きるにあらず。」
「幻(夢)がなければ民は滅ぶ。」
どちらも聖書の言葉でしたでしょうか。

信念にまで落とし込まれた夢こそが、人を本当に生かすのではないかと思います。
一時の熱狂ではなく、静かで確かな信念こそが人を本当に生かす。


「わたしには夢がある。〜になり、〜となり、〜となる。」
いつも辛いときには口に出す。
困難を乗り越える力をくれるのは、自身の夢、信念。

でも、いつも言っていなければ、本当に辛いときにいきなり口には出ませんから。(*)
だから普段から口にする。人にではなく、自分自身に言い聞かせる。
*そういえば、一人さんの言葉にありましたね

小さな子供にも同じことですよね。
その昔、心ある大人は子供に対して、「立派な人になるのだよ。」「世の中の役に立つ人になるのだよ。」と言って聞かせたものです。子供の方ははじめよくわからないけれど、大きくなるにつれて、節目節目のときに、その言葉を思い出し、悪い道に進まずに正しい道を選択できたと言う話をよく読みます。
「ふつうでいい。」「稼げる人になるのだよ。」という言葉では、小さな子供の夢の芽を摘み、あるいは歪めてしまうのではないかと思います。
(でも、自身で信じていないならば、伝えることは出来ません。現在の教育の問題は、教える側の問題でもあります。わたしは教師の仕事はもっと評価されなければならないと思ってしまいます。評価のシステムもどうにかしたほうがよいのではないかとも思います。どうも、がんばっても同じではやる気もなくなりますし。警察官しかりです。)

さて、キング牧師のスピーチ。
ネット上で公開されていました。
映像も、原稿もダウンロードできます。
i have a dream で検索すればいくつか出てきます。
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by bengoshi_358 | 2006-10-30 04:56 | 日々雑感
所得隠し。
SBIの所得隠しのニュースがありました。


疾風怒濤の週末を送っていましたので、気にはなりましたが、フォローせずにおります。さて、今後の北尾吉孝CEOの対応やこれいかに。


まだ、正式なコメントはないようですが、白黒はっきり物を言われ、「義」を重んじられる方であるだけに、どんなご発言をされるのでしょうか。

ライブドアのフジテレビ買収問題(実は、当時わたしはアンチ北尾CEO)以降、北尾CEOの著書や記事のうち目に入ったものはチェックしておりますが、語られている言葉を前提にすると、所得隠しや議員への利益提供をはっきりと自覚されていたとは思えません。

しかし、これほど大きな(SBIにとっては大きくはないのかも知れませんが)金額のことですから、全く知らないということも、それ自体重過失というか、問題ではありますね。

北尾CEOの本件に関するコメントが出るのを待っています。
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by bengoshi_358 | 2006-10-29 13:11 | 日々雑感
問題はあって当たり前。
問題があって当たり前だということをしばしば耳にします。

全く問題のない人や会社などありません。

問題があるからこそ、成長ができる。
夢や希望と現実のギャップが問題なのだから。


問題がない人は神サマです。
思ったことが何でもできてしまう。
何でもそのとおりになってしまう。

現実の人はそうではありません。
なかなか思うとおりに行かないのが人生。

思い通りに行き過ぎてしまったら面白くないし、なんの成長もないのでしょうね。
考え、工夫し、試みて、また考え、修正し、試みる。
そんな繰り返しの中で、成長ができる。
賢くなる、上手にできるようになる、ということはこの上もなくうれしい、心地よい体験です。


人は心を、魂を磨くために生まれてきた。
人は体験するために生まれてきた。

そんな風に言う人もいます。

がっかりする前に、「問題はあって当たり前。だから、おもしろい。」と言い放ってしまおうと思います。

あと少しがんばります。
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by bengoshi_358 | 2006-10-28 21:34 | 日々雑感
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