「死なないカラダ、死なない心」(成瀬雅春、講談社)
この頃、わたしの部屋には講談社の本が目立ちます。
他には春秋社。
この本は、偶然見つけて買いました。
わたしがチェックしている著者、苫米地英人、内田樹の2人が推薦、対談で登場しています。
この2人の名前で決めました。
わたしは、成瀬・苫米地対談から読みましたが、この対談があり、前半での成瀬さんの死生観などの控え目な書きぶりがあるために、中程にある、「空中浮揚」写真を見ても読み続けようと思えました。
わたしは、そういうことがあっても、なくても、今を生きるのに必要ないことだから、どうでもよいと思います。
ただ、ジャンプ写真を「空中浮揚」とする神経はいただけないと思うし、普通にはこの種の写真はジャンプだと判断されるのは間違いないので、著者の「空中浮揚」写真を載せることはかなりのリスクテイクだと思います。
(もっとも、著者の写真は、かつて見られた、顔や身体、髪の毛が重力とジャンプ力とでアンビバレンツな状態が如実な嘘写真とは違っています)
心と身体の稼働効率の最大化、「われわれは何処から来たのか、われわれは何者か、われわれは何処へいくのか」(ゴーギャン)をテーマとするわたしは、著者の「人間としての勉強を全て終えて卒業」して死ぬという言葉(p.22)に反応しました。
先を読むのが楽しみです。