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愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
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嫌なやつ。
あの人嫌ね。

最低の人間。

キモイ。

大嫌い。


そんな風に思えるような人に出会うこともありますね。
でも、そんな風に思わない方がトクだと思います。

どうも、そういうことを口にした瞬間、正観さんの本の内容ではないですが、相手が「嫌な人間のままでいてほしい。」、「最低の人間として生きて行け。」、「すべてがキモイ。」、「存在自体が許せない。」とエスカレートしていくような気がします。

相手の不幸を祈る人になってしまう。

それに、「潜在意識には主語がない。すべてが自分のことと誤解する。」という説があって、自分自身が同じような人になるような、呪文をかけてしまっていることになるようなのですね。


そうであれば、できるだけ、誰に対しても、否定的なコメントは口にしないのが、よいのですね。(どうにもならない相手に出会って、思わず口にしたとしても、すぐ意識を切り替えて、良い面を探したり、どうして相手がそんな態度を取るのかを推論してみる。何かその相手に感謝できることがないか探し出して、感謝します、と言う言葉で締めくくる。)



ただ、注意点もあります。
わたしの体験談です。

わたしは、自分が欠点の多い人間だと思うので、他人についても、できるだけ良い点を見たいと思っています。

そこで、誰かについてコメントを求められたとき、「良い人だと思います。」と言ってしまうことがあります。
正観さんの言い方を借りれば、そのときから、その誰かが「良い人」であってほしい、「良い人」のままでいてほしい、と祈るようになります。
それはそれで良いことだと言えます。

…しかし、良いことばかりのようだけれども、落とし穴もあります。
わたしの家族は冷静で現実的な目を持っています。世間一般でもそうだと思うのですが、特に女性陣はそうですね。


今朝、家内に言われたことは、「以前、あなたが『良い人』だって言っていた人、ズルイことをしてたのが発覚したよね。」ということでした。それは事実でした。

わたしは、言葉につまりました。
正観さんの言葉を引用して、ごまかしました。
でも、論理の筋はわたしの負け。
「気をつけないと、『人を見る目がない』と思われるよ。」

どうも誰かについて、公にコメントを求められたときは、回答は難しいです。
「良い人」であってほしいと祈る気持ちを持っていようと、自分のコメントが質問者の意思決定に影響を与え、経済や人間関係に影響を与えることもあるわけです。
そういう場合は、安易に「良い人」だとは答えられないかも知れません。
そういう場合は、抽象的に「良い人」だと言うのではなく、自分の思う、その相手の長所と短所と行動等、できるだけ客観的な事実を述べて、質問者の判断に任せるのがよいのでしょうね。

いろいろと考えさせられました。
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by bengoshi_358 | 2006-12-09 17:26 | 日々雑感
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