「表と裏」(土井健郎著、弘文堂)
著者は、「甘えの構造」が有名な方で、精神科医。
思想哲学の引用も多くアカデミックで知的好奇心が刺激される文体です。
「はじめに」にありますが、「臨床の場では学術用語はほとんど役に立たない。患者相手にどのようなコミュニケーションが成立するかで勝負は決まる。しかし、そのためには言葉の奥にあるものに対して常に目が開かれていなければならない。」との言葉に、著者が非常に学術的な論文を著わされながらも、『現場の人』、『実務家』少なくとも『現場を大事にしようとされる人』であるということ(あるいは、これも著者のいうところの「建前」か?)がよくわかります。
建前はよくない、本音で語ろう、と言われることがあります。
しかし、著者によれば、表と裏、建前と本音は表裏一体であり、「よくない建前」は「よくない本音」の代表なのだから、むき出しの本音でぶつかるならばますますおかしなことにならないかと不安になりますね。
「顔が顔の持ち主の心を可視的に示すように、精度は社会の顔としてその社会の特徴を示す」
「甘えというのは本来相手次第であり、その点本質的に不安定」
「甘えというものは始めから恨みの可能性を秘めている」
「建前と本音の二本立てを駆使すことは、…生得のものではなく、習得せねばならない生活の知恵」
「本音の重視がプライベートな世界を肥大化するように見えて、実はプライバシーを侵害する」
「家庭は建前と本音をつなぐ結び目」
「オモテもウラも建前も本音もなく、ただ種々の場面が無秩序に相互に無関係に出現するようになると、アイデンティティは決定的に破壊される」
「秘する花を知る事。秘すれば花なり…」
「あらゆる深い精神はそれぞれ仮面を必要とする」
「『エディプス王』は先が見えたと信じたことに由来する悲劇である。大体、先を見届けたいと思うときはすでに絶望が兆している。というのは、人間は将来に希望を抱いているときは、あまり先をみたいと思わぬからである」
「裏はわからぬ、先は見えぬということで、ストーリー(注:人生、夢、希望の、か)ははじめて発展する」
秀逸な文章に大いに触発されました。
古本屋でたまたまみつけて買った本ですが(ビジネス、法律、大脳生理学、心理学関連がわたしのテーマ)、大満足でした。おススメです。