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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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真心と自我。
そして、禅問答コミュ(貯徳問答講)の考案第2題「真心と自我」。

今朝、エイヤと考えました。


<解>
「まごころ」は「相手を思いやる心」
「自我」は「自分を思いやる心」
進む方向(ベクトル)は違うけれど、「心」(大切に思う気持ちという意味での「心」)であることは同じ。
また、「相手」も「自分」と同じであるという精神に立つとき、「まごころ」も「自我」も一体となる。


人間は、誰も真心と自我が一体のものとして生まれ、成長するにつれ両者の分離を経験し、徐々にまた両者が接近し、死の直前にはまた両者が一体になるようになっているのではないかと思います。

(1)赤子になって「まごころ」と「自我」がひとつの人として成長を始め、(2)子供時代に、「まごころ」と「自我」の分離を経験し、(3)思春期を迎えて、一人の孤独な人になり、(4)やがて、愛する人とめぐりあい、子供をもうけて、「自我」が「まごころ」に近づいていき、(5)親に心から感謝ができる人になり、貯徳旦那になることにより、「自我」と「まごころ」が限りなく近づき、(6)「自我」と「まごころ」の完全一致点において、人は完成して、旅立つ。

もっとも、(1)〜(6)のうち、(3)〜(5)の経験を十分に経ず、「自我」のまま生き、死の瞬間に、要するに「自我」をもって、個体としての生命を守る必要がなくなる瞬間に、他律的に悟らされて、他律的に「自我」と「まごころ」が一体化して旅立つ場合もあるのではないか。



「自我」を捨てなさいという教育、信仰もあるのでしょうが、それはやっぱりどこか違っていると思います。
「自我」は、生存や成長の本能に根ざすものですから、それを捨ててしまっては、成長できないし、生存すらできなくなってしまいます。
できないことをやろうとすると、偽善になり、心が苦しくなります。

「自我」と「まごころ」とをできるだけ一致させる、いずれ「ひとつになることを目指す」というのが正しい教育ではないかと思います。


「自我」と「まごころ」が完全に一致するのは、人生最期のときしかありえないと思います。
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by bengoshi_358 | 2008-09-27 14:56 | 日々雑感
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