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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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カテゴリ:弁護士という仕事について( 3 )
「職業としての弁護士」 雑誌コラム掲載(H22出稿)
今日のお昼は、いつもの蕎麦屋に出かけ、その後、天気が良いので栄の本屋まで散歩。

もう少しで新年度の始まり。
お正月から3か月経過し、いろいろと計画を練りなおしたりしようかと思います。

6年ほど前に、ある法律雑誌に掲載されたコラムを思い出し、再読してみました。

弁護士登録20年を前に、振り返りをし、再確認したことをしたためたものです。

6年経過しましたが、やはり、「職業としての弁護士」について問われたとしたら、同じように回答させて頂くのではないかと思います。


以下、引用ですが、長いので、ご注意下さい。


<以下、原稿>

 私は、愛知県で弁護士開業し、20年までまだあと数年。弁護士について語るには少し早い気もするが、丁度良い機会なので考えたことを少しだけ書いてみたい。

第1 弁護士を取り巻く環境

 1 先生からセンセイへ

 ずっと以前、弁護士は、難関国家試験を通ったということで、辛うじていくらかの敬意を受けられた。昨今では、弁護士有資格者が激増し、弁護士がマスコミ、ネットにも多く登場し、身近な存在になって底が知られたせいか、弁護士というだけで受けられる敬意はなくなったように思う。先生からセンセイだ。

 もともと弁護士という職業は、その始まりにおいて「三百代言」、「お金さえ出せばどちら側にもつく」と言われつつ、同業先輩諸兄姉の有形無形のご苦労、ご努力により、やっとのことで一定の評価を得られるようにまでなったわけだ。だから、始めを思えばまだずっとましというべきだ。

 日本では、70年代後半頃から豊かな社会が出現し、情報化社会を経て、今やその先に来るという知識社会が形成されつつあり、日本国民全体が高学歴化、知識化し、便利なパソコンソフトのお陰で様々な分野でプロとアマの境目が曖昧になった。他士業の職域もどんどん拡大され、弁護士の独自性が法廷活動と権利義務の発生変更消滅に関わるような交渉や書面作成という、法律事務に集約されてきている。

 企業にも、個人にも、弁護士に全てお任せというのではなく、「弁護士を使う」「必要に応じて適切な弁護士を選ぶ」という姿勢は如実に現れてきている。


 2 事件数の減少傾向

 弁護士の増員と長期低迷する経済のおかげで、各弁護士の抱える事件数も収入も減少傾向にある(と思う)。

 これは、意外に思われるかも知れない(不況時に弁護士は儲かるという俗説があるらしい)が、企業の訴訟控えや以前からあった強制執行申立等一部手続の社内処理化は進み、顧問契約の解消の勢いも止まらず、弁護士に依頼する企業や市民は増えないのに弁護士の数だけ増えたこと等の事情もあり、少なからぬ同業者の実感として各所で伝え聞く。

 若手弁護士はきっと相当に大変だろう。特に登録したばかりの弁護士の中には、法科大学院時代の学費や生活費の借金返済に苦労している者もいるという。来年からは司法修習生の給費廃止となるから、新規登録弁護士の借金問題はさらに深刻化するはず。

 弁護士業界も、他の業界同様、厳しい状況にある。これまで経験したことがなかった氷河期突入となるのかも知れない。



第2 弁護士の仕事内容の質的変化

 先ほど、弁護士の仕事の量的変化に触れたが、全体としての仕事の数は減少しつつも、年々処理の難しい仕事が増加している感じは否めない。質的変化だ。

 1 事件の複雑多様化

 紛争は多岐に渡り、社会の複雑化に伴い、紛争も複雑化多様化してきている。

 私は「普通の企業」や「普通の個人」の「普通の事件」を処理する普通の町弁(マチベン)だ。しかし、普通の企業や普通の個人が、特殊分野についての事件について片方の当事者になることはしばしば起こるようになった。十数年前にほぼ終息した公害事件に始まり、医療、船舶、建築、産廃プラントと様々な事件の代理人になり、しっかり勉強させられた。


 2 通常事件の複雑化

 そして、当事者の片方だけではなく、当事者双方が普通の個人同士の事件であっても、やはり様々な専門的知識が必要になってきている。

 例えば、ごく普通にある離婚事件や男女の紛争。今や、従来からある慰謝料請求に、ハラスメント被害による損害賠償請求。被害発生の機序に関し、精神医学や心理学の知識が必要になることがしばしばある。実際に、専門書を買い込み、自分で勉強した。精神医学会内部でも意見が分かれる事案にも遭遇した。実際に、医師や学者、心理療法士に相談し、意見書を書いて貰って裁判所に提出した事件もこの数年で5~6件。

 古くから言われている、税務や会計、登記については当然のこと、弁護士以外の専門家と連携することは不可欠になってきている。私も、ご多分に漏れず、税理士、公認会計士、司法書士、社会保険労務士等の法律関連士業の友人知人はもちろん、医歯薬心理学系、生物学・物理学の理工系の学者ほか各分野の専門家や調査会社(サーベイヤー、探偵業者)を頼り、連携して、時にはチームで仕事をする。


 3 難事件の集中

 近時、これまで弁護士が扱ってきた仕事のうち何割か(その割合は借金整理事件になるとかなり多い)が、独自又は他士業の力を借りて当事者本人名義で行われるようになってきた。

 その結果、弁護士のところにやって来る事件はどう見ても一筋縄でいかない難事件が多くなり、とりわけ消費者系の事件となると弁護士が抱える事件は難事件ばかりだ。

(注:6年後の現在は、弁護士の広告自由化により、少なからぬ弁護士が、TVやラジオ、ネットで様々な広告を出しています。そのため、地域のごく普通の弁護士事務所には、手広く広告を出している弁護士事務所から断られた方々の飛び込み相談が集まり、より一層難事件が集中してきているようです)


 4 報告・連絡事務負担の増加

 以上に加え、最近特に顕著なのが、依頼先への報告、連絡、相談の頻度が増え、それが質量ともに大きな負担になっていることだ。先にも書いたが、依頼先は、十分に知的レベルが高く、自分なりに調査しているため、ある程度、事件処理の流れや予測し、依頼する前から一定の考えを持っている。だから、全てお任せで良いようにやって下さいということはあり得ず、事件の進行に沿って逐次依頼者から連絡が入り、報告を求められ、相談を受ける。報告、連絡、相談を密にするということは、お互いのためにはむしろ良いことだと思うのだけれども、そのための資料作りに当てねばならない時間は格段に増えている。


 5 まとめ

 要約すると、事件はより複雑になり、責任も重く、要求レベルは高くなり、作業も増加傾向にあるということだ。



第3 それでも弁護士の仕事が好き

 1 弁護士の仕事の魅力

 散々愚痴泣き言を並べ立ててきたが、弁護士をやめたいかと聞かれたら「やめたくはない」と答える。

 私は、弁護士の仕事が好きだ。

 声の大きい者、力が強い者、経済力がある者、容姿が美しい者、即ち持てる者たちが、ただそれだけの理由で勝つということがあってはいけない。正しい者は報われねばならない。事実に、真実にのっとって公平公正に判断されねばならない。

 そんな思いで、我々弁護士の多くはこの道に入ってきた。何度も司法試験で苦杯を舐め、友人らが就職して出世の階段を順調に登って行くのを尻目に、「この道を行かん」とある面で人生を賭けて挑戦し、今に至っている。今の試験制度以前にこの道に入った我々の過去の決断には覚悟があった。

 そして、何年か弁護士として仕事をしてみて、覚悟は確信となった。「これで行く」と。(とあるメジャーリーガーの如く傑出した人物の多くは自信から確信に至るのが常であるが、無能な凡人は当初より自信など持ち得ず決死の覚悟から始まるのだ)

 正義感や道徳観の充足、それ以上に魅力的なのは、マンネリがないこと。日々刺激的であり、毎日が勉強だということ。私の生涯の目標は「死ぬ直前が一番賢いこと」だが、まさにこの仕事はそれを実現してくれる可能性に満ちている。仕事をしている限り、事件を通じて勉強せざるを得ないし、新しい知識獲得と発見がある。それは何よりのメリットだと思う。


 2 最後は好きか嫌いか

 かつて「バカの壁」で、養老孟司先生は、「『汚れ仕事』を引き受けるのが政治家や医者といったエリート」で「それなりの評価と報酬を受けるが、そのことは責任を引き受けることにより容認されてきた」ものの、昨今は社会からエリートがもはやエリートと見られなくなり、エリート側も責任を引き受けなくなったという趣旨のことを書かれていた。

 弁護士も、他人の紛争の後始末、『汚れ仕事』を引き受けることを仕事にしている。恨みを買うこともある。胸ぐらを掴まれたり、軟禁状態に置かれることもある。大先輩方ほどには評価も報酬も保障されなくなってきてはいるのに対し、責任はますます重くなり危険も増えている。

 今や、純粋に好きか嫌いかということで考えるしかない。そして、私は、弁護士の仕事が好きなのだ。


 3 弁護士になろうかと思っている人へ

  法律を学ぶ学生さんや、学生さんを持つ親御さんから、「弁護士の仕事に興味があるのだけれど、どうでしょう」と尋ねられることがよくある。

 そんな時、コムサデギャルソンの創業者でデザイナーの川久保玲さんの言葉をご紹介するところから始める。曰く、「跡継ぎはいないから丁度いいですけれども、自分の身内に跡を継ぎなさいとは言えないですね、この仕事は。それこそおかしくなる寸前まで行きますから、刺激とか楽しいとかっていう言葉で始めると大変です」(松岡正剛著・方法日本「連塾Ⅱ」)

 私は、仕事に没頭し、眼鏡をかけたまま顔を思い切り洗って眼鏡を壊したことが弁護士になってから2回ある。髪の毛がごっそり抜けることなどしばしばある(そのために私の頭は危機的な状態だ)。ここで紹介はできないが、危険な目に遭ったことも実は何度かある。

 繰り返すが、今の世の中、弁護士含め、特定のジャンルに属する職業に就いているからというそれだけの理由で、敬意を受け、収入も高いということはもうあり得ない。情報化社会、知識社会成立でエリート神話は崩壊した。職業に貴賤無しと言われるが、今や文字通り、業種ではなく、業種の中での個々人の努力次第で貴賤が自ずと生まれるものだろう。

 もっとも、弁護士に関しては、もともとが三百代言扱いからスタートしており、エリート神話が成立していたかは疑わしい。そして、その仕事や弁護士を取り巻く環境についてはこれまで述べた通り。

 私も、川久保さんのように、身内に跡を継がせたいなどと決して思わない。

 結局は、月並みだが、まずは好きか嫌いかが大事だろう。向き不向きということもあるけれど、好きならば続けられるし、自分なりの仕事はできるし、そんな仕事を評価してくれる顧客はいつか必ず出て来る。

 だから、まずは法律を勉強してみること、そして面白いと思えることが先決。さらに、法廷傍聴して弁護士の仕事を見る、法廷前でうろうろして弁護士同士、弁護士と依頼者の会話に聞き耳を立ててみる。時間があれば、弁護士ブログやツィッターをフォローして実際の弁護士の仕事や生活状況を見ること(因に、私のツイッターアカウントは@BengoshiKH)。知りたいことは具体的に質問してみること。

 こうして情報を集めた上で、それでもやってみたいと思ったら、法科大学院に入り、司法試験を受けること。合格したら1年とか3年とか年数を決めて死ぬ気で弁護士をやってみること。それでも好きになれないときは、ずるずるやらないで他に転進する。一時登録抹消しても、再登録できないわけはないのだし。

 このくらいのことしか答えられない。

 ただ、私は、弁護士を志ざし、一所懸命頑張っている人を分相応に応援したいと思っている。
 だって、私はやっぱり職業としての弁護士が好きなのだから。(完)
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by bengoshi_358 | 2016-03-28 16:11 | 弁護士という仕事について
弁護士に裁判官、検察官と同じ試験・同じ修習制度による研修が必要か?
弁護士に裁判官、検察官と同じ試験・同じ修習制度による研修が必要か?

(弁護士の使命)
第1条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。

弁護士は、民間人です。
しかし、裁判官、検察官と並んで、司法試験合格者でなければ弁護士になれないのが原則です。
弁護士は、裁判官、検察官とともに、法の解釈適用執行に関わります。

裁判という場での司法という国家作用に関わるために、司法試験という選別の場を経て、さらに修習制度により研修を経験し、司法研修所での卒業試験にクリアしなければ弁護士として開業することはできません。


法の解釈適用執行に関わるということがどういうことかと言いますと、法とは何かというところから考えてみるとわやりやすいです。

現代国家は、押し並べて法治国家です。
特定個人のほしいままに国民を支配するのではなく、国民の代表者が国民の総意をもって定めた決まり=法にのっとって、国の政治のあり方を決定します。
そして、法は、政治のあり方だけでなく、国と個人、個人と個人との関係についても定めます。
つまり、法は社会生活の根幹をなすものです。

法をつくる国民の代表者を選ぶ過程も大切ですが、社会生活の現場、最前線で、直接国民の権利義務の内容消息について判断決定することに関わる裁判官、検察官、弁護士となるべき者を選び育てる過程(そしてその後のチェック)も非常に重要だということになります。

「裁判官、検察官が優秀なら、弁護士なんてどうでもいいじゃん」という考えもありますが、裁判官、検察官は国の人。公務員です。
裁判官、検察官が、時の権力側に有利な判断を行なう危険性は、抽象的にはどうしても否定できません。
弁護士が、民間の側に立って、裁判官、検察官と対等に渡り合えるくらいの能力を持っていないと、到底役に立ちません。

そういう意味で、弁護士も、裁判官、検察官と同じ司法試験に合格し、司法修習制度で十分な研修を受けて実務に就けるようにしてあるわけです。

現在の司法修習制度は、修習専念義務といって、アルバイトや就職を禁じつつ、1年以上の長きにわたって無給でほぼ終日拘束して研修をするというものです。

所詮、裁判官、検察官も自身のスキルアップが昇進につながるものゆえ、任官されれば自分で研鑽に励むだろうし、内部での研修制度で十分。ましてや弁護士なんて自分の職業なんだから、自分で努力して研鑽に励むべし、という見解に立つならば、修習専念義務を外してしまうのがよいのではないかと思います。
あるいは、修習制度なんて廃止してしまってもいいでしょう。
現状の制度では、1年間無給であっても経済的にやっていけるだけの経済力のある人しか裁判官、検察官、弁護士になれないのです。すべてが「自分の職業のためだから、税金で研修なんてやめてしまえ」という意見には一理あるとしても、今の制度は、「職業選択の自由」を侵害するものではないでしょうか。

また、「弁護士は、裁判官、検察官と対等に渡り合えるくらいの能力を持たないと機能しない」という意見に一理あるとしたら、やっぱり何らかの形で裁判官、検察官、弁護士と合同での研修の場は必要だし、ある程度の長期にわたって、まとまった研修が必要だというのであれば、従前の司法修習制度のような、給費制(有給研修)の復活も考えられてよいのではないかと思います。

本当は、他のことを書こうと思っていたのですが、書き出したらあらぬ方向に行ってしまいました。。。
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by bengoshi_358 | 2013-07-04 12:44 | 弁護士という仕事について
弁護士の仕事と時代の流れ
弁護士の仕事について、どんな印象をお持ちでしょうか。

もともと弁護士という職業は、その始まりにおいて「三百代言」、「お金さえ出せばどちら側にもつく」と言われていました。東北の伝説的な実業家の本では、「弁護士は闘犬で」あるから、飼い慣らして使うものだという記述もありました。
当初から、弁護士は、一般呼称として「先生」と言われつつも、「センセイ」の響きもいくらか伴うものでした。

その後、高度成長期の社会に生じた歪みを司法的に是正する過程などで活躍する弁護士が知られるようになり、「社会的正義の実現」に関われる仕事として、知られるようになり、世間から尊敬を集める偉大な先輩方の後に続く弁護士も、一種の誇りと気概をもって仕事に当たっておりました。

そして、70年代後半頃から豊かな社会が出現し、パーソナルコンピューターの登場で情報化社会が一気に進み、日本国民全体が高学歴化、情報化し、便利なソフトのお陰で様々な分野でプロとアマの境目が曖昧になってきました。

これに伴い、弁護士以外の士業の職域もどんどん拡大され、弁護士の独自性が法廷活動と権利義務の発生変更消滅に関わるような交渉や書面作成という、法律事務に集約されてきています。そして、企業にも、個人にも、弁護士に全てお任せというのではなく、「弁護士を使う」「必要に応じて適切な弁護士を選ぶ」という姿勢が如実に現れてきていますし、企業内弁護士も増えて来ています。

弁護士の仕事は、普通の外注事務、サービス業になってきています。
若い弁護士は、当初からそういう意識で仕事を始めていますし、我々中堅と言われる世代も意識を変えつつあります。「先生」として、「指導」をするのではなく、一緒に考え、悩み、共に歩み、共に闘う仲間的あるいはコーチ的なスタンスでクライアントと接するようになってきていると思います。

弁護士も変わらなきゃ。
世の中の変化に対して、一番遠いところにありそうな法曹界。
でも、特にこの数年でどんどん変化が起こってきているように思います。
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by bengoshi_358 | 2011-05-06 19:41 | 弁護士という仕事について
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