行列の嫌いな弁護士事務所 加藤弁護士事務所
HOME
事務所案内 取扱い業務 TOPICS 料金 ご相談窓口 FAQ


愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
検索
カテゴリ
全体
こちらもよろしく
事務所について
日々雑感
読書録
会社法
民事再生法
破産法
相続
離婚
交通事故
借金整理の方法
講演録
その他法律関連
信頼できる他の専門家のHP紹介
趣味
弁護士という仕事について
労働法
備忘録
未分類
ブログパーツ
フォロー中のブログ
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
カテゴリ:読書録( 593 )
「フランクルに学ぶ」・6講(斉藤啓一、日本教文社)
「フランクルに学ぶ」・6講(斉藤啓一、日本教文社)

『あらゆる行動とそれに伴う全ての感情生活は、唯一の課題、即ち、ただ生存を維持するということに集中する。ただ、生きる延びることだけが唯一の目的だった』(ヴィクトール・E・フランクル)

『勇気を無くさないで下さい。生命を信頼して下さい。絶望を追い払えば死を遠ざけることができます。お互いに助け合ってください。これこそ、生き延びるための唯一の手段です』(アウシュビッツ被収容者リーダー)

『毎朝、何千人もの人達が足を引き摺るように歩きながら、一輪の花を踏まないようにして歩いていた』(被収容者ゲルタ・ワイスマン)

勇気、希望、信頼、友愛、美。

極限状況の中で、人と人が食い合うことが起きやすい。
ナチスもそれを狙っていたのだろう。
生還者たちは、食い合った者達がどちらも死んでいったのを見た。

極限状況で生還者たちを支えたのは、食物ではなかった(食物は配給物それ自体が生存を維持できるものではなかった)。

人間とはどこまでも人間だということか。
ナチスの非道により動物、獣となること、無感情の木偶人形となることをを強いられ、多くの人々が滅んでいった。
体力、気力が萎えて命を落として行った。
しかし、アウシュビッツから生還した人たちは、人と人との関係性の中で生き、勇気、希望、友愛、美の心を失わなかった。乏しい食事でも体力を維持し、気力を保ち、精神のバランスを失わずに生き延びた。

では、現代を生きる我々はいかに生きるべきであろうか。
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-08-06 07:00 | 読書録
誰にも必要な心理武装 〜「すべての超能力は再現できる ~脱洗脳」(Daigo & 苫米地英人)
「すべての超能力は再現できる ~脱洗脳」(Daigo & 苫米地英人)

これは面白い本。
私は、説得や承諾誘導、神経言語プログラミング(NLP)、マインドコントロール、洗脳に興味がある。

詐欺師やペテン師(区別基準には「容易に判別できるウソかどうか」や「本人自身が信じ酔っているかどうか」等諸説あり)、虚言癖ある人、他人の足を引っ張ることが生きがいみたいな人等に被害を受けた方々の相談を数多く受けてきた。

ある人はどうして引っかかり騙されてしまうのか、どこに騙されてしまうのか、騙す側が意図的に行っていることは何か、無意識的に行なっていることは何か、被害者は何を信じ、何を期待して深みにはまっていくのか。
それを解明したいという思いがある。

さすがに、Daigoも苫米地さんも、自分たちが職業としている「ネタ元」に関わる部分は、うまく話を避け、躱して、核心部分の外縁をぐるぐる回っている感は否めない。
しかし、それでも小出しにヒントは出してくれているので面白い。
Daigoの本も2冊買ったし、苫米地さんの本はかなり買っている。
この本も、即買ってしまった。

ステラ・アドラーの演技の本を読んだせいか、まず次の言葉は面白いと思った。

「リー・ストラスバーグがスタニスラフスキーシステムをもとに作ったメソッド演技法があるが、必ずバーチャルミラーの指導がある。」
「全方向から見えている自分の姿を客観的にイメージしながら演技しないと、演技としては完成しない。」

役者ばかりではない。
我々、社会の中で人との関係性の中で生きている全てが「演技」を意識するべきである。
どう見えるか、見られるか、にもっと注意した方がいい。
いい歳になってから、つくづくそう思う。
遅ればせながら、気づいたときからでもいい。
Elbow ones way的な生き方では、相手をハードクラッシュさせるか、自分がハードクラッシュさせられるかになってしまう。
低コストで相手からの承諾を勝ちとり、必要であれば自分を変えていく。
自分の見え方を変えていく。

どう見えるかが大事なのは、次の言葉にも現れる。
「あとは自分で書き込んでくれる。(例えば)新興宗教の教組は人前でかっこつけてるだけで、家に帰ったら何やっているかわからないが、信者の方で勝手に24時間の残りを想像してれる。」

要は、相手に良い自分のイメージができてしまえば、後は話は早いということだ。

悪意を巧妙に隠して「演技」する悪辣な人々に食われてしまわないように、逆からも学ばなければならない。
・先入観を持たない。
・あの人はこういう人だから、と良くも悪くも決め付けない。
・人間の良し悪しの判断や推測は置いて、その人の行動を見て、自分の基準で判断する。

「メンタリストは、ミスディレクションといって、言語的な誘導とか動きによって盲点をつくる。すると、本当はそこに最初から存在しているのに見えなくなる。見えているのに見ていない。ミスディレクションを解くと、それらがみえるようになるので相手は驚く。」

ここで、苫米地さんの言葉の中の「メンタリスト」を「詐欺師」「ペテン師」に置き換えてみて欲しい(注:メンタリズムも素晴らしいエンターテインメントだが、悪用された場合の危険は大きい)。

残念ながら、悪辣な人々は一定数存在する。
生来的に悪辣な人ではないかも知れないが、その性格のために自分自身が苦しみ、周囲も苦しむという気質を持った人々が一定数存在するという。
※「良心を持たない人たち ~25人に1人という恐怖」(マーサ・スタウト、木村博江訳)
※「平気でうそをつく人たち ~虚偽と邪悪の心理学」(M.スコット・ベック、森英明訳)
※「うそつき ~うそと自己欺瞞の心理学」(チャールズ・V・フォード、森英明訳)
※「結局、自分のことしか考えない人たち」(サンディ・ホチキス。江口泰子訳)
※「あなたを傷つける人の心理 ~きずな症候群」(加藤諦三)
※「なぜこの人は、自分のことしか考えないのか」(加藤諦三)

自分が自分らしく生きるために、知的武装は必要だ。
いや、心理武装といったほうがいいかも知れない。
いい人が苦しめられないために(加藤諦三先生によれば、「いい人」が食われてしまうという)。
不当に苦しめられている人が立ち上がるために。
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-27 17:44 | 読書録
続ける 〜「仕事はおもしろい」(斎藤一人、マキノ出版)
昨日は台風4号が列島を縦断。
今朝は台風一過。
とはいえ、厚い雲の梅雨空が広がっている。

夏から秋には台風と向き合ってきた日本人のご先祖たち。
大きなものから小さなものまで、人間の力ではどうにもならない自然災害。
どうにもならないものやことがあることを、通り過ぎて行くのを待つことしかできないものやことがあることを改めて思う。

さて、今朝も斎藤一人さんの「仕事はおもしろい」(マキノ出版)から、少し。

「技は1つ覚えればいい。
真剣勝負では、身体がすくむ。
いろんな技を覚えていても使えない。」

これはそのとおり。
得意技を磨くべし。
但し、やっぱり得意技へ持って行くための導入の技、得意技を決めたあとの締めくくりの技ないし動きまで考えておきたい。

勝負に勝っても試合に負けたらいけないから。
勝負に勝っても命を落としたらいけないから。
勝って、逃げて、また勝ち続けなければならないから。
その点、かっこ悪くても勝ち逃げを続けた宮本武蔵は凄かったのだと思う。

「続ける。やり続ける、言い続ける。」

続けて行くことで、質的変化を呼び起こす。
ワープしたような感じになる。
奇跡は続ける人のところから起こって行く。


「素敵な人はすごく少ない。だから、素敵になるのはすごく簡単。」

物事は、難しいと思うか簡単と思うかでその後の進み方がかなり違って行く。
無謀ではいけないけれど、準備に周到過ぎて着手できなくなってもいけない。
やってみては修正し、進んで行く。
手始めに簡単なことなんだと仮定してみるのは悪くない。
簡単なことでもすぐに成果が現れるなどとは思わない。
手近な安易な成果は思わず、でっかい夢を心に燃やして続けて行く。
続けている人は素敵に見える。
続けていくと楽しくなる。
楽しく続ける人は最高にかっこいい。

我々は大きな自然の中で自然の一部として生きている。

慌てず、焦らず、取り越し苦労は脇におき、のんびり行こうぜ。
そんな声が心の中から響いてきた。

続けていけばいいんだよ。
これと決めたら、まずやってみる。
納得が行くまで続ける。

「とてつもない光が自分の内側から輝き出してくるものなんだよ」
リチャード・バックがそんなことを言っていたと読んだのを思い出す。
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-20 12:36 | 読書録
限界を超える ~「仕事はおもしろい」(斎藤一人)第四章
限界を超える ~「仕事はおもしろい 第5章」

「人の魅力はその人が限界を超えたときに出てくる。」

魅力が勝負を分けるポイント、と前章で読んだ。

その魅力というのは、その人の限界を超えたときに出てくるという。

生まれたままで魅力的なのは赤ちゃんと、相当な美男美女に天才だけか。

普通の人が魅力的に輝くのは、その人が限界にチャレンジし、それを超えたとき。

甲子園が一つの例か。
きら星もいるが、身近な高校生がひたむきにチャレンジし、成長し、限界を超える姿に感動させられる。

人はみな現状維持が好き。
だから現状を変えようと、より良くなろうと努力する姿、成功を見るのが好き。

でも、現代は現状維持だけでも大変なこと。
時代は停滞し、右肩上がりの時代ではないのだ。

だから、「現状を維持したいなら、常に挑戦しないと無理」だとも書かれている。

ホント、生き残るために勉強し、かつ、挑戦をし続けなくてはならないのだ。

「限界を打ち破るというのは、弱かった自分を超えること。」

そう、闘いは外にではない。
闘いは自分の内に。
昔、学生時代に読んだ庄司薫を思い出した。
「もっとも手強い自分自身という敵」
「青少年期は人生の兵学校」
そんな言葉があった。

多分、人生すべてが通しで兵学校なのだろう。

魂磨きの兵学校。
魂磨きは「魅力的になること」だと一人さんは書いている。

魂磨きは、わくわくどきどきする体験をして、魂の埃落としをすることだ、という人もいる。

わくわくどきどきする体験を多くした人は、大抵が魅力的。

わくわくどきどきする体験の多くは、チャレンジ、挑戦だ。

同じことが違った切り口で説明されているということだ。

さて、挑戦する、限界を超える。
どうしたらいい?

慣れていない人、成功体験の全くない人(はあまりいないが、全くないと思い込んでいる人は少なくない)はどうしたらいいだろう。

「真似をして、その上で自分の工夫を付け加える。富士山の上に脚立を立てたら日本一。」

真似からなら入りやすい。
注力するべきは、自分なりの脚立を作り上げること。

仕事はやっぱり大変だ。
それが当たり前。

「ディズニーランドへ行って楽しいのは、お金払っているから。」 

できるだけ楽しくやろう。
工夫しよう。
真似して、挑戦して、限界を超えていこう。

Go or die.
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-19 09:50 | 読書録
不義理は恥 〜「仕事はおもしろい」(斎藤一人)
斎藤一人・「仕事はおもしろい」



第2章は、「義理と人情の成功法則」。

一人さんの1作目、「変な人が書いた成功法則」のようなイメージ。



現在のような厳しい時代には、「法則」どおりにやらないとうまくいかないのだそうだ。



その「法則」について語ることを本筋に、例によって小さな脱線をしながら(脱線も関連性のある脱線であり、それ自体に学ぶべき点がある)、一気に読ませてくれる(語りおろしの文章起しのようだ)。



「法則」その1は、

結局のところ、世間の期待に応えるということ、世間の期待以上のことをするということ、かなと感じた。



「人生は自分が決めてるようだけど、人が決めてるんだよ。」

「あなたを選ぶかどうかはお客さんが決めている。」



自分が、どう見えているのか、思われているのか、きちんと考えて行動したほうがいいということ。



それと、「法則」その2は、

好きなことを仕事にする、仕事を好きになる、好きになれるように工夫して楽しくやる、ということ。





「はなゑちゃんは、美容が好き。だから、人の10倍仕事してもくたびれない。好きなものは他人の10倍努力しても疲れない。」





ビジネスマンはすべからく心したい。

「偶然で当たっちゃったものは、偶然失敗する。法則をしっかり知っていれば、失敗はないんだよ。」



「厳しい時代は、法則通りにやらないと、うまくいかない。」



そして、「法則」その3、

脱線かも知れないけれど、こだわるところにこだわり、こだわるねきではないところにはこだわらない、とうことか。



こだわるべきではないこと。

自意識と宗教を挙げている。

「世間の目ばかり気にするなという人は、世間に負けている。みんな世間の見る目を甘く見ている。世間の見る目をばかにする奴は成功できない。」



「神を出されたり、宗教を出されたりすると、凄い問題のような気がするが、宗教なんか何でもいい。何千年と続いているのだから、いいこと言っているのだろう。どうせ全部いい宗教なんだから、いい女がいたら改宗すればいい。こだわること自体が宗教に負けている。」(信仰は自然的なものだけれど、宗教は人為的なものということか)



こだわるべきこと。

義理と人情を挙げている。

「筋の通ったことをする。世話になった人に対して、自分がどういうお礼をするかっていう気持ち。そのことがなくて成功しようなんてとんでもないよ。うまいから食べるんじゃなくて、以前世話になったところだから食べに行く。」



「意気に感じて生きているやつは、周りに意気に感じて生きているやつが集まってくるんだよ。人の世話になることは恥ずかしくない。世話になったことを忘れるのは恥ずかしいんだよ。」



胸に手を当てて、色んな恩人のことを想う。

恥ずべき存在に成り下がってはいないか、常に反省をしようと思った。
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-13 14:27 | 読書録
形から入る ~「仕事はおもしろい」(斎藤一人)
第1章の題も「仕事はおもしろい」。
この章も殺し文句満載。

つかみが、またいい。
みっちゃん先生の20代のうつ病克服話が「おもしろい」。
一人さんが、みっちゃん先生を、毎日ステーキ、焼き肉食べに行かせて、家ではレバ刺し食べろと命じたそうな。

有り得ないことは起きない。うつ病の人がばりばり肉を食べる姿は有り得ない。だから「ばりばり肉を食べる」を続けたら、両立しない「うつ病」の方が消えてしまったのだ、と。

「最初に治った現象を作る。すると後から現実がついてくる。」

これは真似したい。
何にでも応用できる。

「絶対不可能なんて、世の中にないよね。」

「目的地見つけたら、そこへ進むことだけ考えればいい。」

一人さんの本やテープ、CDは、すぐに結果がでるようなことは教えてくれない。
日本一の商人だから、こうしたら儲かる的なことを期待するかも知れないが、一人さんが教えてくれるのは、もっと射程圏の長い知恵。
具体的な行動にいたるヒントを教えてくれる。

第1章で、既にヒントをもらった。
この章だけで本代のもとはとれた。
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-12 10:50 | 読書録
見られることを意識する 〜「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」(D.スコット、B.ハリガン)
e0026495_105843.jpg


「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」(D.スコット、B.ハリガン)

若い頃から好きだったわけではないが、グレイトフル・デッドは好きだ。

iPodにはちゃんと入れてあって、たまに聴く。

懐かしい、落ち着いて聴くことができる音楽。

ちょっと聴いてかっこいいとか、痺れるリフやサビがある訳でなく(だから大ヒットはない)、それでも聴いていると、何となくいい。
日本ではそんな位置付けの人が多いのではない か。

しかし、ライブに触れる機会が多かったアメリカの人々には、グレイトフル・デッドの熱狂的なファンが沢山いるらしい。

大ヒットがないのに、40年近く続き、熱狂的な ファンがいるバンドとは、わかりやすく日本の 似たようなバンドを挙げるとしたら、どんなバ ンドなんだろう。 考えでみるが、あまり思い浮かばない。

強いて挙げるとしたら、RCサクセションとか、スターリンとか。違うかも知れない。

この本の、監訳者(糸井重里)まえがきを読み、買うことした。

グレイトフル・デッドは、ライブに来た聴衆 に、自由に録音させ、ファン同士がテープを交換するのを許していたそうだ。

これは凄いこと。
そんなことをしたら、レコード(今のCD、有料 ダウンロード)が売れなくなると、普通は思うはず。

グレイトフル・デッドは、ライブ体験を売っていたのだそうだ。
ライブで勝負し、ライブに関連することで収益 を上げていた。

ファンを大事にし、ファンの方からマーケットを作ってくれていたのだそうだ。

私は、美意識を持つということが大事だと思う。
日本人は、特にそうだと思う。
恥を知り、四季の移ろいを生活に映し込み、身近に美を感じ、取り入れて生活している。 美意識は日本人のアイデンティティの一部を構 成しているのではないかと思っている。

大衆操作的でないマーケティングもある。グレイトフル・デッドのマーケティングがそうらしい。

糸井さんは書いている。 「常に人に『見られている』ことが、いかに仕 事に効果をもたらすか。」
美意識を持つということは、『見られている』という意識と表裏だ。


グレイトフル・デッドは、アーティストとしてのマーケティングのお手本になる。
アーティスト、また我々普通の日本人にとっても大いに参考になるのではないか。そんな予感がする。

「人間は物語の上で生きている。共感を呼ぶ物 語が『見られている』ことで生まれたら、1%の 可能性が2%になるかも知れない。」

我々一般人は、見られていることを意識するべきだ。 アーティストも、舞台以外でも、常に見せること、見られていることを意識すること。

そこにヒントがあるように思う。

「上昇志向を忘れる。他人と比較することを忘 れる。代わりに、より気持ちよく、より楽し く、より仲良く、へらへらとやわらかくいる。 」

原著者まえがきにも、殺し文句がある。
「グレイトフル・デッドは、製品を革新的するよりも、ビジネス・モデルを革新することの方 がずっと重要なのだと教えてくれる。」

原著者まえがきの最後ににくいことが書いてある。 原著者は、この本の印税の25%を寄付するのだ そうだ。それも、カリフォルニア大学の図書館に。グレイトフル・デッドの研究を進め、維持させるために。

ここまで読んで、楽しくなり、私はレジに向 かっていた。

これから、暫くこの本を読みたい。
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-11 10:58 | 読書録
一生が修行 〜「魂の演技レッスンCLASS22・階級」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS22・階級」(ステラ・アドラー)

ステラの講義をその場で受けているかのような錯覚。

読後に拍手したくなる感動。

ステラと翻訳者には、心から拍手したい。

ステラは、この講義では、初めに、ブリューゲルの絵画・「農家の婚礼」を取り上げる。

今回は、農民と南部人の演じ方。

このどちらについての講義も、人間というものの本質的な心理、心情、性質を示してくれる。

貴族、農民、南部人。
どれも、全く違う。
演じ方は異なる。

しかし、共通する人間の哀しさと喜びを切り取って提示することにより、活力や気付きを人に与える仕事が俳優だ。
(テレビには何と意識の低い学芸会スターが多いことか!)


この章では、農民について論じることで、人間同士の繋がりや絆、自然の中の人間、人間としての喜びを語る。

「彼らは身体を使って生きている。」

先週末に観たテレビ番組を思い出した。
あるスタントマンが演じた後で一言。「子供たち、こんな仕事をしなくて済むように、一所懸命勉強しろ!」と笑みを浮かべて言っていた。反語だ。彼は間違いなく仕事が好き。

農民も身体をフルに使って生きている。
脳味噌を使い切り、脳から血が出るくらい五感を使って仕事している。

「人を低く見る考え方は捨てろ。彼には彼の個性があるだけだ。」

「農民が喜びに満ちているのは、決して失うことのない物を持っているから。大地に根を張ることは、確かな真実。人間は大地に根ざすものだとわかっている。精神性に欠けるというのではなく、ただ都会の人が感じるような痛みの感覚がない。」

違った痛みはあるのだろう。


ステラは、古き良き時代の都市の労働者についても、やさしさを持って語り、最後に愛するべきさらに美徳を備えた良き南部人について熱く語る。

テネシー・ウィリアムズの作品を演じる時は、必ずステラの教えに従うべし。
作品の背景や意図がよく分かる。

面白いのは、南北戦争の意義についてのテネシーの考え方。

北部は、自由と平等の衣裳をまとった、成金主義の詐欺師。
ただ、自分らにも綿花に黒人労働者をまわせ、というひがみから。

戦後に北部が行った現実的な行為が彼を痛く失望させたようだ。

ステラは、テネシーが乗り移ったように、南部人の心意気を語る。

「暮らしが困窮しても、立派に振舞った。それこそが南部の気質であり、テネシー・ウィリアムズが描く世界。」

「お辞儀はしても親しみは込めない。慎みと威厳。」

そして、その流れで、最後を締めくくる。

「俳優としてしっかり勉強を続けて欲しい。そうすれば、エージェントや監督やプロデューサーにぺこぺこしたり、謝ったりする必要はない。」

「本当の演技はテクニックを忘れた頃に始まる。」

「才能を解き放とう。」

「傷つくことを厭わず、自らの心を差し出し続けるのが俳優の生き方。」

俳優だけでなく、我々弁護士も、そして、あらゆるサービス業に当てはまる。

精進を続けよう。

「一生が修行。死ぬ前が一番強い。」(関節王・三倉佳境)




iPhoneからの投稿
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-07 11:57 | 読書録
想像力を働かせる 〜「魂の演技レッスンCLASS21・スタニスラフスキィ」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS21・スタニスラフスキィ」(ステラ・アドラー)

「自意識に縛られることなく、大きな想像力を発揮する。」
ステラは、想像力を強調する。

その一つの理由が、現代ではリアリズム作品が主流だということ。

「リアリズム作品では、ヒーローも悪役も存在しない。観客が自分自身の価値観に照らしてどちらかを選ぶ。最大の目的は、世の中と個人の生活に潜む嘘を暴くこと。」

勧善懲悪なら話は簡単だ。
演技力もさして要らない。
しかし、リアリズム作品ではそうはいかない。
観客が自身で判断し、自身で気づくように仕向ける、演じる必要がある。そのように演じるためには、細かな仕草や動作にも気を配り、非言語的な部分でも感覚を観客と共有する必要がある。
非言語的な部分を明らかにし、再現性を持たせ、演技として成立させるためには豊かな想像力が不可欠だ。

想像力が強調されるもう一つの理由が、現代が総中流時代ということ。

「中流の人々は自分の考えを持たない。中流とは、美術館や文化の発展に興味を持たない、人としての成長や芸術の価値は無視する人々が属する階級。」

我々は、多くの場合、即物的に考える。効率を重視し、目先の金銭に換算する。
それでは、魂が育つことはない。

中流であっても、精神的には中流を脱すること。
美と芸術に敏感であること。
本を読み、図説に触れ、現物を観る。
想像する。

ステラの言葉を心しよう。

「ゆっくりとものを見る時間をとって。心の栄養をもらうために。」

「精神的には、貴族であり、戦士であれ。」
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-06-04 19:07 | 読書録
雄々しくあれ 〜「魂の演技レッスンCLASS19・衣裳にリアリティ」(ステラ・アドラー)
「魂の演技レッスンCLASS19・衣裳にリアリティ」(ステラ・アドラー)

この章では、講義ではなく、受講生に貴族の衣裳を着せて『貴族』の立ち居振る舞いを体験させている。

「衣裳から力を貰え。身に付ける物はあなたの一部。こんな安物と思ったらあなたも安物になる。」

これは大事なことだ。
特に自分というものが十分に確立されておらず、自信無さげな若い人たちには。

ステラの言う「身体全体で信じなければ才能は開かない。」ということは真実だ。
おっかなびっくりでは自分の心身を使い切れない。
自分を信じ、続けることでゾーンに入る。
無我の境地。
時間の経過を感じない時間。
気づいたら多くのことをなしていた。
そんなゾーンを体験することで、新しい気づきが生まれ、成長、進歩がある。

「身体全体で信じること」から始めよう。

理想を高く持って進もう。


「理想や思想をはっきりと世に伝えるのが俳優。
それができれば、貴族と対等。何者かになれたということ。」
理想や思想をはっきり世に伝える仕事は俳優だけではない。
日々の生活の糧を得るための苦役や罰ゲームが仕事ではない。
それぞれの仕事は、心を込めて行うことで、世に理想や思想を伝える高邁な活動に転化する。


「自尊心を保ち、自分の能力を誇りに思え。」
十分にある。
既にある。
あとは、行動を起こすだけだ。
今やれることからやる。
日々が準備であり実践だ。

この章を読み終えたら、「雄々しくあれ、強くあれ少年たちよ」という昔聴いた歌を思い出した。

ステラの「魂の演技レッスン」は魂の人生哲学でもある。
[PR]
by bengoshi_358 | 2012-05-31 11:17 | 読書録
Copyright(C)2005 Kato Law Office. All Rights Reserved.