行列の嫌いな弁護士事務所 加藤弁護士事務所
HOME
事務所案内 取扱い業務 TOPICS 料金 ご相談窓口 FAQ


愛知県名古屋市中区丸の内 弁護士加藤英男の日々是精進日記(ツィッター:@BengoshiKH)
by bengoshi_358
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索
カテゴリ
全体
こちらもよろしく
事務所について
日々雑感
読書録
会社法
民事再生法
破産法
相続
離婚
交通事故
借金整理の方法
講演録
その他法律関連
信頼できる他の専門家のHP紹介
趣味
弁護士という仕事について
労働法
備忘録
未分類
ブログパーツ
フォロー中のブログ
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
人の行為動機としての「恐れ」と「劣等感」。
人間の行動の動機になっているものは多くの場合、恐れであったり、劣等感であるということを学び、腑に落ちました。

「人間の行動の動機は多くの場合恐れである」、とは津留晃一さんという方から学びました。(*精神世界の講演家として分類されることが多い方ですが、この一言は真実を突いていると思います。)(*ググれば名前は出てくる人です。)
・「多くの人が、この本で変わった。〜津留晃一コンセプトノート」(英光舎)1500円
・「人間らしくて、いいじゃないですか」(英光舎)1500円

また、「人間の行動の動機は多くの場合広い意味での劣等感である」、とは斎藤一人さんから学びました。(*何度もご紹介した有名な中卒の億万長者。)(*当然ググれば名前はたくさん出てきます。)
・「地球が天国になる話」1500円
・「斎藤一人さんの最高傑作」〜講演CD 200円


これは、わたしのようなボンクラ弁護士でも、12年もさまざまな個人や企業担当者の悩みを聞き、事件処理をしていくうちに実感できることです。
何よりもまた自分の胸に手を当てればよくわかります。

「ああ、なんでこんなことしたんだろう?」
「どうしてあんな態度をしてしまったんだろう?」

自身のうちなる「恐れ」や「劣等感」が不合理な行動を生み、自身と周囲の人を傷つけます。
不合理な行動により周囲に迷惑を掛けている人の行動の背景には必ず「恐れ」や「劣等感」があります。(その「恐れ」や「劣等感」が客観的にみて正当なものであるかどうかは別として)

例えば、流行・高級品・ブランド物ばかり買ってしまう、部下や奥さん子供に八つ当たりしてしまう、さらには独裁者、反社会的な新興宗教の出現…等々の原因は「恐れ」と「劣等感」にあるという都留さんや斎藤さんの仮説。
非常によく理解できました。

「恐れ」や「劣等感」で始まり動いているのでは、自分も、周囲も決して幸福にはできません。

もっとも、「恐れ」も「劣等感」も適切に扱い、それをバネにできればよいのですが、まずは「恐れ」と「劣等感」が不合理な行為を生む原因になることを知る、そして自身の内に「恐れ」と「劣等感」があるかどうかを吟味すること、目の前の他者の内に「恐れ」と「劣等感」がないかどうかを吟味すること、が大事のように思います。

人は社会にあって生きる動物ですから、自己重要感の充足や他者との関係でのバランス(あの人には負けていいけど、こいつには負けたくないのに不当な扱いを受けているとか)というものを気にしますし、動物としての自己保存欲や個体としての自我が未確立な場合には未確立な自我のおかげで不安感にも苛まれます。
つまり人間には「恐れ」と「劣等感」がつきものなのだとも言えます。
ただ、成熟した人間は、「恐れ」と「劣等感」とうまく付き合い、これを昇華し、成長のバネにする。あるいは、もはや「恐れ」と「劣等感」に関わりのない人間となっていく。そう、だんだんと「恐れ」と「劣等感」に関わりのない人間となることが人間としての成長の過程なのかも知れません。

「恐れ」と「劣等感」を意識せぬままに、意識できても昇華できないままに行為に出たとしても良い結果は生まれません。
それどころか自身と周囲の人にひどい害悪を垂れ流すことにもなりかねません。
加藤諦三先生の本でいわれている、近づいてくる善良な人を食い物にする人たちには「恐れ」と「劣等感」の問題が解決できていないような印象を受けます。
環境から、過去に身近にいた人から受けた「恐れ」と「劣等感」を、善良な人にぶつけて欲求不満を解消しようとしているように思われます。

より良く生きるためには(これは「善良で」という道徳的な意味もあるけれど、むしろ
「効率的に」「楽に」といった実利的な意味ですが)、自身の内なる「恐れ」と「劣等感」に向き合って日々昇華しつつ、周囲の人の行為動機に「恐れ」と「劣等感」なるものがないか注意しつつ、あるときはその人にきっぱりとさよならをし、あるときはその人にやさしい態度が取れるようにするのがよいように思います。
(もっとも自分が苦しいときにはきっぱりさよならが基本でしょうね。)(小林正観さんに言わせると、きっぱりさよならをした上でボランティアとか仕事等の自分が興味のある分野でそれ以上の苦労をするようにするとよいそうです。傷つくだけの苦労はダメということ。)


そういえば、中村天風師の「成功の実現」(経営合理化協会)に、『もはやなにものも怖れず』という章があります。
師の歌に、『あるがままに ある世とし 生き行かば 悔いも 怖れも なにものもなし』というものがあります。

なにものも怖れず。
これ、いいですね。
[PR]
by bengoshi_358 | 2006-08-16 01:41 | 日々雑感
<< オフ つづき 3 >>
Copyright(C)2005 Kato Law Office. All Rights Reserved.