1 こうなったら借金の整理にかかろう
(1)思い出される過去の事件 〜Aモータース、B清掃、C工業。
・株式会社Tモータース
私には、ときどき思い出す1つの光景があります。
数年前のことです。私は当時懇意にしていた顧問先会社のX社長から電話を受けました。Xさんは、いつにない慌てた様子でした。
「友人Aの会社が危ない。そこの社長夫妻が商工ローンの厳しい取り立てに遭って塞ぎこんでいる。相談に乗ってやって欲しい。Aモータースまで一緒に行ってもらえないだろうか。できるだけ早くお願いします。」
私は、答えました。
「いいですよ。では、明後日の土曜日午後1時で。」
ところが翌日朝早くにX社長から電話がありました。
「先生、あかん。A夫婦が首を吊った。今日が仮通夜ですわ。」
「…。」私は言葉を失いました。
Xさんは、沈んだ声で続けます。
「ただね、先生。残された家族の今後のこともある。明日は予定どおり一緒にTモータースに行ってくれませんか。」
そこで、その翌日の土曜日午後3時ころに、XさんとA社長の自宅を訪ねることにしま
した。遺族に相続や借金の整理方法について説明をするためです。
私たちがA社長宅に到着したとき、場違いなスーツを着た男性が何人も家を遠巻きにし
ていました。商工ローンその他金融業者の取り立て屋でした。
家の中には大勢集まった人々とすすり泣く声。狭い家は、親戚、友人、同業者、隣人で
あふれ、Xさんと私の座る場所もありません。
私とXさんは、勝手口の踊り場付近に座りました。少し目を向こうにやると、白装束に
包まれ、布団に寝かされ、静かに横たわるA夫妻。苦労の染みついたような、厚い皮膚
のささくれだった大きな足の裏と、やや小さな足の裏が2つ。
大きな頑丈そうなA社長の手と奥さんの小さな手は胸でしっかりと合わされていました。
私は、悲しみに沈むA社長夫妻の長男に挨拶をして話を聞きました。
Aモータースには、負債が約2億円ありました。長男はこの連帯保証人となっていました。これに対し、長男が相続で承継するものは、担保付きの自宅のほか、目ぼしい財産はないものの、A社長夫妻に掛けられた生命保険の保険金が1億円入ることがわかりました。
A社長夫妻は長男に生命保険金で会社の負債の返済をさせるために自殺されたのでした。
私はいたたまれない気分になりました。
はっきり言って、借金のために自殺するのは間違いです。
死んでお詫びをしなければならないほどのことではないのです。
Aモータースの社長夫妻には恐らく死ぬほど厳しい取り立て行為があったのでしょう。
彼らが追いかけては来られないところまで逃げたかったのでしょう。
A社長夫妻は、温厚で人の良いことで人望もあったといいます。そんな社長夫妻をここまで追い込んだ金融業者の行為に腹が立つのと同時に、自分自身がすぐに電話ででも相談できなかったことが悔やまれました。
その後、Xさんから電話がありました。
「先生、申し訳ありません。Aモータースの長男ですが、知り合いの業者が懇意にして
いる弁護士に借金の整理を頼んだらしい。親身に相談に乗ってもらったくせに。」
「ああ、そうですか。いいですよ、私のことは。私は全然仕事に困ってはいないですか
らね。弁護士がつくなら心配ないではないですか。」
「違う。その知り合いと弁護士が怪しい。」
「え?」
「その弁護士は、長男にね、報酬を1千万円よこせと言っているらしい。すぐに、払えるだけよこせ、残金はでき次第だ、と。」
「それはおかしいですね。この程度の借金の整理ではそこまではかからない。」
「でしょう、だから長男にも言ったんですよ。でも、もう二百万円手付で払ったから、って。」
「弁護士がそう言っているとは思えないな。でも、こちらからは何とも言えないですね。せめて、これから何か相談されたら正しい情報だけは伝えてあげましょう。Xさんもできるだけご長男の相談に乗ってあげてくださいね。」私はそう言って電話を切りました。
その後、しばらくして、Xさんから別の相談ごとが持ち込まれた時、ふとAモータース
の話題になりました。
「先生、あの件ね、二百万円手付うった弁護士を解任して金を返してもらったらしいですよ。それから地元の知り合いに頼んでその筋の人間に整理をしてもらったらしい。」
「えっ?知り合いにですか?弁護士ではなく?」
「そうなんですよ。私がいくら親切に教えてやっても、長男は聞く耳持たないみたいだ
から仕方ない。」
それからまたしばらくして。Xさんからは、Aモータースの長男が借金の整理をしてくれた人物に、数百万円の報酬を払ったという噂話も伝えてくれました。
(これは弁護士法七二条に反する違法行為で刑事処罰に値します)
その後、Aモータースの長男がどうなったかは知りません。立派に再起されていることを祈るしかありません。
仮に、Aモータースの件で破産宣告を申し立てたとしても、弁護士報酬は百万円くらい。
裁判所への予納金を入れても二百万円くらいで済みそうです。弁護士がうまく処理すれ
ば、任意整理という方法で、総額でも百万円程度の費用で済んだかも知れません。
その後、Aモータースの長男がどうされているかは知りません。
しかし、正しい情報がなかったために自殺された社長夫妻、正しい情報を得る機会があ
りながら何かの事情で非公式な処理に走り、いくらか余計な出費した長男のことが悔や
まれてなりません。
............to be continued.